時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

機能しないトランポリン・ネット (+ 追悼ジャック・テュイリエ氏)

2011年10月17日 | 労働の新次元

 

 17世紀は小氷河期であったともいわれ、酷寒、強風などの気象異変が、ヨーロッパ大陸の人々に農作物不作、飢饉などの多大な苦難をもたらした。そうした状景を描いたフレミッシュの画家の作品。

Flämisches Gemälde aus dem frühen 17. jh. ( DER SPIGEL, GESCHICHTE, NR.4,2011)



 世界は天変地異の時代に入ったのかと思うほど、いたるところで、さまざまな天災・人災が起きている。東北大震災と並んで世界を震撼させているギリシャ発の通貨危機も、源をたどれば人間が生み出した金融制度が破綻してしまったのだから、広く考えれば人災かもしれない。30年戦争の舞台となった17世紀ヨーロッパは「危機の時代」と呼ばれ、酷寒や酷熱、農産物不作、飢饉などが人々にもたらした苦難は今日の比ではなかった。


例のごとく、再び現代世界に飛ぶ。


 
  ブログで取り上げるにはあまりに重い課題だが、このところ頭から離れない、いくつかの問題がある。そのひとつは、民主党政権へ移行した頃から気になっている雇用政策のあり方だ。メディアに失業、雇用に関する政策が取り上げられることが、目に見えて少なくなっている。東北大震災・原発問題に追われ、政策強化が手薄になっているとしたら大変なことだ。両者は密接に関連している。

 
 このところ3年余り、NPO活動、「緊急人材育成支援事業」(民主党連立政権後に導入された月額手当付き職業訓練制度により、求職者を支援する制度、10月から一部制度改正「求職者支援制度」)などに関わることで、微力ながら職を求める人々の現場に接してきた。しかし、東北大震災発生以後すでに7ヶ月になる今、かなり衝撃的な事例に接するとともに、現在の雇用政策が果たす役割が格段に劣化しているという思いが強くなってきた。求職支援を求める人の中にも被災地関連の人々の姿がかなり目につく。

 
面接相談などで接する人々の年齢、性別、職歴、教育歴などは、これまで以上に多様化している。中心は20-30代の比較的若い年齢層、60歳代の高齢者層に入りかけている人々が多いが、次第に50歳代の中年層も含めた働き盛りの人も目につくようになった。若年層と高齢者一歩手前の人々の失業率が高いことは、欧米諸国の特徴であったが、日本でも同様な状況になっている。

 
高年齢層の人々の職歴、人生歴は当然かなり複雑なのだが、大学卒業以来ほとんど2年以上、職業といえる仕事に就いたことがない(就けなかった)という人たちの相談を受けることもきわめて多くなった。こうした人たちの話を聞き、最も憂慮するのは、安定した職業機会がきわめて少なくなっていることだ。さらに、技能研修・訓練などを求める人々の背景や希望は多様化が著しく、一律の対応ができない。

 職業訓練制度の脆弱化は著しく、支援・訓練期間修了までに就職できる人の比率はきわめて低い。そして、細々とした不安定な仕事を見つけながら、次第に失業者、そして生活保護者の段階へと降下して行く実態を見るのはきわめてつらい。本来、こうした時に力になるべき労働組合も組合員の雇用維持で、精一杯であり、非組合員の雇用斡旋などは、ほとんどできていない。

働く意欲を失う人々
 最近の日本の失業率が一見すると、欧米諸国より低位に見えるのは、仕事の機会が少なくなり、求職・就業の意欲を喪失して非労働力化してしまうことが大きな原因になっている。この点は失業の長期化からも明らかだ。長引く失業に心身ともに疲労し、すり減ってしまう。以前ならば、社会の中核を担う安定した仕事に十分つける能力を持った人々が仕事に就けない。

 「トランポリン・セーフティネット」という耳ざわりの良い政策スローガンだが、実態とはほど遠い。トランポリン機能はほとんど働いていないというべきだろう。下層のセーフティネットに降下するほど、意欲は喪失し、上昇志向は潰え、生活保護の現状にあまんじてしまう人が多い。現行制度はしばしば人々に自分で跳ね上がる意欲を奪っている。「求職者支援制度」などの存在を見出し、参加したいと考える人々には十分可能性は残されている。憂慮すべきことは、そうした制度の存在も知らず、あるいは知っていても無気力に過ごす人々の増加が静かに進行していることだ。

