時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

感動と興奮の壮大なドラマ 「クレイドル・ウィル・ロック」

2005年02月23日 | 回想のアメリカ

 このところ、古くなった話題ばかりで恐縮です。HPを閉鎖してブログに移行すると、これだけは残しておきたいと思うトピックスもないわけではありません。というわけで、「復刻版」?が時々登場しています。もう少しお付き合いください*。 

 今回は、世界大恐慌の時代のアメリカを描いた映画「クレイドル・ウィル・ロック」です。これまで、取り上げた映画と同様に決してメジャーな作品ではありません。

世界大恐慌が背景
  1929年10月29日の「暗黒の火曜日」に始まる世界恐慌については、知らない人はいないでしょう。と思ったのですが、時の流れとともに遠い過去の出来事になりつつあります。時代の経過とともに、緊迫感は薄れてゆきます。タイトルも苦労したとみえて、英語のままです。これも日本では、あまり注目を集めなかった一因かもしれません。   

 「大恐慌」自体について私が最初に知ったのは、中学の世界史か社会科の時間が最初ではなかったかと思います。その後、R.ネイサンの『いまひとたびの春』One More Spring、J.K.ガルブレイスの名著『大恐慌』The Great Crashなどを読む過程で深入りし、その後は興味のおもむくままに当時の状況を描いた著作や写真集など、かなりの数を目にしてきました。

 ちなみに、ガルブレイスの『大恐慌』は、数年前に著者の解説付きの新版が出ました。あとがきに、この本は新版もベストセラーとなったが、空港売店には置いてなかったと書いてあります。  

 1960年代、最初に留学した大学院時代、労使関係学部のファカルティ・ルームでF.D.ルーズヴェルト大統領の政権下、女性で始めて労働長官となり、大学でも教壇に立ったF.パーキンス女史の肖像画に接したこと、指導教授の多くが多かれ少なかれ、ニューディールに賛同し、その活動のさまざまな面に関わった人々であったことなど、1930年代の大恐慌の実態について興味を呼び起こす出来事に出会いました。ニューディールはこの人たちにとっては若い情熱を燃やした大きな出来事だったのです。 

 長年の友人の両親で、私の滞米中、物心両面で親にも等しい心配りをしてくれたB夫妻も典型的中流階級といってよい暮らし振りでしたが、大恐慌期を経験した人々でした。1930年代の不況の間、毎日の食事にも事欠くような経験をしたという夫妻は、アメリカ人は物を大切にせず、浪費してばかりいると、当時の豊かなアメリカを批判していました。ガルブレイスの「豊かな社会」Affluent Society,1958がベストセラーとして一世を風靡していたことも思い起こします。  

『いまひとたびの春』
 「大恐慌」の時代を描いた作品は数多いのですが、度々思い出すことがある『いまひとたびの春』は、岩波現代叢書というシリーズにも入っており、何度も読みました。出版事情も最悪の時期の刊行物であったために、活字が薄れ、ページが黄ばんでしまって読みにくくなってしまい、買いなおしたいと思っていました。しかし、残念ながら絶版で古書店でもなかなか見つからないのです。数年前にやっと一冊入手しました。

 この本に出てくる恐慌で破綻した銀行頭取が自殺しようとする場面など、バブル崩壊後の日本の状況と重なるような気もします。

豪華・絢爛たる登場人物   
 「クレイドル・ウィル・ロック」The Cradle Will Rockは、登場人物がとにかくすごい。1930年代のアメリカ史の壮大な絵巻物という感がします。ロックフェラー財閥の御曹司ネルソン・ロックフェラー、『市民ケーン』のモデルともなり、後には孫娘誘拐事件でも 知られる新聞王ウイリアム・ランドルフ・ハースト、ムッソリーニの宣伝活動家で元愛人のマルゲリータ・サルファッティ、映画監督オーソン・ウエルズ、ミュージカル作家・作曲家のマーク・ブリッツスタインなど、豪華絢爛たる人物が登場します。

 これら一騎当千の強者たちを見事に指揮するのが、監督ティム・ロビンスです。「ボブ・ロバーツ」、「デッドマン・ウォーキング」などの監督をつとめ、現代アメリカ映画界で最も多才で知性あふれる監督といわれており、今回は自ら脚本も書いています。俳優としても、抜群の演技力を発揮してきた彼は、監督として観客を瞬く間に時代の現場へと引き込んでゆきます。 

 ホームレス、娼婦、失業者といった社会の底辺に集まる人々から、大不況などどこ吹く風といった大富豪、上流階級の人々にいたるまでのさまざまな人々を登場させ、見事にそれぞれの世界を再現しています。この時代は、大不況期ではあったが、芸術活動という点では.多くの才能が花開く時代でもありました。原題の「クレイドル」(ゆりかご)はそうした、現代の演劇、映画、絵画などが、この時代に育ちつつあった状況を意味していると思われます。  

ニューディール
 1930年 代の大不況の下、失業者が急増し、労働者のストライキが続発する状況で、当時の政府はF.D.ルーズヴェルト大統領の下、ニューディール政策の一環として、「フェデラル・シアター・プロジェクト」FTPを発令し、失業中の数万人もの演劇人を本業に戻そうとする夢のような計画を企画しました。『クレイドル・ウィル・ロック』を上演する企画は、プロジェクト891と呼ばれました。ストーリーは、この現実的とも理想主義的とも言い切れないプロジェクトをめぐって思いもかけない方向へと展開します。 

