新型コロナウイルスの猛威はグローバルな次元へ広がり、瞬く間に感染者が増大した。トランプ大統領のように自分は戦時下の大統領だと胸を張ったり、フランスやドイツのように、現時は戦争状態あるいは第二次大戦以来の危機と主張する首脳も増えた。終息の見通しは未だついていない。ブログ筆者は比較的早い時期に指摘してきたが、今では世界がパンデミック(世界的流行病)状況にあることを否定する者は少ない。
世界に緊張が走る中で、とりわけ目立つのは、国境を越えて移動する人々の激減である。日本についてみると、訪日外国人数は対前年同月比でマイナス58.3%の激減となってしまった。しかし、少し冷静に見れば日本はあまりに手放しでインバウンドに期待をかけすぎてきた。外国人労働者にはかなり厳しい制限を実施しながら、購買意欲の高い観光客なら多ければ多いほどいいという風潮が生まれていた。
ヒトの移動と共に生まれるエピデミック、パンデミック
本ブログは、当初から歴史の軸上を行き交う時空の旅を試みてきたが、人類の歴史で疫病や天災が人類に与えた衝撃の例は数多い。そして、エピデミック(病気の一時的蔓延)やパンデミックは経済成長に伴い、不可避的な随伴物として出現したといえる。言い換えると、経済発展がヨーロッパなどの旧大陸から、新大陸アメリカあるいはアジアなどへ拡大するに伴って、病原菌やウイルスも人の往来の増加に伴い、見えない手を広げてきた。
人類の歴史は、古代の帝国から今日の統合された世界へと拡大を遂げてきた。相互に関連する貿易のネットワークと繁栄した都市は、社会を豊かだが壊れやすい脆弱なものにしてきた。人口増加、都市集中、環境 破壊などによって、感染症流行のリスクは格段に増加してきた。
新型コロナウイルス蔓延の結果は、過去の病原菌蔓延のそれとは大きく異なる点がある。公共衛生を含む科学的知識が普及する以前は、過去の病原菌は多くの人々の生命を奪い、しばしば窮迫した状況をつくりだしてきた。原因となった病原菌についての同時代人の知識も極めて乏しく、なす術がなかった。しかし、今回の事態ではかなりの程度、人間は自己防御の術を身につけるまでにいたっている。しかし、対する見えない敵は一段と手強さを増している。
感染=死であった17世紀
このブログ開設以来の中心的関心事である17世紀ヨーロッパにおいては、黒死病やペストなどの疫病に感染すれば、ほとんど例外なく死亡につながった。それだけに人々の恐怖心も強く、なんとか救いを求めて、宗教に頼り、祈り、絶望し、妖術や魔術などに救いを求めようとの動きも高まった。
ブログ筆者が長年、追いかけてきた17世紀ロレーヌの画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの一家の晩年にも、感染症の嵐が襲ったことが記録から推定される。
〜〜〜〜〜
ラ・トゥール夫妻の最後
1652年1月15日 ラ・トゥールの妻ディアヌ・ル・ネール夫人、熱と心臓動悸の症状で死亡。
同年1月30日 画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール胸膜炎で死亡。
病状は急激に悪化したようだ。法律的知識も深く、家族などへの配慮も怠らなかったラ・トゥールだが遺言状も書き残す時間すらなかったとみられる。1月22日にはモントバンの名で知られていた同家の使用人も同様な症状で死んでいる記録があり、当時流行していた感染症が一家を襲った結果と推定される。
〜〜〜〜〜
ペストの蔓延時には多くの死者が出たために、結果として農民の農耕能力よりも大きな土地が残った。黒死病はヨーロッパの人口を1/3~2/3にまで減少させるような大きな影響を残した。突然の働き手の希少化は領主との交渉力を引き上げた。結果として封建制の解体を早めた面がある。マルサスの理論が生まれる基盤があった。
新型コロナウイルスのパンデミックがもたらす人的損失は恐ろしいが、医学の進歩もあり、感染者の全てが死亡するわけではない。
〜〜〜〜〜〜
N,B.
世界史上最初のパンデミックといえる1918年のインフルエンザ(スペイン風邪)は 4000万以上の死者を出したと推定される。
2007年のHIV感染者は3320万、新規感染者250万、 エイズによる死者210万、 マラリアは、全世界で年間に3億~5億人の患者、150万 人~270万人の死者(90%はアフリカ熱帯地方) を出した。
さらに、新興感染症(SARS:感染者数8096人、死者数774人、MERS: 感染者数 約2500人、死者数 約860人、新型インフル エンザウイルス感染症: 感染者多数 死者数1万8千人以上など)、再興感染症(結核、性的感染症、薬剤耐性 の進化 etc.)などによって、感染症撲滅に関する1980 年代までの楽観論は消滅した。 (資料:『朝日新聞』2020年3月21日 WHOその他)
〜〜〜〜〜〜〜
パンデミックが残す傷痕
パンデミックはその嵐が通り過ぎた後に必ず傷痕を社会に残す。このたびの嵐の行方は未だ見えていないが、歴然とした影響を社会の様々な分野に残すだろう。すでにかなりはっきりしているのは、国境を越えて移動する人々の流れは減少することである。例えば、クルーズ・シップでの観光の旅に出ようとする人々の数は、明らかに減少する。一般のツーリストもすぐには復元しないだろう。観光業は苦難の時が続く。
オーバーシュート(爆発的増加)に苦慮する国々
公衆衛生、医療の充実への人々の欲求は明らかに強まるだろう。隣国からの言われなき批判も受けながらも、現在までのところ日本はなんとか持ちこたえている。
ヨーロッパでは、国別の差異が顕著だ。イタリアの事態はある程度予期されていた。ブログ筆者が北部の「第3イタリア」に注目し、調査を続けていた頃から、ミラノ、プラトーなどでの中国人低賃金労働者、小規模経営者の隠れた増加が話題となっていた。隠れた不法就労者も多く、地元の伝統的企業との間に軋轢も生まれていた。これら中国人低賃金労働者に基づくイタリアン・ブランド復活の影が、今回の同地の惨状にも影響していると思われる。経済的停滞が医療サービスの劣化も生んでいた。湖北省の感染鎮圧の行方が見えてきた中国政府が、イタリアに多額の医療支援の手を伸ばすのは、単なる人道的支援を目指す熱意にとどまらない相当の理由があってのことである。さらに「一帯一路」構想のヨーロッパの終点は、イタリアが予期されていた。
ヨーロッパの他国に目を移すと、ドイツは感染者数は多い。しかし、感染しても死亡率は格段に低い(死亡率約0.2%)。この背景には、国民皆保険があり、外来による治療は無料、ホームドクターへの専門的教育、かかりつけ医と専門病院、総合病院、大学病院との役割分担の明確化が進んでいることが大きな要因と考えられる。日本も制度的には類似しているが、ドイツほど相互の関係がはっきりと順守されていない。どちらが良いと一概に決められない問題がある。
アメリカが苦戦している背景には、国民皆保険が存在しないことが影響している。民主党大統領候補バーニー・サンダースがこの点の充実を旗印にしながらも苦戦しているのは様々な理由があるが、「社会主義思想」に関するアメリカ固有の思想環境が影響している。
新型コロナウイルスとの戦いは未だ終わっていない。激戦の時はこれからかもしれない。その帰趨をしっかりと見定めることは、次世代に残す我々の責任であると言えよう。
Reference
’The ravages of time’ The Economist March 14th-20th