人形と動物の文学論

人形表象による内面表現を切り口に、新しい文学論の構築を目指す。研究と日常、わんことの生活、そしてブックレビュー。

言葉と脚

2023-04-25 00:00:00 | 人形論(研究の話)
アップロードしていたCunugiのサービスが4月24日で終了しますので、
こちらに記事を移しました。

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 私は去年(2021年)の春、初めてのお人形を迎えた。上半身はあばらが見えるほどに痩せて腕はないけれど、少し悲しげに見える顔立ちは整っていて可愛らしい。吸い込まれそうに大きな瞳は青のガラス、赤茶のまつげがきちんと生えていて、髪は白に近いブロンド、ビーズのついた白い衣装を着て、たくましい太ももから細くしまった足首まですっとのびた素晴らしい脚に、擦り切れた薔薇色のタイツと白いトゥシューズをはいている。手のひらに乗るほどの大きさの、お尻のかたちがとても良い。
 

 人形作家・中川多理さんの作品で、『夜想』山尾悠子特集特装版(1)のためにつくられたものだ。小説『夢の棲む街』(2)に登場する、「薔薇色の脚」と呼ばれる踊り子たちをモチーフとしている。

 山尾悠子は硬質華麗な文体と、言葉で完璧に構築された作品世界で知られる作家で、初期の代表作『夢の棲む街』は、架空の街を舞台とするカタストロフを描く小説である。
街は「浅い漏斗型」(10頁)で、底に当たる中心部分に「円形劇場」(9頁)がある円環構造をもつ。「街の噂を収集しそれを街中に広めること」を「仕事」とする「夢喰い虫」でありながら、「日暮れ時」に「街のうわさをささや」く(10頁)「〈夢喰い虫〉の儀式にもう数箇月間も参加できずにいた」「中途半端な存在」(11頁)である「バク」を語り手とする。

「薔薇色の脚」と呼ばれるのは、「太めの腰から伸びている適度に肉のついた腿とふくらはぎ、よく締まった足首」という「下半身とは対照的に上半身は全く無視され、筋肉は栄養失調と運動不足で萎えたように縮み」「骨格までもがひとまわり大きさが縮んでいるため、飢餓状態の子供ほどの大きさに干からびて」(13頁)いる、円形劇場の踊り子たちのこと。中川多理さんのお人形は、見事な下半身は小説のイメージそのままに、やせ細った上半身はそれでもぎりぎり美しいバランスに保たれている。

 彼女たちはもともと、「演出家たち」が「狩り集め」てきた「街の乞食や浮浪者または街娼」であるが、「街の噂」によれば、演出家たちが「彼女たちの脚にコトバを吹き込むことによって」「薔薇色の脚」に創りあげられるのだという(13頁)。

毎夜演出家たちは踊り子の足の裏に唇を押しあてて、薔薇色のコトバを吹き込む。ひとつのコトバが吹き込まれるたびに脚はその艶を増していくが、下半身が脂ののった魚の皮膚のような輝きを持つにつれて畸型の上半身は徐々に生気を失ってゆき(同)


 彼女たちは、「知覚がまだ残っているのかどうか」「いつでも一言も言葉を発しなかった」(同)のだが、ある日集団失踪して捕獲されたのちに、ひとりが次のように告白する。

 
コトバがひとつ吹き込まれるたびに、私たちの脚は重くなる。私たちとて踊り子の端くれ、コトバのない世界の縁を、爪先立って踊ってみたい気があったのだ、と。それを聞いた演出家たちは怒り狂い、踊り子たちの脚からコトバを抜き取ってしまった(中略)が、そのとたんに脚たちは力を失い、死んだように動かなくなってしまったのだという。(14頁)

 そして「踊り子を出せ」と叫ぶ観客たちへの対応を

 
 今こそ我々が踊る時だ、と一人が叫んだ。
 踊り子たちの〈脚〉はなくとも、我々のペン胼胝のある手や運動不足でむくんだ脚を、コトバは覆い隠してくれる筈だ!(12頁)


と議論していた演出家たちは、舞台に上がり演説を始めるものの…。怒り狂った観客に撲殺されてしまう。すると、「直立していた〈脚〉の群れ」が唐突に「身震いし」、舞台に駆け上がる。脚たちは「一夜かけて踊り狂」い(15頁)、死んでしまうが、その様子を見ると、「上半身は下半身によって完全に吸収され尽くし」ていた(16頁)。

