時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールにみる作品の真贋(1)

2007年12月04日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

The Choirboy (A Young Singer) Oil on canvass, 66.7 x 50.2cm New Walk Museum and Art Gallery, Leicester Arts and Museum Service  

  この作品については、ブログのコメントで少し話題としたことがあった。一部ではジョルジュ・ド・ラ・トゥールの真作とする者もあったが、今日では、ラ・トゥールの作品のコピーあるいは工房の作品とみるのが大勢となっている。しかし、完全に決着しているわけではない。かなり議論を呼んだ作品だ。

  作品自体は大変落ち着いた色調で、美しく仕上がっている。ラ・トゥールの多くの作品に見られる宗教性や深い含意はあまり感じられない。中流階級の居間などに飾るには適当で穏やかな主題と言えよう。こういう絵が家に一枚あったら、目も心も休まるなあと思うのではないだろうか。

  一見して、もしかするとラ・トゥールの手になるものではないかと思わせるのは、やはり光の使い方である。手のひらによって隠された蝋燭の光源と少年の顔を映し出している光の明るさである。少年はその光で楽譜を見ながら、目を細めて聖歌を歌っている。 かなり修復の手が入っているらしいが、衣服のひだや襟の模様の美しさなど、並大抵の画家ではないことが伝わってくる。 

  作品の来歴も謎が多い。この作品が専門家の目の前に現れたのは、1980年代と比較的近年であった。個人の所蔵するものだったが、所有者は名前を秘匿することを強く希望していた。そして、これまでその点は守られているらしい。わすかに聞こえてくるのは、ブラウン家といわれる家族が1890年代、ハンプトン・コートで王室絵画の管理者であったという伝聞である。いかなる経緯で作品が家族の所有になったかも分からないが、元をたどれば王室の所有になるものであったという言い伝えがあったということである。他方、この作品について王室の記録はなにも見出されていない。 イギリス王室の美術品管理も決して万全でないことは、これまでに思いがけない作品が突然倉庫から出てきたりしており、記録が欠落してることも十分ありうる。 

  この絵の所有者は通常、美術作品が経由する手続きを経て、レスター美術館へ持ち込まれた。そして、修復と鑑定が行われた後、作品保有者が直接に美術館へ売却する場合の租税特例が適用されて、美術館へ所有権が移転した。  

  ラ・トゥールの専門家であるルーブル美術館のピエール・ローゼンベールが推薦したのだが、同美術館の評価委員会の一人(匿名)がラ・トゥールの作品とは考えられないと述べたことが同美術館のジャーナルに記載され、美術館の認定申請が却下されてしまった。  

  その後、この作品の画家の確定については不名誉なことが続いた。ある著名な権威者がこの作品の真作は、さるドイツの城にあったと発表した。こうして、思わぬけちがついてしまったこの作品は、専門家の間でその正統性が公認されずに今日にいたっている。

  ラ・トゥールの作品を多数見てきた者には、真作か非真作(コピー)、贋作かを別にして、ラ・トゥールと多くの点でつながっていることを思わせる作品であることは間違いない。

  ちなみに、この作品を含む5点のラ・トゥール関連の作品を展示した企画展がイギリスのコンプトン・ヴァーニー*で本年6月30日から9月9日まで開催された。規模は小さいが、イギリスで始めての統一された構想でのラ・トゥール展と評価された**

  この作品に限ったことではないが、美術品の真贋鑑定は虚虚実実であり、作品の美しさからは想像もつかない複雑怪奇な世界であることが伝わってくる。

 

Compton Verney, Warwickshire CV35 9HZ

** Christopher Wright. Georges de La Tour: Master of Candlelight. Compton Verney. 2007.
この特別展の企画者であるクリストファー・ライトも、ラ・トゥールをめぐる真贋論争の主要人物である。

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