時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

クリスマスに集う聖ヒエロニムス

2013年12月25日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

Georges de La Tour (1593-1652)
Saint Jerome Reading
Oin on canvas, 79x65cm
Madrid, Museo del Prado
イメージ拡大はクリック 

 

 

  老人が拡大鏡で手紙らしき書類を読んでいる。身につけている朱色の衣が美しい。この画像、以前にも掲載したことがある。慧眼の方は、ひと目見ただけで、ラ・トゥールの作品ではと気づかれた方もおられよう。この画家の数少ない作品の中では、最も最近時点で「発見」され、専門家の鑑定を経て、画家の真作と認知された。それまで長い間、マドリッドのセルバンテス研究所の壁に、ながらく誰の作品とも確認されることなく掲げられていた。

 この作品が年末、初めて画家の生地ヴィック・シュル・セイユのジョルジュ・ド・ラ・トゥール美術館に置いて展示された(9月1日ー12月20日)。今年、フランスでも多数の展覧会が開催されたが、その中でも特筆に値する展示のひとつとされた。

 17世紀の宗教画に詳しい方は、この画像が聖ジェローム(聖ヒエロニムス Saint Jerome Latin: Eusebius Sophronius Hieronymus; c. 347 – 30 September 420)を描いた一枚であることに気づかれるだろう。2005年に偶然、マドリッドで発見された時、美術界のメディアが世界にそのニュースを伝え、何人かのブログ読者の方もご親切に知らせてくださった。その当時は、ほとんどラ・トゥールの作品ではないかと専門家は直感したが、これまで模作、偽作のうわさが絶えなかった画家だけに、直ちに真作との評価はなされなかった。
 
  その後、プラド美術館へ作品が移され、詳細にわたる鑑定が進み、ラ・トゥールの作品目録に新たな一枚が加えられた。ラ・トゥールはその生涯でかなりの数の「聖ヒエロニムス」を描いたと思われるが、今日の段階で真作と確認されているのは、この度の真作を加えても4枚である。その4枚すべてが、画家の生地を記念して立てられた美術館に集められた。プラド美術館の作品は、今回の展覧会で初めてマドリッドを離れ、公式に画家の生地にお里帰り?したという点でも大きな意味がある。

 この展覧会では、その他にも、画家の失われた真作の模作と思われる作品などもあり、その多くが集められた。上記4枚の真作とは、このプラド蔵の作品に加え、このブログでも再三記してきたブルノーブルおよびストックホルムの美術館が所蔵する悔悛する聖人が自らの身体を鞭打つ場面を描いた2枚(一枚は宰相リシュリューに贈られた)およびイギリス王室のコレクション(ハンプトンコート蔵)に含まれるこのたび発見された真作と同じ主題の「手紙を読む聖ヒエロニムス」である。

 ハンプトンコートの作品と比較して気づくことは、画面の背景に一段の工夫が見られることである。ハンプトンコートの作品は、画面中央部で左右に濃淡が分かれているが、このプラドの作品は斜めに濃淡のある背景となり、特定の場所を思わせる深みのある空間を構成している。さらに、ヒエロニムスの読む手紙もさらに精緻になり、紙面を通して写る文字が読めそうな思いがする。髪の毛や髭の描写も、この画家の特徴として絶妙なものがある。

 聖ヒエロニムスは、聖職者、神学・聖書学者など学者、智の人という側面と自らを絶えず厳しく律する悔悛の人というふたつの側面を持っている。ラ・トゥールもこの聖人の二つの側面をそれぞれに描き分けている。このたびの展覧会には、その二つの側面が描かれた作品が勢揃いした。

 このイギリス王室所蔵ハンプトンコートの作品も、ラ・トゥール研究史上エポックを画した1972年の展示以来、作品の状態が公開には適さないということで長い時間の空白の後に公開展示の場に出たものである。この作品をめぐっては、クリストファー・ライトなどの美術史家の間で、ラ・トゥールの真作か否かをめぐっての論争もあった。グルノーブル、ストックホルムの2枚は、過去50年近い年月の間に何度か、並んで展示されたことがあった。

 ヴィックのような小さな町の美術館で、これだけの素晴らしい展覧会が開催されたのは、設立以来美術館に多大な支援を行ってきたルーヴルのおかげであり、とりわけ今回の展示のコミッショナーを務めた有名な美術史家ディミトリ・サルモン Dimitri Salmonの功績によるものである

 画題が聖人という地味なものだが、ラ・トゥールが得意とした赤色系(ヴァーミリオン)が広く使われ、クリスマス・シーズンに鑑賞するにもふさわしい作品といえる。

  



 展示された作品の多くは、プラドの一枚を除くと大変よく知られたものだが、カタログはDimitri Salmonの他にもHoch Philippe, Laurent Thurnherr, dominique Jacquot, Gabriel Diss, Chiristopher Wright, Elizabeth Ravaud, Iwona Chardel and Marie Goormaghtigh などの研究者がエッセイを寄せており、研究者、愛好者にとっては貴重で大変喜ばしいものになっている。

Sous la direction de Dimitri Salmon, Saint Jérôme & Georges de La Tour , IAC éditions d'art, 2013, 288 p., Editor Dimitri Salmon, Saint Jerome & Georges de La Tour, IAC Art, 2013 288 p., ISBN : 978-2-916373-66-9.

 

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