(演出家たちの、引用者)撲殺屍体は、巨人の脚と化した踊り子たちの轟く足の裏に踏み潰され、血潮にまみれたわずかな肉片となって舞台の石造りの床にこびりついているだけなのだった。
 こうして、この夜を最後に劇場の踊り子は死に絶え、その製造方法を知っていた演出家たちも全員死亡したため、再び街に〈薔薇色の脚〉の姿が見られることはなかった。しかしその夜死に至るまで踊り続けた脚の群れはあらゆる言葉を飛び越えて美しく、それはまさに光り輝くようだったという。(16~17頁)


 ところが物語末尾のカタストロフの瞬間に、この「脚」は、再び現れる。
 異変が起こり、繰り返し「あのかた」の「顕現」が囁かれるある日、「あのかた」からの招待状が街の人々のもとに届く。街の人々や夢喰い虫たちが円形劇場に集まる中、「バク」は地下の楽屋が気になり、入り口の上蓋をこじ開けようとしながら、「あのかた」の名を大声で呼び、「中に、いるのか?」「本当は、いやしないんだろう!」(42頁)と言うが…。そのとき、大時計が深夜零時をさし、「機械仕掛の鐘の音」が鳴り終えると「同時にゼンマイの弾ける音がして、ぴたりと針が針が停止」する(同)。「地下で落盤が起きたらしく」(同)、円柱も硝子も崩壊し、座席は人々とともに中心に向かって雪崩落ちる。

 
巨大な裸足の脚が、一撃で大地を踏み割ったようなある〈音〉が中空に轟いて、がん、と反響した音がその瞬間凝結し、同時にすべてが静止した。(43頁)


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「言葉と脚」の関係について考え始めたのは、いつのことだっただろうか。「きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ」(9頁)という書き出しの印象的な須賀敦子の美しいエッセイ『ユルスナールの靴』(3)には高校生の頃に出会い、感銘を受けたはずだったけれども、「靴」が言葉の比喩であることに気づいたのはずっと後、自分が言葉によってしか生きられないことを悟った頃だっただろう。

 ポール・ヴァレリー(4)による比喩や、ヴィルヘルム・イェンゼンの『グラディーヴァ』(5)、ヴァルター・ベンヤミンの「遊歩者(フラヌール)」(6)まで…、ヨーロッパ文学においては、歩くことを文芸行為になぞらえる発想はなじみ深いものだろう。日本においても、例えば百人一首にも入っている有名な小式部内侍の歌「大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立 」のような、「文」と「踏み」の掛詞は、そういうものの一つと言えなくもない。

 とりわけ『夢の棲む街』における「薔薇色の脚」たちの舞踏、「コトバ」を吹き込まれたり、抜き取られたりする脚たちの舞踏が「言葉を超えて美しく」と言葉によって表現されることは、ヴァレリーによる、散文を歩行に、韻文を舞踏になぞらえる比喩を思わせる。

 
散文から詩への、言葉から歌への、歩行から舞踏への推移。――同時に行為であり夢であるこの瞬間。(7)


 
歩行は散文と同じく常に明確な一対象を有します。それはある対照に向って進められる一行為であり、われわれの目的はその対象に辿り着くに在ります。

      (中略)
 
舞踏と言えば全く別物です。それはいかにも一行為体系には違いないが、しかしそれらの行為自体のうちに己が窮極を有するものであります。舞踏はどこにも行きはしませぬ。(8)


 『夢の棲む街』は小説という散文でありながら、街のかたち、街の噂、そして語りの構造が漏斗状の底にある円形劇場にすべてなだれ込むような円環構造が強調されているから、おそらくかなり意識的に、散文=歩行、詩=舞踏という比喩が踏まえられ、「薔薇色の脚」の舞踏を、一回きりの詩的な瞬間として描いている。

 そしてもうひとつ考えたいのが、男性である演出家たちが、女性である街の女たちに、言葉を吹き込むという権力構造だ。それによって街の女たちは「薔薇色の脚」となり、自らの言葉も上半身も失ってしまう。小谷真理(9)は『夢の棲む街』を読んで、「かつてロートレックやドガが愛おしみつつ画布に描かずにはいられなかった」(9頁)「パリの踊り子たちの絵画」の「後ろ側」に「恐怖」を感じずにいられなくなった(10頁)ことを語っている。「特定の観客に奉仕されるべく生み出された被虐的な人工物」であり、「女とは観念的に描かれるとこういうかたちを採るのかもしれない」(9頁)と。今ではロートレックやドガの「踊り子」についても、(男性が)描き、(女性が)描かれる(ジェンダー不均衡な)権力構造を読み取ることは常識だろうけれど、その権力関係が、『夢の棲む街』のなかでは、「コトバ」をめぐる演出家たちと脚たちとの関係に描きこまれている。

