裸のヤコブ

・・・ ・・・・

【あ】 今日の朝

2006年11月29日 | ある日の戯言

今朝の風景(車窓より)


朝。
いつものコーヒー。
窓の外は真暗。
街灯に照らされる小雪…。
また雪だ。

通勤のために家を出るころには
太陽が低いところから射している。
フロントガラスの氷は
ちょっとの暖機運転で簡単にとける程度だ。

いってきます。

大げさだが、標高が高いせいだろうか。
家の周りの道路はツルツル。
大きな道路に出るまでの間
何度、恵比寿さん(ABS)のお世話になっただろうか。
濡れているように見えて、実は凍っている道路ほど
厄介なものはない。
正直、おっかない。

大きな道路に出ると、びっくりするくらいの霧。
まるで雲の中を走っているようだ。
近くにくるまで信号すら見えない。
本当は出ているはずの太陽も
まるで満月のように白い丸だ。



本格的な冬がやってくる。



越冬対策も順調だ。
除雪用のスコップ(プラスチック製)も
ママさんダンプも買った。
初めて買う我が家のママさんダンプは黄色。
ちょびっとおしゃれしてみた。
ムダな抵抗。
そして、娘用の小さいスコップだ。
こんなところにもラスタカラー。
娘はお店でこれをひと時も手放さなかった。
店の中で除雪の真似をして遊んでいた。
彼女にとって、雪かきは雪遊びと同じらしい。
うらやましい。
と書きつつ、自分にとってはトレーニング。
マシンを使わない天然トレーニングだ。
大自然がジム。
いい響き。
でも実際は駐車場で雪かき。
たいへんだ。

おおがかりじゃない
充電式の除雪マシンを見つけた。
でも買わなかった。
この冬必要なのはこれじゃない。
体力と気力と時間。
これだけ。


少しだけ覚悟を決めた
今日の朝。



ONE LOVE

【R】 イスラエル・バイブレイション

2006年11月28日 | REGGAE

 動く彼らを見たのは、Reggae on the riverというDVDの2曲が初めてでした。いや、カルチャーのライブDVDの「その他のDVDの紹介」だったかもしれないです。まぁとにかくじっくり見たことがなかったわけです。しかし!今回のDVD、本編は堂々の43分+特典映像(ビデオクリップ)16分という見ごたえ十分の、絶対”買い”の物件となっています。



 レゲエ好きの方にはあまり説明はいらないと思いますが、念のためにおさらいをしておきましょう。


イスラエル・バイブレイション
 スケリー、アップル、ウィスの3人で結成したコーラスグループ。この3人がジャマイカで大流行したポリオにかかり、同じ病院に入院して出会ったというのは有名な話ですが、現在も(96年にアップルが脱退したため現在は2名だが)彼らのステージは松葉杖をついた状態で歌ったり踊ったり(!)しています。特にダンスにはびっくりです。
 ラスタに目覚めた彼らは、ドレッド・ロックスを理由に強制的に施設を追い出され、その後は路上生活を強いられたそうです。 そんな状態でしたが、彼らの所属するラスタの組織"イスラエル12部族"がお金を出して76年にデビュー・シングル「Why Worry」が製作され、これが大ヒット。続く78年にはインナー・サークルのメンバーと組んでデビュー・アルバム『The Same Song』をレコーディングします。このアルバムはルーツ・レゲエの最高傑作として多くの支持を集めることとなりました。次作の「Unconquered People」はあのボブ・マーリーも積極的に協力し(リズム隊はバレット兄弟、録音はタフ・ゴング)、UKのレコード会社を通してリリースされました。
 アメリカでの就労ビザの問題を乗り越え88年にラス・レコーズと契約。それを機に、本格的な世界進出が始まります。ラス・レコーズのお抱えバンド「ルーツ・ラディックス」がバックをつとめることになったのもその大きな要因と思われます。そしてその後は順調にリリースを重ねていくのでありました・・・

 
The Same Song                 Unconquered People
                                  個人的にこっちが好きです