マッカシー委員会
 大不況のありさまを寸描した最初のプロットが過ぎると思っていたら、映画は息をもつかせぬ速度で走り出しました。この頃、弱冠22歳のオーソン・ウエルズは、このプロジェクトで採用されたマーク・ブリッツスタインのミュージカル問題作『クレイドル・ウイル・ロック』の演出を担当していました。しかし、この作品は反米的な内容であるとの理由で、政府は突然、初演の前日に上映禁止にしてしまうのです。その背景には1938年5月に、議会の非米活動調査委員会が発足したことが関わっています。悪名高いマッカシー上院議員の赤狩り旋風の舞台となったものです。

 WPA(雇用促進局、後に公共事業促進局となる)の演劇部門の長ハリー・フラナガンは、この非米活動調査委員会に召喚され、懸命に実現のための努力を続けます。 

 他方、この劇作のために、女優を目指す貧しい少女オリーヴ・スタントン(主演女優エミリー・ワトソン)、アル中の腹話術師、多くの芸術家たちが、自分の力を表現する場と生活のために必死の努力を続けていました。実際、この時代は、失業保険もなく、最低賃金も福祉も保証されない時代でした。組合の集会が警官の暴力で解散させられる場面も出てきます。リハーサルの間に頻発する「ユニオン・ストップ」という俳優組合の休憩時間の要求は、アメリカの労働組合が労働者の味方として、社会運動の前衛であったこの時期を目の前に彷彿とさせてくれます。 

生き生きとしていた時代
 1930年代は、労働者は労働者らしく、資本家は資本家らしい活力に充ちたアメリカン・ルネッサンスとも言われる時代だったといえましょう。 架空の人物ですが、カーネギーなどを彷彿とさせる鉄鋼産業のキングともいうべきグレイ・マザーズ、その妻でありながら芸術愛好家として、階級を越えてFTPを援助するラグランジェ伯爵夫人、新聞というメディアを駆使して言論界を支配しようとしていたウイリア ム・ランドルフ・ハーストなども、要所に登場する。

 
とりわけ、ラグランジェ伯爵を演ずるヴァネッサ・レッドグレイヴが好演していました。『ハワーズ・エンド』、『キャメロット』、『ダロウエイ夫人』など、幾多の映画で名女優の令名をほしいままにしてきた彼女はここでも存在感十分の大女優でした。映画で一見したとき、どこかで見た女優と思ったが、すぐに『ダロウエイ夫人』を演じたヴァネッサ・レッドグレイヴと分かりました。その存在感はすばらしい。 

 そして、主演女優として歌手を夢見る若き劇場の掃除女オリーヴ・スタントンを演じたのは、女優としてのデビューでも、オーディションで初演の映画『奇跡の海』の主演女優に抜擢されたというエミリー・ワトソンでした。この映画さながらの幸運なキャリアを歩んだわけです。『クレードル・ウイル・ロック』では、劇場の掃除女から大抜擢される。幼さと笑窪の残る一見すると頼りなさげな容貌をしているが、才能豊かな女優であることを思わせる名演技を見せていました(『アンジェラの灰』にも出ていました)。

 そして、ミュージカル『クレイドル・ウイル・ロック』の作者でもあり、作曲家でもあったマーク・ブリッツスタイン として舞台回しの役を果たしているのが、ハンク・アザリアです。ブリッツスタインは、レナード・バーンスタインの友人でもあったといわれますが、目立ちすぎず、しかし、要所要所でストーリーを引き締める助演俳優としての役割をしっかりと演じていました。

芸術と政治の一騎打ち   
 『クレイドル・ウィル・ロック』の究極のテーマは、芸術と政治の葛藤を描くことにあったと思われます。ネルソン・ロックフェラーが、メキシコの画家ディエゴ・リヴェラにロックフェラー・センターの壁画を依頼するが、自分の気に入らないテーマであると知ると、壁画を打ち壊してしまいます。ロックフェラーにとっては、芸術家なんて金次第でどうにもなる存在なのです。ミュージカル『クレイドル・ウイル・ロック』も、政治家の目から見ると、自分たちの体制批判のとんでもない作品なのでしょう。かくして、突然に上演禁止とされた『クレイド ル・ウイル・ロック』は、行き場を失いますが。思いもかけない形で大団円が訪れます。

 その結末が、予想もしなかった感動的なものとなるこの映画は、それを見る人の背景や思い入れによって評価が異なるでしょう。私には、久しぶりに生命が躍動するような思いがしました。監督ティム・ロビンズの制作に注いだ熱気が伝わってきました。 

 ただ才気と熱気が先走り、多くのことを詰め込みすぎたという感じは否めません。制作者たちの熱意がそうさせたのでしょう。1930年代という時代を今に生き返らせようという思いが、画面から溢れていました。 

 時代背景を良く 知らない日本のとりわけ若い世代の観客には、その点が読みきれなかったかもしれません。紹介した私の学生諸君の反応もいまひとつで、私のひとり騒ぎのようでした。この映画は、さまざまな角度から見ることができます。特に、アメリカ経済、労使関係の歴史的側面に関心を持つ者にとっては必見の作品といえるでしょう。アメリカ資本主義の興隆期における資本家や労働者たちがいかなる動機で活動をしていたかが、見事に描き出されています。大きく揺れ動きながらも、今に続くアメリカ社会のダイナミズムの根源がどこにあるのかを、圧倒されるような迫力で提示しています。今日のアメリカにはほとんど感じられなくなったエネルギーです。

 大恐慌の最中、多くの人々は悲惨な状況から這い上がろうと、それぞれ努力をしていました。決して、住みやすい時代ではありませんでした。しかし、この映画を見ていると、なにかわれわれが失ってしまったものが、そこには生き生きと息づいているような感じがしました。
(2000年12月5日記)

* 旧ホームページから一部加筆の上、再掲載。

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