 思い返せば、何かを言葉や絵筆で描く行為だけでなく、私たち研究者が常日頃行っている、作品に対する解釈や研究も、対象を言葉で切り取り、言葉をあてはめる、暴力的で権力的な行為である。

 須賀敦子『ユルスナールの靴』は、自分に「ぴったり」の言葉を探してさまよった著者の旅を、20世紀フランスの作家マルグリット・ユルスナールの人生と重ねつつ語るものだった。それは、まだ女性が学問をすることが珍しく、「言葉」が男性(だけ)のものであった時代に、自分のものとしての「言葉」を模索し、つくりだす行為でもある。

 私にとっては何かの作品を対象とし、論文やエッセイを書くこともまた、『ユルスナールの靴』と同様に、「ぴったり」の言葉を模索する行為だった。
 けれども、自分にとって「ぴったり」であることを求めるあまり、言葉を作品に無理やりあてはめてしまうと、それが研究でなくなってしまうばかりか、作品に対する暴力にもなる。シンデレラの義姉たちが、小さな靴に合わせて自分のかかとや足指を切り落としてしまったように、言葉に合わせて作品を切り落としてしまっては…。一方的に作品を切り刻み、作品の言葉を無視し、自分にとって都合のよいものに作り替え、作品を殺してしまったら、一方的に薔薇色の脚にコトバを吹き込んだ演出家たちが観客に撲殺され、脚たちに踏み潰されてしまったように、研究者としての死がもたらされる。
 私は作品の声に耳を傾け、声に言葉を与え、寄り添い、時には一緒に踊るような研究者でありたい。

 私は彼女と、いっしょに踊りたい。

*引用文は、『山尾悠子作品集成』(国書刊行会、1999年)、須賀敦子『ユルスナールの靴』(河出文庫、1998年)による。

1、ステュディオ・パラボリカ、2021年。
http://www.yaso-peyotl.com/archives/2021/03/yaso_yamao_tokusoban.html
2、初出、『SFマガジン』7(1976年)。現在最も入手しやすいのは、文庫版『増補 夢の遠近法 初期作品選』(ちくま文庫、2014年)、『新編 夢の棲む街』(ステュディオ・パラボリカ、2022年)
3、初出『文藝』1994年11月~1996年5月。
4、Paul Valéry[1871~1945]、「フランスの詩人・批評家。マラルメに師事し、純粋詩の理論を確立。詩「若きパルク」、評論「レオナルド=ダ=ビンチの方法序説」「バリエテ」など」("バレリー【Paul Valéry】", デジタル大辞泉, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-06-07))。
5、イエンゼン(Jensen, Wilhelm[1837~1911]は「ドイツの作家」。「ポンペイを舞台にした小説」『グラディーヴァ』(Gradiva, 1903)は、「フロイトによって取り上げられ,その成果は精神分析の文学理論のさきがけとなった」("イェンゼン(Jensen, Wilhelm)", 岩波 世界人名大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-06-07))。
「グラディーヴァ」とは、「歩み行く女」の意であり、右足のかかとをほとんど垂直に立てている特徴的な歩き方をする女を描いたレリーフが重要なモチーフとなり、そのレリーフにそっくりの容姿と歩き方をするヒロインが登場する。
6、ベンヤミン(Walter Benjamin[1892―1940])は「ドイツ・フランクフルト学派の批評家」。「フラヌールflâneur(遊歩者)」は、ベンヤミンが「19世紀の都市を考察するにあたって,重要なキーワードの一つとして」「注目した」、「現代の都市論に欠かせぬ基本的な概念」。「都市の生産的機能からへだてられ」ながら、「都市の自意識をもっとも鋭いかたちで表現する」存在であり、「娼婦や犯罪者など,都市のアンダーグラウンドに棲息する者たちのよき理解者でもあった」(前田愛、"遊民", 世界大百科事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-06-07))。
7、「詩人の手帖」佐藤正彰訳(落合太郎、鈴木信太郎、渡辺一夫、佐藤正彰監修『ヴァレリー全集6 詩について』筑摩書房、1967年)。
8、同「詩話」
9、「脚と薔薇の日々」『山尾悠子作品集成』「栞」国書刊行会、1999年。


パラボリカビス「山尾悠子『飛ぶ孔雀』文庫化記念展示/「薔薇色の脚」中川多理」行ってきました。

2020-12-14 14:04:04 | 人形論(研究の話)
少し前のことになりますけども、パラボリカビスの最終展示、
山尾悠子『飛ぶ孔雀』文庫化記念展示/「薔薇色の脚」中川多理
に行ってきましたので、その報告を書いておきます。
本当は記憶が薄れないうちに、すぐに書くつもりでいたのですけれども、ずいぶん時間が経ってしまいました。

