時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

よみがえるラ・トゥール

2012年04月19日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

輝きを増す作品

  ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、今日に残る作品がきわめて少ない。17世紀、この画家が生まれ育ち、主たる制作活動の地としてきたロレーヌが、戦乱、悪疫、飢饉などによって、荒廃のきわみを経験したことによる。当時は人気画家だっただけに、実際の制作数はかなり多かったのではないかと推定されている。 

 幸いにも今日まで残った40点余の作品は風雪に耐え、「再発見」されて、今日燦然と光彩を放っている。ひとつの問題は必ずしもこの画家に限ったことではないが、作品をめぐる真贋論争が絶えないことだ。その背景にはいくつかの理由がある。この画家はしばしば同じ主題をさまざまな構図で試みたこと、いくつかの人気テーマについては多くのコピー(模作)がラ・トゥールの工房を含め、複数の画家により制作されたこと、工房で息子エティエンヌが制作過程の一部あるいはすべてに関わった作品が存在する可能性が残るなど、発見された作品と画家の帰属(同定)が難しい。

 作品に年記、署名が必ずしも加えられなかった時代である。今回のミラノ展カタログでは、画家の署名・書体の探索にかなり力が入ったエッセイが含まれ、興味深い。別に真作でも、コピーでも素晴らしい作品は率直に素晴らしいと思うのだが、美術史家・鑑定家、画商などの世界では、コピーになると、作品の美的評価まで大きく下落するようだ。

 幸い画家が活動していた時代などの記録があっても、所在が不明であった作品が、今でも世界のどこかで発見されることがある。このたびのミラノ展でのカタログを読んでいると、これまで帰属不明あるいは数年前に発見された作品が真作と認定されていることに気づいた。認定といっても、専門研究者がさまざまな観点や時に思惑も含め真作と鑑定するため、すべての研究者、専門家が同意しているとはかぎらない。

 その中でほぼ確実と思われる作品を紹介しておこう。いずれも、ラ・トゥール研究の第一人者であるDimitri Salmonの論文に記されている。

 第一は、マドリッドのセルバンテス研究所で、長い間誰の作品か特定されることなく放置されてきた作品である。この作品については、2006年発見当時の事情をブログに記している。当時のブログの読者の方も知らせてくださった。この『手紙を読む聖ヒエロニムス』は、セルバンテス研究所の所内に誰の作品ということも確認されることなく、掲げられていたらしい。この研究所の内部を知る知人の話では、制作者未確定の作品はまだあるらしい。ラ・トゥールの作品と同定された後、今はプラド美術館が所蔵することになった。ラ・トゥールが好んで描いた主題であり、ルーヴル所蔵の同定されていない作品を含め、類似の作品がいくつか存在する。このたび真作とされているプラド所蔵の作品は、保存状態も良好のようで、聖ヒエロニムスの赤色の上着が美しい。プラドまで飛ぶのは一寸厳しいが、いずれどこか近くの企画展などで、対面できればうれしいことだ。

 

Georges de La Tour, San Gerolamo, olio su tela, 79 x 65 cm.
Madrid, Museo National del Prado
(T-5006), deposio del Ministerio de Trabajo y Asuntos Sociales


主題が類似の作品


Da Georges de La Tour, San Gerolamo, olio su tela,122 x 93cm.
Parigi, Musee du Louvre




Bottega di Georges de La Tour?,  
San Gerolamo che legge,, olio su tela,
95 x 72cm, Girmato in basso a sinistra.
Nancy, Musee Lorrain



 第二は、「アルビ・シリーズ」として知られてきたキリストと12人の使徒を描いた作品の中で、「聖大ヤコブ」を描いた作品(現在ニューヨークの個人所蔵)が、漸く真作と認定されたようだ。これも、作品の状態は良好のようだ。



Georges de La Tour, San Giacomo Maggiore, olio su tela,
65 x 52 cm, New York, collezione private

 

  この作品が真作と認められると、「アルビ・シリーズ」の13枚の現在の状態は、世界レベルで見ると、真作5点、模作(イメージあり)6点、逸失(イメージ不明)2点ということになる。真作と模作の双方が存在するものもある。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『キリストと12使徒』シリーズの
状況。着色部分は真作、それ以外は模作。
この他、キリストを描いた作品(模作)、聖パウロ(模作)、いずれも
アルビ、市立トゥールーズ・ロートレック美術館所蔵以外は逸失。

聖アンデレ(真作)、聖ペテロ(模作)、聖トマス(真作)
聖ユダ(タダイ)、聖ピリポ(真作)、聖マティア(模作)
聖シモン(模作)、聖大ヤコブ(真作)、聖パウロ(模作)

Tavola della rovosta "L'Amour de l'art", n.9, 1946.
Georges de La Tour A Milano (2011-12).


 ちなみに、今回のミラノ展カタログでは、真贋論争が激しかったあのイギリスのレスター美術館が所蔵する『歌う少年』 The Choirboy も、真作とされている。大変美しい作品であるだけに、世俗の雑音を超えて楽しみたい。

 



 
Dimitri Salmon. L’”invenzione” di Georges de La Tour.
o le tappe principali della sua resurerezione

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