時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

30年戦争の中のロレーヌ(1)

2011年10月02日 | ロレーヌ探訪

 

 ピーター・ウィルソンの30年戦争史である『ヨーロッパの悲劇』を読んで、最大の収穫は、この時代のヨーロッパ世界についての理解が格段に深まったことだ。30年戦争は、その後のヨーロッパ史を理解する上でも欠かせない重みを持っている。今年、ドイツの『シュピーゲル』DER SPIEGEL誌が歴史特集に取り上げていることからもうかがわれるように、近年新たな関心が生まれている。とりわけ、主戦場のひとつとなったドイツの歴史を理解するには避けて通れない重みを持っている。ちなみに、この特集はやや通俗的ではあるが、近年の研究成果も取り入れ、要領よく整理されており、この複雑な戦争のスコープを確保するために大変便利だ。ウイルソンなどの字数の多い大著の整理の上でも手頃な手引きとしてお勧めものである。かくして、ウイルソンの労作のような作品を読むことで、あたかも話題のタイムマシーンで、歴史の大転換を展望できる。


 世界の歴史を顧みて、戦争のなかった世紀はあったろうか。人類はいたるところで絶え間なく争いを繰り返してきた。とりわけ、
17世紀はヨーロッパに限っても、年表を戦争が埋め尽くすほど各地で戦争、内乱、暴動が起きていた。このブログに記しているロレーヌでの惨禍も、30年戦争の全体的広がりの中では、ほとんど局地戦といってよい状況だった。日本人の間では、ロレーヌ公国の存在自体ほとんど知られていない。

歴代ロレーヌ公の努力
 
17世紀のロレーヌ公国は、30
年戦争の主要な戦場ではないが、ハプスブルグ・神聖ローマ帝国とフランスの間にあって、見逃せない重みをもっていた。とりわけ戦略上、フランスがアルザス方面へ軍隊を派遣するに際しても、ロレーヌは大変重要な位置を占めてきた。現代ヨーロッパには小国でありながら、大国の狭間を縫うように巧みに独立と発言力を維持している国が多いが、当時のロレーヌ公国も外交力という点では歴代公爵が優れた力量を持っていたといえる。文字通り、ロレーヌの命運は彼ら公爵の時代を読む力にかかっていた。
下掲のボグダンの作品は、この点に焦点を当てている。




 
 
 この時代のロレーヌ公国は、所領という意味ではハプスブルグ家、神聖ローマ帝国の一部(公爵領)だった。しかし、地政学上はフランス王国にきわめて近い特色を持った地域であり、法制度や社会、文化もフランスの影響を強く受けていた。

 フランス王室はパリの防備のため、ロレーヌを東の緩衝地帯として政治外交上きわめて重要視していた。あの策略に長けた宰相リシュリューは、いずれロレーヌを完全にフランスに統合することを企てていた。こうしたなか、ロレーヌの人々は、小国ながらもロレーヌ公国として文化的にも大きな影響を受けているフランスと自らを区分し、微妙な自立性を維持してきた。この小国が生まれた9世紀頃から17世紀初め、シャルル3世の頃までは歴代ロレーヌ公は、内政・外交に力を注ぎ、小国の独立性を維持してきた。

 ロレーヌ公国の歴代君主は自らが置かれた微妙な地政学的位置を巧みに利用し、フランスの王室や政治にもさまざまに関与していた。そのための主たる戦略的政策は、各国につながる政略的婚姻策であった。この時代、ロレーヌに限らず、ヨーロッパ各国の王室や貴族の家系に生まれた娘たちは、自分たちの意思とは関わりなく、しばしば外交政策上の駒のように動かされた。当然、嫁いだ先の相手との相性、文化との違いなどが、さまざまな問題を引き起こした。

 フランス王ルイ13世の王妃となったアンヌ・ドートリッシュ(スペイン王フェリペ3世の王女)の一生あるいはシュヴルーズ公爵夫人などの奔放な行動などは、かなりこうした人間性を無視した婚姻政策への反発の一端ともみられる。その一端は、デュマの『3銃士』などに生き生きと描かれている。彼女たちが繰り広げた不倫、浮気ともみられる恋愛関係、そしてさまざまな謀略は、パートナーであった王や貴族たちのそれに匹敵するものであり、読み込むほどに深入りしてしまう面白さがある。しかし、一般の歴史書で、この複雑な関係を読み取ることはきわめて難しい。文学や絵画などの支援が必要になる(続く)。

 

 

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