パンデミックの世界に生きる
これまで春先の花粉シーズンの風物詩のようになっていた日本社会のマスク姿だが、今年(2020年)は年初から大きく一変した。3月の東京都心などでは歩行者の7〜8割がマスクをかけているのではないかと思われる。これまでは花粉シーズンでもマスク姿は2−3割ではなかっただろうか。いまやマスクをかけていない人の方が注目を集めてしまう異様な社会となってしまった。
新型コロナウイルスの感染者が発見されてから、3ヶ月に満たない期間に、世界は瞬く間に不安と恐怖の渦に巻き込まれてしまった。その範囲は単に健康面に限らず、マスクからトイレットペーパーにいたる日用品などの買い占め、商品払底、インバウンド客の激減、学校や企業の活動制限、さらに国家レヴェルでの外国からの人の受け入れ制限、株価急落など、止めどもなく広がっている。3月13日、新型コロナウイルス改正特措法が成立し、緊急事態宣言を出すことも可能になった。
世界も一時のように日本の対応を生温いなどと批判、傍観しているどころではなくなり、多くの国が足元に火がついたように、混迷状態に陥っている。日本の現状はなんとか「持ちこたえている」と判断されているが、オリンピック開催国としてこの国は最も難しい決断を迫られていると言えるだろう。日本が感染者を押さえ込んだとしても、選手を送り込んでくる国々で感染を終息できなければリスクが大きく、開催は難しい。
かくするうちに、新型コロナウイルスの脅威は世界を席巻し、中国、韓国、日本などからイタリア、フランス、ドイツなどヨーロッパへ、そしてアメリカへと拡大した。今後は冬を迎える南半球がウイルスの嵐に襲われる。
中国の思わぬ挫折で米中対決に一息ついたかに見えたトランプ大統領だが、足元に火がつき、3月11日、イギリスを除く欧州26カ国からの渡航停止を発表し、大西洋を挟むアメリカとヨーロッパの人流は制限解除までは激減する。3月13日には非常事態宣言が発せられた。
3月9日にはニューヨーク株が2000ドルを越える急落を記録し、下げ幅は史上最大となった。原油、金融関連商品も大幅に下落した。1930年代の大恐慌*を彷彿とさせる。3月12日には2352ドルと取引停止になる程大きく急落し、ほとんど右往左往の状態となった。
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*1929年10月24日、後にBlack Thursday(暗黒の木曜日)と呼ばれるようになるこの日、ウォール街のニューヨーク証券取引所で株価の大暴落が起こっている。
1933年3月4日 ローズヴェルト大統領は、就任演説で国民を勇気づける名言を残した。:「我々が唯一恐れなければならないものは、恐れる気持ちそのものです」”The only thing we have to fear is fear itself.”
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ピンチをチャンスに変える
現在必要なことは事態の深刻さを冷静に捉え、あるべき政策秩序を実行、維持することではないか。緊急の対応処理という目前のレヴェルから進んで、この降って沸いた災難をチャンスと捉え、これまでできなかった中長期の構造的な改革に向けて方向を切り替えることに活路を見出すべきだろう。
ひとつの手がかりは、1930年代の大恐慌のさなか、1933年に大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトのもと、「ニューディール政策」を実施した歴史的出来事を振り返ることにある。それまでのアメリカは、政府の市場への介入を限定的にした自由主義的な経済政策をとっていたが、ここからは政府が積極的に市場に介入する方針へ転換した。その際掲げられた目標は、Relief(救済) Reconstruction(回復) Reform(改革)という3本の柱を軸とする政策体系だった。ニューディールは、この3つのRの頭文字から成り立っていた。 ブログ筆者が若い頃アメリカで師事した教師には、「ニューディーラー」といわれる社会主義的とも言える革新的な考えを持った人たちが多かった。今日、民主党の大統領候補、バーニー・サンダースの演説を聞くと、彼らの面影が重なってくる。
今回の危機的状況でこれに倣うならば、例えばひとつの案として次のような整理ができるかもしれない:
1) Rescue & Relief (緊急救済)・・・・・感染者の発見から重傷者の治療まで目前の事態への的確な対処。PCR検査(今月中に8000件まで可能に)、X線、CTなど検査・診断方法の充実と果断な実行。自宅を含め隔離措置など。窮迫世帯への生活費助成など。「新型コロナ対策特措法」はその手がかりになるだろう。
2) Reconstruction&Remedies(治療、再建復興)・・・・・ワクチン開発、治療薬・措置の確立。医療・ヘルス・システムを根本的に改善、改革。医療崩壊に至る危険を極力回避する。日本版CDC( 米疾病対策センター)の検討、確立など、医療・衛生システムを根本的に見直す。消費税大幅軽減を含め、経済体力を充実するための諸手段の実施。最低賃金引き上げを含む格差縮小、繁栄から取り残された人々の救済など。
3) Reform(改革)・・・・・社会保障制度、医療制度など新たな視点からの抜本的見直し。金融・財政面での秩序を取り戻す。
強調されるべきは、混迷している問題群を整理し、緊急度に応じて分類、平常時には実現し難いような抜本的制度改革などに着手することだ。こうした非常事態の時には、平時には導入し難いような様々な実験的な施策も実験できる。(ユニヴァーサル)ベイシック・インカム*などは格好の検討候補となりえよう。
Reference
“The right medicine for the world economy” The Economist 7th-13th 2020
*Annie Lowrey, Give People Money, Crown 2018 (アニー・ローリー (上原祐美子訳) 『みんなにお金を配ったら』みすず書房、2019年)
☆ベイシック。インカム(ユニヴァーサル・ベイシックインカム:UBI)以外にも、多くの革新的政策が考えられるが、平時には新たな政策導入へのためらい、利害関係者の反対などがあり、実験的にも導入が極めて困難なことが多い。しかし、今回のような危機的状況にあっては医療上も従来使用していなかった新薬の投与など通常は障壁が高い対応も実験的実施がなしうることが多い。