 
 職業訓練の実態を見ても、増加する希望者に対応できる訓練・指導能力を備えた人々自体著しく払底している。グローバル化が進み、社会の変化の速度が早くなった今日の社会では、こうした求職者は生活が窮迫化するにしたがい、先や周囲を見通す余裕もなくなる。自分の将来が見通せず、不安がつのり、うつ病的精神状況の人々にも多数出会う。

 
こうした状況を見ていると、政府は雇用政策を根本から考え直し、政策の最前線に押し出すべきだとの思いが強まる。多くのメディアは荒廃した雇用の実態だけを報じ、あるべき政策の提示ができていない。社会不安を高めるばかりである。グローバル化の展開とともに、労働の世界はコールセンターなどの例を挙げるまでもなく、人々の想像を超えるほど変化している。国境を越える労働力の流動化も主要国の受け入れ制限、保守化にもかかわらず、新たな形で進んでいる。政策構想が変化に対応できていないことを痛感する。

必要な過去からの脱却
 
雇用政策といっても、伝統的にその中心は失業者の救済、そして初めて労働市場に参入する新卒者の雇用確保に置かれてきた。言葉は適切さを欠くが、事態の後追いになっている。ひとたび失業者の段階に入ると、彼らをしかるべき雇用の場に戻すにはとてつもない努力と資金が必要になる。

 
全体として雇用政策の重点は、依然として、失業した人たちの救済、再就職への斡旋、訓練に置かれている。新しい雇用機会の創出が叫ばれていながら、(農林水産業を含めて)産業政策と雇用政策は明示的にリンクされ、一体化していない。両者の間により明瞭な政策のつながりを構築、国民に提示すべきだろう。雇用は最終需要、産業の拡大なくしては増加しえない派生的需要なのだ。

 
被災地復旧・復興にしても、被災地への政府機能の大幅移転を含めて、率先して雇用機会の創出に当たるべきだろう。とりわけ、国民を覆っている名状しがたい不安の源のひとつである原発問題の解決は、最重要課題だ。真の解決が生まれるのかさえ、定かでない現実である。

 こうした努力を通して、初めて被災地に光が射し始め、民間企業などの復活、移転も地に着いてくる。民間ヴォランティアなどの人々の努力にはひたすら頭が下がる。しかし、全体の復旧・復興には、政府の大きなてこ入れが欠かせない。精神的励ましは必要だが、それだけでは乗り切れない。

 
アメリカ、ヨーロッパなどで問題化している格差拡大の源を糾弾する運動を起こすほどの意欲が今の日本には失われている。一見、黙々と復興に努めているかに見えるこの国の病態は、先進国の中では格段に厳しい。被災地視察の回数?を誇る政治家もおられるようだが、本質を見ているのだろうか。残された時間は少ない。国家債務の破滅的増大を始めとして、Turning Japanese(日本人のようになる)とは、今や欧米諸国が最も恐れることでもある。

 当初、小さな憩い、やすらぎの場を考えていたこの小さなブログが、スタートした頃の意図から外れ、図らずも「危機の時代」であった17世紀、1930年代恐慌時の問題を多く取り上げているのは、最近のこの国の様相が同時代だけを見ていては見えてこないという思いもある。こうした危機から脱却するには、先を見通した政治家の英断が欠かせない。ニューディール政策も実際はかなり試行錯誤であった。しかし、後年ニューディーラーといわれる活動に参加した人々の回想を聞くと、そこには恐慌で打ちのめされたアメリカ経済をなんとか活力ある軌道へ押し戻そうとする人々の熱情ともいうべき思いがこめられていた。

 被災地とりわけ国民の不安の源でもある原発問題の一刻も早い解決のために、復興庁ばかりでなく、政府機能の大幅な被災地への移転など、こうした未曾有の危機的状況でしか実現しえないことが実行されるべきではないか。政府主導の地域復興に光が見えれば、民間企業などの復興基盤強化の動きも高まるだろう。雇用はそれ自体では生まれない。最終需要・生産活動の拡大があって、はじめて派生的に生み出される。最も問題の深刻な地域へ国の総力を結集するという思い切った政策実施への決断が望まれる。



 'Turning Japanese' The Economist July 30th-August 5th 2011.


☆ フランス17世紀美術史の大家 JACQUES THUILLIER ジャック・テュイリエ氏(コレージュ・ド・フランス名誉教授)が、2011年10月18日ご逝去されました。このつたないブログにも、度々お名前を登場させていただきました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


http://www.college-de-france.fr/default/EN/all/historique/jacques_thuillier.htm


http://www.latribunedelart.com/disparition-de-jacques-thuillier-article003316.html


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