 

11月23日(月)、最終日の夕方16時頃に行きました。
この季節のことで、訪れたときにはあたりはほとんど薄闇で、帰りは真っ暗でした。
方向音痴の私が、地図をプリントアウトしないでもちゃんと迷わずにたどり着けるくらい、ああ何回も通ったんだなあ…と感慨深かったです。

今回の「薔薇色の脚」は2階のメインのスペースで、
1階の入って右側のスペースに、以前の「最終展示」で展示されていた高岳親王のお人形、
2階のもうひとつのお部屋でガレージセールが開催されていました。

会場は予約制で、ゆったりとした時間を過ごすことができました。
すごく鬱々とした気分で、何も自分の人生が拓けてこないような気持ちでいたときに展示を見に行ったのですが、
見上げるとお人形と目が合う位置に席をいただいて、
他のお客様もいたのですが、しばらくお人形と一対一で過ごしたような気分に浸れて、
ずいぶん癒されました。
最終日で余っているというので、ワイン1杯100円だというのを注文したのですが、
手違いで2杯出てきてしまい、
美味しいしもったいないと思ったけれど、さすがにあそこの手すりのない階段から転げ落ちたらいけないので、
2杯目は無理でした。

小説の『夢の棲む町』のなかで薔薇色の脚は、脚だけ肥大して上半身はほとんどないという、
グロテスクなイメージだったのですが、
そこはやはりお人形なので、
メインの脚は筋肉のつき方やタイツ、トゥシューズの擦り切れ方までひたすら魅力的であることはそのままに、
上半身は小さ目ながらも美しい顔をしていました。
スタッフさんが時々角度を変えてくださっていたのですが、
ほんのちょっとした動きで、崇高にも、あどけなくも見えてしまうのが不思議。
関節の動きもすごくなめらかそうでした。

演出家たちに脚に言葉を吹き込まれて脚だけ成長した薔薇色の脚たち、
その脚たちが「言葉」を抜き取られた後、
演出家たちの遺体を踏みつけながら劇場の中で踊り狂う「言葉を越えて美し」い場面、
それが言葉によって表現される、『夢の棲む町』の世界
(とは言え視点生物の夢くい虫のバクは眠りこけているのだけど)。
その世界を、言葉ではない人形という手法で表現した中川多理さんの展示。

ここ何年か、中川多理さんと山尾悠子さんの新作コラボレーションがあって、
でもパラボリカビスの本当に最後の展示が、山尾悠子さんの比較的初期の作品である『夢の棲む町』がモチーフの、
「薔薇色の脚」というのが、
『夢の棲む町』が円環モチーフの小説だということもあって、
なんだかくるっとひとまわりしたような感じで面白かったです。

思えば、私が山尾悠子さんの小説に出会ったのは、1999年の『山尾悠子作品集成』(国書刊行会)でした。
まだ学部生でした。
かつての『夜想』の休刊を知ったのと、同じころ。
その後トレヴィルの出版活動はエディション・トレヴィルが引き継いで、
『夜想』の第二期(?)が刊行されるようになり、
展示室「パラボリカ・ビス」が開館して、通うようになりました。
大学院生のころだったかなあ…、それからでももう15年くらい経ちますね。

私は大学院を修了して、父が亡くなって、就職したり転職したり、
犬のいない生活に耐えられなくて実家に帰ったり、
隠居生活のような毎日に耐えられなくて東京に出てきたりしながら、
いつか、ちゃんと安定した収入を得られるようになって、
お人形を買えるようになりたいな、と思いながら通っていましたけれども、
結局そうならないまま、パラボリカビスは閉館になりました。

いつかまた、今度こそちゃんと私にきちんとした収入のある時に、
別のかたちで出会えたらいいなと思っています。

 
帰りにはあたりはすっかり真っ暗でした(それにしても私の写真の下手なこと…)。

10月22日(日)菅実花×布施英利対談メモ

2017-11-04 15:36:25 | 人形論(研究の話)
 こんにちは。
 少し前ですが、10月22日に「黄金町バザール2017」のアーティストトーク「ラブドールはクラーナハの夢を見るか」に行ってきたので、メモをアップします。

