時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

トルコEU加盟の先に見えるもの:「イスタンブール」を読む

2005年10月06日 | 書棚の片隅から

Orhan Pamuk. Istanbul: Memories of a City, Translated by Maureen Preely, London: Faber and Faber, 2005.

  トルコのEU加盟への道は、かろうじてつながったかにみえる。しかし、最短で進んでも実現は9年先という。グローバル化がすさまじい勢いで進行する世界では、気の遠くなるような時間である。「トルコの喜び」Turkish Delightという菓子があるが、トルコの未来に喜びは待っているのだろうか。

東と西が抱く不安
  トルコのEU加盟が実現すれば、東と西の文明が同一の地域共同体に初めて含まれることになる。しかし、EUの現加盟国とトルコの間に横たわる政治・経済、そして文化の溝はきわめて深い。経済格差は大きく、加盟国側はトルコからの賃金の安い労働者の流入増加を懸念し、そしておそらくイスラーム文化の影響が高まることを最も恐れている。

  背景にはあの2001年9月11日の同時多発テロを契機に、急速に深まったイスラーム圏への警戒と不安感がある。西欧諸国ばかりではない。多くの日本人にとっても、トルコそしてイスラームの国々は最も遠い存在かもしれない。

メランコリックに描かれた都市
  トルコはヨーロッパからみると、地理的にもその中心ではなく、いわば辺境に位置する。イスタンブールはヨーロッパからも、極東の日本から見ても遠く、東洋と西洋の接点としてエキゾティックなイメージをかきたててきた。この旅愁を誘う都市は、そこに住む人々にとっていかなる存在なのか。 オルハン・パムクの「イスタンブール」は、この点に鋭く、しかもメランコリックに答えてくれる。

  このブログで紹介した作家の前作「白い城」はイスタンブールを舞台としながらも、この都市について、ほとんど具体的なイメージをなにも与えてくれなかった。それが描かれていたら、小説はもっと魅惑的なものとなったのではないかと思ったほどだ。しかし、不思議な読後感が残る作品であった。この謎に包まれた作家を知るためには、もう一冊読まねばならないと思っていた
  
  その望みは思いがけない形でかなえられた。作家はそれをこのメモワールのために残しておいたのだ。この「イスタンブール:ある都市の記憶」は、ペーパーバックでも348ページ、索引まで付された作品である。 (日本では知られていないが、西欧文壇ではよく知られた作家であり、たまたま訪れたオックスフォードの書店「ウオーターストーン」の店頭に平積みになっていた。)

  現代トルコの作家で最もフレッシュでオリジナルな発想に富むといわれるオルハン・パムクは、母国トルコでは居所がない存在である。西欧文壇での人気が高まるにつれて、反体制的な内容を含む作品についてはトルコ国内での出版を禁止されるという状況に置かれている。(これまでの彼の著作6冊はすべて翻訳され、ヨーロッパ、アメリカなどで出版されている。)

作家を生んだ家庭
  新著「イスタンブール」は、作家の生まれ育ったこの都市について、万感の思いが込められている。 1952年イスタンブールで生まれたパムクは、自ら放縦で軌道を外れたという建築専攻の学生だった。母親とイスタンブール市内ののアパートに住んでいた。父は女と別のところに住み、兄セヴケットはアメリカへ留学中だった。この兄は、作家オルハンのいわばクローンともいうべき存在であった。もめ事の多い、非宗教的な家庭だった。母親はいわゆる良家の生まれで画家だった。息子には画家の道を勧めていた。しかし、オルハンは生まれ育ったブルジョアへの罪悪感と反発を感じていた。「画家になどなりたくない。......作家になる」。本書の最後に記されたこの言葉は、母親への訣別の言葉であり、読者へのメッセージである。

  パムクの家庭は、フロイド、サルトル、フォークナーを自由に読める場所であった。酒を飲み、女学生と遊ぶ若い絵描きが、作家の若い時代であった。ヨーロッパの影響を受けた家庭の常として、すべてを西欧的に見るように教育されてしまった。