(と、こういう解説みたいな文章をブログで書くのはあまり好きではありません。自分が知っていたものではなく、結局どこからか仕入れた情報を偉そうに紹介するのは気が退けるのです。でも、彼らについてあまり情報を流しているメディアが少ないと感じたために、書いてしまいました。どこからかもらった情報ですが、ご勘弁ください。)



 そして93年、ある意味※聖地である「イスラエル」でのライブの様子をおさめたのが今回発売されたDVDなのです。すごくいいです。自分が持っているレゲエがらみのLive映像の中でも屈指の作品。年をめしてからのバーニング・スピアのアメリカでのLiveを超えました。イスラエル・バイブレーションの90年代の音源はというと、新しいということもあって整理されまくりで、音もきれいなものが多く、なんだか物足りない感じがしていましたが、このDVDのサウンドは「The Same Song」や「Unconquered People」のころの、あの力の抜けきったような、なのに強い、あの雰囲気が画像となって音となって目と耳に飛び込んでくるのです。それに加え、ルーツ・ラディックスの一員としてビンギ-・バニーの姿を見ることができるのも感動です。

このDVDの中で、彼らがよく口にする言葉「グッド・バイブス」。イスラエルという国が彼らにその言葉を言わせているのでしょうが、それを見ているこちらこそ「グッド・バイブス」をたくさんいただけることでしょう。

このDVD、大好きです。



ONE LOVE



※聖地
 ラスタマンは自分達を「古代イスラエル人の末裔」だと信じています。だから古代イスラエル人と神との契約のしるしである「旧約聖書」の教えを大切にしている、とのことでした。


【R】 ラスタファリアンズ ミスティック・オブ・ボブマーリー

2006年11月27日 | REGGAE


 やはり日本でレゲエ人気が高いのか、またしてもレゲエDVDが発売されました。残念ながら、なんとなく夏が終わってレゲエ熱が冷めているようなこの国の音楽業界ですが、発売されるだけ御の字といったところです。発売を知ってから3週間ほど待ちましたが、勤労感謝の日に2作品ともGETしました。「ラスタファリアンズ ミスティック・オブ・ボブマーリー」と「イズラエル・バイブレーション」です。今回はおそらく一般的に「どっち買う?」となった時に「こっちかなぁ」となるであろうラスタファリアンズ ミスティック・オブ・ボブマーリー」について書こうと思います。 

 まずはじめに、ボブ・マーリーのDVDだと思って購入しないほうがいいです。むしろ、「たまたまボブ・マーリーの映像が入っていた」くらいの気持ちで臨んだ方が、一般的入門者の方には「失敗した感」が少ないと思います。逆に、深くルーツをご存知の方は買って損はしないでしょう。なんといったって「ラスタとは?」という大きくて深いテーマのもとに作られたDVDですから、人類学的な観点も混入していたり、今まであまりインタビューに応えてこなかったアーティストの映像があったりと、「コア」な映像が満載だからです。

 ラスタについて語っている人々はというと…

ファミリーマン(ウエイラーズのベーシスト)◆ジュニア・マービン(ウエイラーズのギターリスト。ウエイティンベインのソロで有名)◆アーノルド・ブラッケンリッジ(ウエイラーズのトランペッタ-)◆ラス・メル(現ウエイラーズのギターリスト)◆ゲイリー・パイン(現ウエイラーズのボーカリスト)◆ドラミー・ゼブ(現ウエイラーズのドラマー)◆ベンジャミン・ゼファナイア(バーミンガム生まれの詩人。レゲエにのせてリーディングをする。)◆ボブ・マーリーリー”スクラッチ”ペリー

の面々ですので、これだけ見ても「コアだなぁ」とわかっていただけると思います。ちょっと気になるのはリー”スクラッチ”ペリー
。この人って「ラスタなんか大嫌いだ!」などと言って大酒飲みに大変身したとの噂を聞いたことがあったので、「なぜにラスタについて語っているのだ?」と思ったわけです。あいかわらずCDがいっぱいついたような帽子は健在で、だけど目がちょびっとまともな目になっていました。

 ボブ・マーリーについては、今まで色々な映像で見ることができるラスタについて語っている部分を寄せ集めた感じで、わざわざこのDVDを購入する動機としては小さい気がします。それだったらインタビューCDなどを購入し、自分で一生懸命意味を調べた方がいいのではないでしょうか。