 黄金町バザールは、黄金町から日の出町までの高架下スペースを利用したアートイベントです。菅実花さんは芸大の博士課程の院生さんで、ラブドールのお腹を膨らませて妊娠したようにして撮った修士修了制作である写真作品で話題になりました。今回は、以前の作品よりも小ぶりな、クラーナハの三女神をイメージした3枚組の作品と、小さな写真作品、メイキング映像を出展されています。
 今回のは以前の作品よりも小さかったためか、インパクトはそれほど強くない代わりに、優しい印象でした。

 台風の日で、小さな会場だったので、すごく至近距離で菅実花さんのお話を聞くことができました(ほんとにお人形さんみたいなお顔だなあ、と思いました)。しかもどういうわけかトークイベントが始まる前と終わった後、高架下を歩いていたら菅実花さんとすれ違うという…。私、彼女のイベントに参加するのは今回で三回目だし、ものすごく熱烈なファンだとか思われて気持ち悪いとか思われてないかな、とかあらぬ心配をしてしまいました💦

 対談は、菅実花さんと、美術解剖学者の布施英利さんによるもの。
 実は付き合いはそんなに長くない、とのことでしたが、とても息の合ったトークでした。いつも思うけど、菅実花さんは作品のインパクトもあるけれどとてもクリティカル。芸術家ってちょっとうっかり口を滑らせてしまったり、あるいは敢えて炎上狙いな発言をすることも多いけれど、彼女はいつもとても慎重にお話しされるなあ、と思います。

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■ラブドールを使った作品を作るまでの経緯
□学部生の頃の作品
(菅)学部の時は日本画科だった。
パフェの絵を描いていて、女性はあまり描かなかった。
日本文化はもともと外来のものが日本で発展して、それが海外から(再)発見される、ということを繰り返していて、その過程が面白いと思っていた。
もう一つは、女性の美というものに対して興味があって、化粧品の広告のコラージュ作品も作っていた。
化粧品の広告はどれも同じくらいの大きさで、モデルさんの顔もかなり似ているため、短冊形に切って組み合わせてもちゃんと顔になる。ぜんぶ同じ顔になってしまう。というので、そういう作品を作っていた。
(布施)広告のコラージュ作品…アンディ・ウォーホルとか、資生堂の広告なんかもその流れ。

□ラブドールとの出会い
(菅)ラブドールは、自分が持っているのは一体60万円だったけれど、今は少し値上がりして67万円くらいになっている。
芸大の寮で彫刻科の人から、オリエント工業の展覧会に行くことを勧められる。あなたに似てる人形があるよ、と。
(布施)自画像的な要素も?
(菅)あると思います。
その時はなかなかそれを作品に、と考えることはなかったけれど、2014年にドイツに留学したんですが、向こうの妊婦さんは体のラインを隠すことなくすごくぴったりしたものを着ていることがあって、電車の中でぴったりした服を着た(すごくスタイルのいい)妊婦さんを見て、初めて妊婦さんの体形をきちんと見た。
その前に2013年に結婚したが、子どもはどうするの?、子どもは作るの?、といろんな人に訊かれた。
またドイツでの留学中、言葉もよく分からないし、あまりうまく自己主張ができない、で、褒めているのか批判しているのかよく分からないが、あなたお人形さんみたいね、とよく言われた。
そこで、自分の代わりに妊娠するラブドールがあったらどうだろう、という着想が生まれた。

□妊娠するラブドールを撮る必然性
(菅)(学部時代に作っていた)パフェも化粧品も自分から遠いもので、自分が作る必然性はどこにあるのかなと思っていた。
ラブドールは自分に似ていて、自分に近い。身長も自分と同じくらいで、実は服をシェアしたりできる(撮影用の衣装に買ったものを、もったいないので自分でも着る)くらい。
ラブドールを撮った作品としては、実はすでにあって、ローリー・シモンズや杉本博司の作品があるが、他者としてラブドールを撮っている。ローリー・シモンズは女性だけど、日本人の女の子がホームステイに来たような感覚で撮っていると言っていたので。
自分であれば、分身か友達かといった、近い感覚で撮ることができると思った。

■生命のないものに生命を宿す
□篠山紀信のラブドールの写真について
(菅)技術的にはすごい。人形を自然に撮るのは非常に難しいことだが、(ポージングをスタッフさんにやってもらったにしても)それができてしまうというのはすごいこと。
(布施)篠山紀信の場合は、「なかみのない人間を撮る」感じだが、菅実花の場合は生命がある。
(菅)それはかなり意識して選んでいる。300枚を超える中から1枚を選ぶのだが、空っぽじゃないもの、何か考えているように見える、自信がありそうに見える写真を選んでいる。

