人形と動物の文学論

人形表象による内面表現を切り口に、新しい文学論の構築を目指す。研究と日常、わんことの生活、そしてブックレビュー。

マルグリット・ユルスナール『黒の過程』その3

2013-03-12 22:23:53 | 書評(病の金貨)
前の文章

3.開かれた扉

 ゼノンにために対価を支払わないことを決めた後、マルタは次のように思う。

 奇妙な逆説から、彼女が宿命に委ねたその兄は、いまこのとき、夫や息子よりも自分に近い存在なのだった。ベネディクトやその母と同じく彼も、彼女が自分を閉じ込めた秘密の世界の住人だったからである。(第三部、美邸 359~360頁)

 彼女にとっては選び得なかった選択肢、「幽霊」であるゼノン。結局彼女は「豪華な空虚」の生活の中に戻り、サロンを飾る「〈黄金の子牛の礼拝〉〈聖ペテロの否認〉〈ソドムの炎上〉〈贖罪の山羊〉〈燃えさかる火に投げ込まれるヘブライ人〉」(360頁)などのつづれ織りを入手できることを聞き、満足することになる。ゼノンとアンリ=マクシミリアンが会話した翌日、アンリ=マクシミリアンが金貨一枚を支払ったのが《黄金の子牛》館(151頁)であったことを思い起こそう。このひそかな照応は、何を意味するのか。
 「彼女がなろうとしてなれなかった反抗者」は「自分を閉じ込めた秘密の世界」に「幽霊」のようにひっそりと存在する。彼女の表面上の生活においては「はるかに高いところ」は保障されるけれども、記憶においては保証されない。今度はマルタとその夫は金を払わなかった。なぜならば、「金ですべてが片付くわけではない」のだから。その後ゼノンは火刑から身を守るために自殺する。彼自身の精神=炎のために。
「彼は自由だった」「彼にとってはもはや開かれる扉の鋭い音でしかなかった。そしてそれがゼノンの最期を辿って行き着くもっとも遠い地点であった」(第三部、ゼノンの最期、389~390頁)。そしていつか、彼女の嘘で塗り込められた墓石は、恥と後悔という病いの金貨とともに、閉ざされるだろう。

引用文について:前の文章参照。

つづく


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1 コメント

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はじめまして、初コメントです! (めぐみ)
2013-03-13 16:59:24
はじめまして!めぐみっていいます、他人のブログにいきなりコメントするの始めてで緊張していまっす(* ̄∇ ̄*)エヘヘ。ちょくちょく見にきてるのでまたコメントしにきますね(*^^*)ポッ
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