 彼らの言葉以外にもボボ・シャンティ(ケイプルトン、アンソニー・B、シズラなどが所属するラスタの宗派)、イスラエル12部族(イスラエル・バイブレーション、改宗するまでのボブ・マーリーが所属)などのラスタのグループについても触れています。時間的には42分間と短いものですが、中身はびっしり詰まっていて、ルーツ好きにはたまらない作品となっていると思います。ぜひご購入をご検討くださいませ。






 最後に、DVDの解説にも書いてあった言葉で、なんだか気に入ったのでここに書き記しておこうと思います。ラスタマンがよく口にする言葉だそうです。




What about the half that's never told.
語られていないことがまだある。



まさに、大切な言葉が足りない自分にぴったりです。



ONE LOVE


【あ】 買い物DAY

2006年11月24日 | ある日の戯言
勤労感謝の日の昨日、毎日働いている自分にご褒美とばかりに色々と買い物をしてしまいました。

その① 「ぼくはくま」のCD。


 22日(水)に発売ということは知っていたのですが、昨日購入。売り場に行くと平積みされている3種類のCDがあって、よく見ると「ぼくはくま」のCDだけのもの600円、CD+みんなのうたのDVDがついているもの1200円、CD+宇多田ヒカル作の絵本がついているもの1100円だった。迷わずDVD付のものをGET。実は仕事の合間をぬって録画した「みんなのうた」をDVDにしてあげよう、それで娘の人気取りをしようと画策していたのですが、結局金と時間を引き換えに娘の笑顔をGETしたのでした。
 何度聴いてもいい曲。何度見ても良いアニメーションです。



その②「江戸作法に学ぶ快適暮らしの知恵」という本。



 これはTVだったか雑誌だったかで紹介されていた本で、でもまだ全部きちんと読んだわけではないので偉そうにコメントできないのですが…。まぁ日本古来の風習を現代に活かしたらどうですか的な内容の本です。
 ちょっと話がずれてしまいますが、車に乗っている時にどこからか救急車の音が聞こえてくることがありますね。自分達の後ろのほうかららしいとわかった時、みんな何とかして道路の左側に車を動かし、救急車が通れるように道をあけますよね。これって、すばらしい習慣だと思うのです。それは、チケットを買う時にきちんと列を作ることよりも。こんなところに「日本の良さ」を感じていたのですが、今朝、赤信号を渡ろうとした救急車がいて、青方向を走っている車がなかなか止まってくれなかったのです。「あらららららら」と。朝の通勤時間で忙しいのはわかりますが、だんだん「自分優先社会」になってきてしまったのかと思っちゃいました。そんな世の中に「江戸作法」を、てな具合です。




その③
 ●ラスタファリアンズ ミスティック・オブ・ボブマーリー DVD
 ●イズラエル・バイブレーション DVD
 11月2日にこのブログでも紹介していたDVDを発売日前日にGETしました。詳しくはまた次の機会に書いていこうと思いますが、どちらも40分ちょっとの大作と呼ぶには短いDVDです。が…。


煙草を買わなくなった代わりにこういうところでお金を使っています。でも、煙に消えていく「毒」よりもはるかに有意義な買い物だと思っています。


ONE LOVE



追記:虫歯発見。通院決定。いつから行こうか…。

15:52に・・・
追記:今知りました。灰谷健次郎さんが昨日の早朝、食道ガンで亡くなられたそうです。最近のいじめについてなど、色々と意見を発信してもらえれば、言葉は悪いですが何か動きが生まれたかもしれないのになぁと思っています(好きなモノカキではないのですけどね)。心からお悔やみ申し上げます。

【S】 small axe (5) ~古い車が好き~

2006年11月22日 | small axe


 なんとなく、本当になんとなく車屋さんに行ってみた。車屋さんといっても中古車専門店。なにしろ自分は「廃れていくもの愛好家」なのである。そこで私はいままで何も気にしていなかった事実(勉強不足ということなのだが)を知らされてしまったのだ。

店員さん「古い車はちょっとだけ税金が高くなりますけどね。ディーゼルの場合はそれよりも2年損するんですよ。」

私「何ですって?」

と言うことで調べてみた。(北海道についてです。それぞれの地域についてはお調べください)