□美術史
(布施)菅実花の作品は、ベースに美術史的な素養がある(ルノアールとか、今回も三女神をモチーフとしたり)。
(菅)三女神はいろんな人が描いているが、今回クラーナハの三女神にしたのは、クラーナハの絵は、たぶん北方の女性の体形なのだと思うが、下腹が少しぽこっと出ている。
あと、技術的な理由として、人形は可動域が狭い。肩を上げるポーズが取れないとか、腰が曲がらないなど。その狭い可動域で撮れるポージングで可能なものとして、クラーナハの三女神を選んだ。
(布施)美術史の中で妊婦が出てくることは少ない。古代の地母神(を妊婦としたとして)から、クリムトくらいまで下る。
先史時代のヴィーナス像が何だったのかということについては、実はよく分かっていない。ただの太っている女性なのか、妊婦なのか。最近は授乳している母親の像とも考えている。お乳が大きい、ということは、食べるものがたくさんあるということ。
(菅)出産するときに握りしめていたという説も見た。
(布施)古代の像は男性がない。動物かヴィーナス像みたいなものだけ。

□生と死
(菅)学部生の時に東大でネアンデルタール人の骨(2歳のネアンデルタール人の子どものもの)をクリーニングするアルバイトをしていたが、ネアンデルタール人は骨格上今の私たちのような発声はできなかったということが分かっている。でも歌でコミュニケーションをとっていた。ネアンデルタール人を人間と考えていいのかと、考えていた。
(布施)埋葬するようになると(花を一緒に埋めると、花粉が残る)死という観念があることが分かる。生と死という、生命の観念がある。
ラブドールに命を宿らせるという菅さんの仕事は、生命のないものに生命を宿すという美術そのもの。
(菅)ラブドールは、何かで要らなくなって業者さんの元に戻ってきたら、人形供養に出す。だから、(買った人も、作った側も)生命のあるものとして扱っている。ラブドールを生命のあるものとして扱うのは、そんなに変なことではない。

■今後の展開
(菅)(遊びで)ラブドールとセルフィ―を撮っている。撮影が終わった後に、「お疲れー」みたいな感じで。一緒にプリクラをとりたいが、なかなか持っていくのが大変でできない。

■前作と今回の作品について
(菅)今回の作品は、会場の関係から以前作った修士修了作品(→慶應で展示があったときの情報)が入らないため、もう少し小ぶりの作品を作る必要があった。
以前の作品は、女神的な部分と同時に、すごく大きい作品にしたので、モンスター的なところもあった。
今回は、もう少し小ぶりであるということ、また黄金町バザールの趣旨(旧赤線地帯をアートで町おこし)を考えたときに、三女神というのは、愛欲と貞節を美がとりもつ、というもの。そういうつもりでアートをやっていますよ、という理由づけ。
マタニティヌードなんだけど、三つ並べると三女神に見えるような作品にしたかった。
慶應の時に、マネの「草上の食卓」みたいだねと言われた。それでマネのオランピア(娼婦を描いたというので批判された)をイメージした作品を、娼婦的な要素のあるラブドールで、撮ったものも(ル・コルビュジェの椅子に乗せて…大学にあったらしい)。
自分が花を持ってみたり、いろいろ(もとの絵画みたいになるようなことを)やってみたが、それをやると森村泰昌になってしまうなあと思って、自分がやることではないと思ってやめた。
ラブドール自体を否定しない作品にする、ということは意識してやっているつもり。
(布施)背景が黒であったり、余白が多いが、日本画が余白が多いことと関係はあるか?
(菅)受験時代にさんざんやった石膏デッサンの文法に似ていると思ってやっている(レタッチなど)。
(布施)シリコンは不思議な触感だが、触覚的な世界は、作品に反映しているのか。
(菅)あまり触覚的なものは反映していないと思う。

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(感想)
 ラブドール(の妊娠)を、(対象ではなく)自分自身の分身として撮るということ、にもかかわらず、女性性や生殖を、傷や痛みとして表現するのではなく、美しいもの、よいもの、自信がある感じで、肯定的に撮っているということがやっぱり特異だなあ、と思います。
 人形を自分自身の分身として作品を作る女性の方って、女性性に対する拒絶や、自分自身の身体の傷や痛みを表現する、という場合が多いと思うのですが(そしてそれは「死」への欲望と結びつくことも多い)。そうではなくて、妊娠を肯定的にとらえている感じなんですよね。
 一方で、妊娠を肯定的に、美しいもの、良いものとする場合って、多くは妊娠を自然なものとして、生身の身体で表現することが多い。それを人工物であるラブドールで表現したところが、他にないんだろうと思います。
 余談ですが、クラーナハをモチーフにしたということだったのでちょっと気になったので、クラーナハの絵って胸が小さいですよね、でもラブドールって胸大きいですよね、というのを質問してみたんですよね(人形の胸は気になっているポイントでもあるので)。そうしたら、画像を加工するときに、ちょっと胸を小さくしたとのこと(クラーナハっぽくない、と思って)。私トークが始まる前に、ささっとだけ作品見てたんですが、え、大きかったよね?、と思ってもう一度作品見直しに行きました。やっぱり、大きかったです。それでもちょっと小さくしてたのね…。

