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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

7月10日・マルセル・プルーストの命

2021-07-10 | 文学
7月10日は、ゴロ合わせで「納豆の日」。この日は、宗教改革者ジャン・カルヴァンが生まれた日(1509年)だが、仏国の作家、マルセル・プルーストの誕生日でもある。長編小説『失われた時を求めて』の作者である。

ヴァランタン=ルイ=ジョルジュ=ウジェーヌ=マルセル・プルーストは、1871年、仏国パリで生まれた。父親は医者で、母親は裕福なユダヤ人の娘だった。
生まれつき病弱だったマルセルは、10歳のとき、森を散歩中に喘息の発作を起こした。以後、彼は生涯にわたって喘息につきまとわれることになり、花粉や外気を敬遠して遠出できなくなった。
18歳のころ、一年間の兵役義務を果たし、入学した大学では哲学と法律学を学んだ。大学を出たプルーストは、職らしい職にはつかず、裕福な資産をつかって生活した。
彼が32歳から34歳のころにかけて、弟が結婚して家を出、父親と母親が相次いで亡くなり、彼は広すぎる大邸宅から、パリの町中のアパルトマンに引っ越した。そうしてひとりになった彼は、長編小説『失われた時を求めて』の執筆と、その推敲に専心し、1922年11月に没した。51歳だった。

『失われた時を求めて』の全集を買いそろえてすこし読んだ。はじめのほうで、主人公が、紅茶にひたしたプチ・マドレーヌ菓子を口にした、その味覚から、古い記憶がよみがえってきて、追憶の物語が展開していく有名なくだりまで読んだ。でも、通読していない。サミュエル・ベケットなど、夏休みを利用して、この本を二度通読したというから、すごい。

詩人ジャン・コクトーは、プルーストより18歳年下だが、プルーストの友人であり賛美者で、彼の詩的精神をあらわすエピソードとしてこんな話を紹介している。
「私はプルーストと一緒にホテル・リッツから外へ出ようとしているところだった。彼はその時までに気の向くままにボーイ達にチップとして自分のポケットにあるお金を全部与えてしまっていた。ドア・ボーイの前まで来た時、プルーストはそのことに気づき、五十フラン貸して貰えまいか、とそのボーイにきいた。
『でもそれは』とプルーストはボーイが急いで財布を開けようとしていた時に言いたした。『とっといてくれ、君にやるためなんだ』」(牛場暁夫訳「マルセル・プルースト」『ジャン・コクトー全集第四巻』東京創元社)
ウィットに富んだプルーストは、笑いが大好きだった。コクトーに言わせれば、プルーストは現像液に浸かるかのように笑いのなかに浸っていた、という。

喘息もちの病弱な人間が、あのような巨大な芸術作品を築き上げた、そのことに偉大さを感じる。自分の肉体が死ぬのと、作品が仕上がるのと、どちらが先かと怪しみながら『失われた時を求めて』を書きつづけた。ラテン語の格言にいう、
「急ぎなさい、ゆっくりと(Festina lente!)」
である。自分の身の丈と、自分が目指すところの見極め。そして、ほかの一切を思い切って捨てること。それは、実生活上、至難の業である。
(2021年7月10日)



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