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芸術鑑賞 015 エドワード・ウェストン 続き・2

2011年07月16日 22時57分18秒 | 芸術鑑賞

Edward Weston. "Bodega Coast", 1937.
「ボデガ・コースト」は、北カリフォルニアのボデガ・ベイの海岸の写真です。 海岸をテーマにするアーティストは多いですね、やはり海岸線の地形、海に波、水平線に空と雲、役者が揃っているからでしょう。 ウェストンのこの海岸の写真も光と影の美しさを波の白さと浜辺の暗さでドラマテックに写し出していると思います。

世界大恐慌は裕福であった妻フローラ・シャンドラーの資産にも大きく影響しウェストンも経済的に大変な時期をすごします。 1937年に待望のグッゲンハイム・フェローシップを写真家として初めて受賞したおかげでアメリカ国内を旅して写真を撮ることが出来たのです。 この時の多くの風景写真にもウェストンのスタイルがよく感じられます。

 
Edward Weston. "Hill and Telephone Poles", 1937.
"Nature must not be recorded with a viewpoint colored by psychological headaches or heartaches..."
ウェストンは、自然を偏見の目で写しては駄目だと言っています。 この何処にでもあるようなカリフォルニアのバック・ロードの風景も彼の目にかかっては、不思議な雰囲気を持つシュールなイメージに変わってしまうようです。


Edward Weston. "Mono Lake", 1937.
シェラ・ネヴァダのヨセミテ国立公園の東にあるモノ・レークは、はけ口のない湖で塩分の強い水で独特のエコ・システムを持つ事でよく知られています。 1941年からロス・エンジェルスへモノ・レークに流れるべき水を引いたので湖面が極端に下がり大きな環境問題になりました。


Edward Weston. "Cracked Earth, Borego Desert", 1938.
"I get a greater joy by finding things in Nature, already composed, than I do from my finest personal arrangements. After all, selection is another way of arranging...
自然の中にあるものから何かを見つける事のよろこびは、誰にでもあるでしょう。 ウェストンは、干上がって出来た土の亀裂の中に、そんなものを見つけたようです。


Edward Weston. "Zabriskie Point, Death Valley", 1938.
"I am no longer trying to 'express myself', to impose my own personality on nature, but without prejudice, without falsification, to become identified with nature, to see or know things as the are, their very essence, so that what I record is not an interpretation - my idea of what nature should be- but a revelation, a piercing of the smoke screen..."
ウェストンは、自然に対しもはや自己主張をしようとはしないと語っています。 自然をありのままに見てありのままを知る事で自然と同調し、写真に自己の解釈を入れないようにしたようです。
私は、自然とは不思議にバランスの取れた美しい状態にある、いかにそれを取り出すかはアーティストの技量であると思います。 要は、チャンとすれば自ずとよい作品が生まれると言う訳だ。


Edward Weston. "Gulf Oil, Port Arthur, Texas", 1941.
テキサス州ポート・アーサーにあるガルフ・オイルの精錬所の写真です。 工場のタンク、パイプや煙突はこの時代のパワーのシンボルとして多くのアーティストがテーマにしています。 人工的な機能美や形体の面白さは見逃せないモティーフだったのでしょう。


Edward Weston. "Santa Fe Engine", 1941.
ロコモービル・エンジンも又おおくのアーティトが創作テーマのサブジェクトに選んでいます。
チャールス・シーラーのダイナミックで力強いエンジンの写真「パワー・ウィールス」(1937年)と比べると、ウェストンの「サンタ・フェ・エンジン」は以外に精密機械的にとらえているように感じました。


Edward Weston. "New York", 1941.
当時のニューヨークの高層ビルは、やはり多くのアーティストがテーマに選んでいます。 そして多くがアメリカ産業パワーの象徴のように雄大に力強く表現していますが、ウェストンの「ニューヨーク」は高層ビルの壁や窓の作るテクスチャーの形やパターンの面白さをうまく表現していると思います。


Edward Weston. "Comics, Elliot Point", 1944.
"Art must have a living quality which relates it to present needs, or to future hopes, opens new roads for those ready to travel, those who were ripe but needed an awakening shock..."
ワシントン州のエリオット・ポイントの壊れたベンチにサンデー・ペーパーのコミック・ページが無造作に置かれています。

ウェストンは、1940年台にパーキンソン氏病(Parkinson's Disease)になっています。
その後は、息子達の手を借りて写真プレートの整理に時間を費やしたようです。


Edward Weston (1886 - 1958)
エドワード・ウェストンは、ニューヨークでなくカリフォルニアに移って芸術活動を続けたアーティスト達のパイオニアでもあるのかも知れません。 ボヘミアンからヒッピー、ヤッピーと続くカリフォルニア文化の流れの一部のような気がします。 余談ですが彼は、 ベジタリアン(菜食主義者)でもあったようです。

エドワード・ウェストンは、本質的にアメリカン・フォトグラファーそれも特にカリフォルニアン・フォトグラファーと言えるでしょう。 彼は、1958年1月1日にカーメルでなくなっています。 72歳でした。
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