9月16日四谷シモン講演会「人形人生」(@武蔵大学)メモ

2017-09-24 00:23:31 | 人形論(研究の話)
こんばんは。

先週行ってきた、四谷シモンさんの講演会のメモを公開します。

すごい良かったです。
四谷シモンさん、ぽつりぽつりと話される感じが、とても印象的でした。

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武蔵大学 第11回大学図書館セミナー 「人形人生」
講師:四谷シモン氏(人形作家)
聞き手:香川檀(武蔵大学人文学部教授)
日時:平成29年9月16日(土) 16:00~17:30
場所:武蔵大学8号館7階 8702教室

――――――

□四谷シモン氏講演会、まで。
はじめに香川檀先生のほうから、四谷シモンさんをお呼びすることになった経緯を説明。
以前公開セミナーをするときにポスターに四谷シモンさんのお人形の写真を使用し、またそれを本(『人形の文化史―ヨーロッパの諸相から』水声社、2016年)にするときにも表紙にそのお人形の写真を使用したこと。その許可をお願いするために連絡したことがきっかけとなって、つながりができたことなど。

□人形を作り始めたきっかけ。
そしていよいよ四谷シモンさんのお話です。「人形人生」ということで、初めて人形を作った子どもの頃の話から。
小4の時に紙粘土でお面を作ったのが、人形を作り始めたきっかけ。小5~6年生の頃には、布でぬいぐるみの人形を作っていた。
14歳の時に、就職とも進学とも決まらず、じゃあどうしようか、となったときに、「人形で生きていきたい」と思った。
なぜ人形なのかは分からない、また人形でどうやって生きていくのか見当も付かなかったが。

□「人形って何?」
いい人形を作りたい。でもいい人形って何?、と思った。
人形作家のところに習いに行ったこともあるが、でも月謝が続かなかった。

□ベルメールとの出会い。
そしてベルメールの人形(の写真)と出会い、「これだ」と思います。
ベルメールの人形には、人形しかない。人形だけ。
そして、「動く」ということに衝撃を受けた。日本の江戸時代の人形でも、みんな動く。
その後何を作ってもベルメールの真似になってしまう、ベルメールの真似ではダメではないか、と葛藤します。

□女形時代、初個展。
その後「状況劇場」の女形などをやりますが、役者を辞めた時、ベルメールを真似するしかない、他にはない、と思います。
そして初個展。初個展では12体の女性の人形を展示します。
初期の人形は基本直立で、ケースに入れた少年人形がありました。
「何となく高級感が出る」程度の意図だった、とシモンさんは説明しますが、香川檀先生が、ハンスベルメールの人形の「動く」ところに衝撃を受けたとおっしゃっていたが、ケースに入れた人形は、見る人は触って動かすことができない、と指摘すると、「ああほんとうだ、どういうことだろう…ちょっと考えてみます」とシモンさん。

□これまで制作されたいろいろなお人形の説明。
・「機械仕掛けの少年」
…澁澤の『夢の宇宙史』に載っていた自動人形に感銘を受け、何としてでも動く人形を作りたいと思って作ったもの。
動かすのはぜんまい仕掛けでないといけない、電気は嫌。電気だと外部とつながっている。
動く人形はこれ一体だけ。あとは実際には動かなくてもいい、機械が中にあって、見た人の想像の中で動けばいい。
人形を作るときは何も考えずに手を動かしているだけ。
(顔に)何となくさみしげな感じが出たらそれでいい。愁いとか。静かな人形しか作れない。
何もないものを作りたい。
・「解剖学の天使」
…言葉からインスピレーション。レオノール・フィニの作品に、「解剖学の天使」というタイトルのものがある。
ぽかーんとした顔がいいと思って、これと同じ顔を作りたいと思ったけれど、同じ顔は作れない。顔は心で作るもの。
・「天使―澁澤龍彦に捧ぐ」「キリエ・エレイソン」
…小4で勉強しなくなってまっさらな状態だったものに、澁澤の影響を受けた。だから亡くなったときはしばらく何も作れないくらいの状態になって、そんなときに中沢新一さんから『ギリシャ正教』を読めと勧められる。そして作ったもの。
ギリシャ正教のイコンのイメージ。「キリエ・エレイソン」はギリシャ語の「主よ、我に憐れみを」。
・「目前の愛」
…たった今のこと、目前に目に見えるものへの愛情が、大事なもの。
・《ナルシシズム》《ピグマリオニスム・ナルシシズム》
…人形教室で作るものを見ていると、それぞれ当人に何となく似ている。それを見て人というのはナルシシズムがある、と思って制作したもの。こういう仕事は体力が必要。何年かかったか分からない。