癒しの場ではない故郷・母国
  作家が「イスタンブール」で描いたものは、イスラーム教徒であるが世俗化したトルコ人の行き暮れたノスタルジャともいえる。そこには西欧人が休暇で訪れる、市場のざわめきや活気のあるイスタンブールは、ほとんど現れない。 作家の故郷イスタンブールは、いやしの場ではない。メランコリックな多くのの問題を抱えた、作者にとってはうとましい、時に悪意さえ感じられる場となっている。

時計は止まっている
  この作品には、多数の写真が含まれている。しかし、そのすべてはモノクロであり、現実の世界以上に著者の幻想の世界である。現実以上に雪もしばしば降る、物音のしない世界である。そして、そこには世俗化したトルコ人、旅行者などなどが見る以上に多くのものがある。 「イスタンブール」は、パムークが若かった時代で止まっている。

  しかし、世俗の世界は複雑な趣を呈している。 パムクが生まれ愛した街は西欧化が進み、フレンチ・クオーターのようなものとなった。ガードマンがいて、洒落たブティックが立ち並ぶ町になっている。 表面だけを見る限り、「近代化」が進み、町並みは西欧社会のように変貌している。だが、イスタンブールが世俗化しているとはいえ、多くのトルコ人にとって「模倣」は容認できない響きを持っている。「イスタンブール」には、作家の家庭に置かれた弾かれることのないピアノ、ただ見るだけの西洋陶磁器などが登場する。

自らの廃墟に
  時の軸上でも、オスマン帝国の繁栄、文明としての誇り、精神的優位さ、そして第一次大戦で敗れた後、ムスタファ・ケマル・アタチュルクの革命によって滅亡した後の世俗化したトルコの現実が対比される。現在のトルコ共和国は、アタチュルク革命を引き継いだ世俗国家であり、西に顔を向け、同質化が進む国民国家である。トルコは「民主主義」国家を標榜しているが、それはアタチュルクによっていわば上から与えられたものであり、西欧民主主義の概念とは、本質的に異なっている。こうした状況は、パムークからみると、自分自身の廃墟の中に沈んで行く狭量な小さな場所に見える。

  過去はめくるめく帝国の首都であった。しかし、あの輝いていた帝国はもはやない。今や過去の栄光をしのぶ記念の場所としての宮殿、大理石の噴水、水際の大邸宅などが残っている。しかし、それも容赦ない開発業者によって食い荒らされていく。パムクはこの世俗化されたトルコ、トルコ人の喪失感を描いている。イスラームから距離を置きながら、日々精神的空白にさいなまれている。なんとなく、戦後の日本と重ねて見てしまいそうである。

東と西は
   「白い城」では、イタリア人の主人公と彼が仕えることになったトルコ人の下級宮廷人は、最初は離れた存在であったが、次第に接近し、最後にはお互いに分身のように、どちらがどちらか分からないような存在となってゆく。これは、「白い城」を読んだ時に不思議に思ったテーマであった。しかし、「イスタンブール」を読み進めるにつれて、作者の隠された意図に思い当たった。

  それは、現実の世界における若いオルハンとセヴケットという兄弟の争いのようでもある。二人は抗争の挙句に和解している。「白い城」では、とらわれの身となったイタリア人の主人公とスルタンに仕える宮廷人であるトルコ人は、東と西を象徴するかのごとく、最初はよそよそしく遠く離れ、そして次第に近づきながら最後には場所を取り替えるように、お互いの区別がつかなくなってしまう。作家はトルコのEU加盟の先に、なにを見ているのだろうか。 

  明治維新以来、ひたすら西欧に追いつくことを目指してきた日本の行き着いた所、そしてそこに確実に広がっている荒涼たる精神的空白の現実。パムクの描いたイスタンブールのイメージは、日本にそのまま重なってくるように思えるのは読み過ぎであろうか。

 

Reference 

「東と西は分かり合えるか:オルハン・パムク『白い城』を読む」

*『イスタンブール』の邦訳は、2007年7月刊行された。訳者は『わたしの名は紅』、『雪』と同様に、最も信頼できる和久井路子氏の手になるもので、日本の読者はパムクの主要な作品に接することができるようになったことを喜びたい(2007年8月10日)。

追記(2005年10月15日)
この記事を書いた後、本年度ノーベル文学賞の候補者の一人に、オルハン・パムクが含まれていたらしいことを新聞記事で知った。作家の政治的立場から、背景でさまざまなことがあったことは推定できる。

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