時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

やはり観てしまった: 「レンブラントの夜警」

2008年02月05日 | レンブラントの部屋

レンブラントは何を見ていたか  


  
レンブラントの「夜警」を主題とした映画が上映されると聞いた時は、さほど観たいとは思わなかった。しかし、その後本ブログへのアクセスが急に増加したことなどもあって、少し考えが変わった(感謝、でもこちらが観ていないので当惑)。映画館に電話してみると、空席があるという。用事にかこつけて出かけることにした。  

  映画全体としての仕上がりは大変良くできていると思った。グリーナウエイ監督がロンドンからアムステルダムに住居を移し、レンブラントが通ったカフェにも行き、関連書籍を300冊以上渉猟したというだけあって、最新の研究成果も反映されていた。色彩も美しく、時代考証にもかなりのこだわりが感じられた。とりわけ、ディテールが凝っていて見ごたえがある。ただ、それを十分楽しむにはやや詰め込みすぎ、テンポが速すぎる感じがした。ひとつの場面をもう少し良く見てみたい部分がかなりあった。監督の言う「夜警」に籠められた51の謎がなんであるかは別として、レンブラントがいかなる意図をもって、人物を配置し、なにを暗示しようとしたかが知りたい。

  「夜警」をめぐって、この映画のような推理が生まれる契機になったのは、1967年にKLM ロイヤル・ダッチ航空がオランダへの観光客誘致のために、「レンブラントの目を疑うような人気低落のきっかけとなり、画家をついには破産に追い込むまでになった問題作の「夜警」を見に、アムステルダムへ来ませんか」という刺激的な宣伝をしたのが、始まりといわれている。このキャッチフレーズは予想以上のインパクトがあり、人口に膾炙することになったらしい。しかし、こうした作品解釈は、その後専門家の間では大方否定されてきた。確かに、レンブラントは「夜警」の報酬として1600ギルダーという大金を受け取っており、4年後にはオレンジ公が2つの作品に2400ギルダーも支払っているなどの事実もある。数は少なくなったとはいえ、国内外からの発注も続いていた。

  それでも、一度植えつけられた画家と作品をめぐる「神話」は、その後も根強く生き残ってきた。そして、今日でも「夜警」の作品解釈をめぐる議論は依然として続いている。定説が確立したわけではない。こうした謎を含んだ状況が、今回の映画化への背景になったと考えられる。

  確かに「夜警」には、単なるグループ肖像画の域を超えた、さまざまな解釈を許すドラマ性の要因が含まれている。アムステルダムで初めて作品を見た時、画面からなにか落ち着かない、怪しい雰囲気が伝わってきた。ありきたりの肖像画でないことは、すぐに分かった。   

  かくして、映画はかなり凝った作りになっている。ところが、それだけに観る側にとっては、問題含みでもあったようだ。終わって、出口に向かう階段を上っていると、「難しくて良く分からなかった」と感想を話す声が聞こえてきた。せっかく観にきたのに眠ってしまった人もいたようだ。  

  その理由は分からないでもない。「夜警」に描かれた人物の多く、そして犬まで満遍なく登場させているので、かなり忙しい。たとえば、最初の依頼者とされる元隊長のピールス・ハッセルブルフが「事故死」という形で抹殺されてしまうあたりまでの経緯も、理解しにくいかもしれない。17世紀オランダを取り囲むイギリス、フランスなどの歴史知識が必要とされているからだ。もちろん、簡単な説明はあるのだが、新興国オランダの豊かな資金を狙うイギリス王室、フランス皇太后などの関係に、追いついてゆくのはこの時代の予備知識がないと分かりにくい。 

  「夜警」が描かれた頃には、この民兵組織の市警隊は、アムステルダムの警備や市民のための自衛組織といった役割はなくなっており、式典などでのパレードなどの役しか果たしていなかった。なぜ、依頼者たちがこの作品にこだわったかも興味ある点だ。  

  ストーリー展開には、このようないくつかの問題も感じられたが、楽しめる作品ではあった。ただ、これがレンブラントの実像あるいは画家が抱いた作品イメージという先入観を与えてしまう危険性には注意しておかねばと思う。グリーナウエイ監督がつけたタイトルは、「夜警」The Night Watch ではなく、「「夜警」を注意深く観察する」Nightwatching なのだから。



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 思いがけないラ・トゥール | トップ | 硝煙の匂い感じますか »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

レンブラントの部屋」カテゴリの最新記事