□これからのこと。
(やめようと思ったことはあるか、何が人形制作のモチベーションなのかとの質問に対して)
やめようと思ったことは一度もない。(モチベーションは)人形とは何か、ということには答えがないこと。
何か作りたい。人形とは何か、と、ずっと思っている。

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会場で本を売っていたのですが、講演会終了後にその本にサイン下さる時間がありまして、私もいただきました。

私が買ったのは、『四谷シモン ベルメールへの旅』(菅原多喜夫、愛育出版、2017年)という、2010年に四谷シモンの展覧会がベルメールの故郷であるカトヴィツェで開催された時の旅の様子をつづったエッセイ。ピンク色のきれいな本です。
講演会にはこの本の著者で旅に同行された菅原多喜夫さんもいらしており、この時の旅のことにも触れられていました。
他には、中公文庫で出た『人形人生』の新しいバージョンとか、いくつかの人形の写真集が売られておりました。
四谷シモンさんというと、わりと初期の頃のイメージが強かったのですが、通してみると作風も変化していることが分かります。
そして、今もずっと作り続けたい、「人形とは何か」とずっと思っている、というのが印象的でした。

イメージ&ジェンダー研究会に行ってきました。

2016-09-18 13:10:41 | 人形論(研究の話)
昨日は、イメージ&ジェンダー研究会ミニシンポジウム「孕む身体表象」に行ってきました。

所属してない研究会ですが、人形関係のテーマだし、生殖関係の話題だし、菅実花さんの修士修了制作「ラブドールは胎児の夢を見るか」
は大きな話題になったもので、興味がありました。

武蔵大学、ちょっと迷ってしまった。
いつも通勤途中に電車から見えていてだいたいの方角は見当がついたし、地図もプリントアウトしたし、
駅前にも地図があったから大丈夫だと思ったんですが…
2度ほど曲がった時点で方角を見失い、プリントアウトした地図には何をミスしたか
武蔵大学が入っていなかった(日大の芸術学部は載ってたんですが)ので、分からなくなってしまいました。
ちょっと緑の多い場所が見えたので、あの辺大学っぽいな、と思って歩いていったら正解だったので、良かったですが…

菅実花さんの話、抜群に面白かったです。
前半はよくある人形、アンドロイド、ロボット、サイボーグなどの歴史で、
アンドロイドの定義をまず説明し、ピュグマリオンの話からはじまるオーソドックスなものでした。

面白かったのは後半で、生殖・再生技術などの発達によって妊娠が外部化されてゆくことから、
人工的、機械的なものとして妊娠を位置づけ、人形やアンドロイドと結びつけてゆくところ。

従来、妊娠や生殖は女性的で自然なものの側に位置づけられ、一方で人形は機械的で人工的、
それゆえに妊娠や生殖とは切り離された存在でした。
球体関節人形なども、どちらかと言えば妊娠・生殖No!という感じの女の子が好きなイメージです。
お腹の中に小さな人形やウサギちゃん、色々なものが入った表現(例えば三浦悦子さんのこの人形)も見たことがありますが、
実際に妊娠しているというイメージには程遠い。
あるいは、絵画ですが、松井冬子さんの「浄相の持続」などでも、ご本人は「子宮の内部を見せびらかしている」とおっしゃっていましたが、どう見ても惨殺された女性です。
堀佳子さんという人形作家が、ある人形の胸に球体を入れたときに、
「胸というのは(中略)母性の象徴でもある。それが取り外せるということは、母性から切り離されることが可能ということですから、これは少女で、しかも人間的というより機械的な少女だなと感じたんです」([別冊]Dolly*Dolly『少女人形』2004年10月)
と言っています。

その、機械的で人工的な人形が、機械的で人工的であるがゆえに、妊娠や生殖と結びつけられたとき、何が起こるのか。
とても興味深いです。