●環境負荷の大きい自動車に対する重課(税率表N表)

適用対象:賦課期日(4月1日)現在、新車新規登録後
       ディーゼル車     … 11年を超えるもの
       ガソリン車・LPG車 … 13年を超えるもの

税   率:対象自動車の税率を約10%重課


●環境負荷の小さな自動車に対する減税

平成17年4月1日~平成18年3月31日に新車新規登録をした車が対象。軽減するのは平成18年度分だけ

適応対象:電気自動車、メタノール自動車、天然ガス自動車
                次のマークがついている車
       
税   率:税率の50%軽課

適応対象:次のマークがついている車
       
       
税   率:税率の25%軽課


 ”自動車税のグリーン化”などと銘打っているこの制度、一見「政府も環境に配慮しているのだね…」などと思ってしまいそうな重課・軽課措置だが、ここで考えて欲しい。本当にそれだけなのだろうか。

 環境にだけ着目しているなら、電気自動車に代表される一般的にクリーンだと言われる自動車の軽課がなぜ1年だけなのだろうか。どうも「国民に中古車じゃない新しい車を購入させ、しっかりとした数字であらわれる金の周りをよくしたい(経済が上向きですよ、と言いたい)のではないか」と勘ぐってしまうのだ。車の排気ガスによる環境破壊は理解できる。が、車の生産に使われるエネルギーの消費=環境破壊を無視したような、企業側には有利で消費者である国民にだけ我慢や浪費を強いるような、そんな考えがあるのではないか。古い車を大切に乗っている人(簡単に使い捨てをしない人)、あるいは洋服のリサイクルのように中古車を購入する人の税金が高くなっていることが理解できない。しかも11年(13年)たったらそれは車を乗り換えるまで永遠に続いていくのだ。せめて軽課のように1年でよいのではないか。

 古いものを大切にすることで環境破壊につながっている罪と、新しいものを作りつづけることでの環境破壊。どうも今のこの国では「古いものを大切にすること」は分が悪いらしい。新しいエンジン、クリーンな車、それらを作り出すことは悪いことじゃない。しかし、それだけに力を注ぐのではなく、どうやったら古い車を今の環境の制度に適応させながら長く乗りつづけることができるのか、触媒や燃料の開発をすることもしっかりやってもらいたいのである。

 ものを大切にする意識を、国民にだけもとめるのは良くない。つじつまの合わない理論を振りかざして我々を苦しめないで欲しい。


それが
廃れていくもの愛好家の叫びなのでした。


ONE LOVE

【あ】 女の子だもんね

2006年11月21日 | ある日の戯言

子どもってすごい!



画像はここからお借りしました。

 何週間か前のこと。嫁の友人が妊娠し、娘と二人で会った時にはおなかはかなりの大きさになっていたそうだ。その友人には娘と同い年の男の子がいて、まぁ仮にその子の名前を「ゆうじ」君としておこう。

嫁「ゆうじ君に弟か妹ができるんだよ。」
娘「うん。女の子だもんね。」
嫁「わかったの?」
娘「うん。あや(仮名です)とおんなじ女の子だよ。」

よく聞く話だが、自分の子どもがそういう発言をするとは・・・。そして昨日、嫁にメールが入った時。

♪ピロピロピロ(メールの着信音)♪
(携帯を取り出し、確認しようとする嫁)
娘「ねぇ、誰が生まれたの?(嫁がメールを見る前だ!)」

 そう、先ほど書いた「子どもが生まれました。あやちゃん(何度も書くが仮名だ)が言ってたとおり、女の子だったよ。」というメールだ。うちの娘は現在3歳。自分もこの年齢のころはこんな能力が備わっていたのだろうか。きっと備わっていたんだと思う。それがこのマイナスのエネルギーに満ち溢れた世の中で上手に生活していくうちに薄れていってしまったんだろう。知り合いの娘さんはパパの職場のトイレで誰もいない空間を指差して「ねぇパパ、あのおじさん誰?」と聞いてきたそうだ。(その友人は職場のトイレに入るのが恐ろしくなったそうだが・・・) 別の友人の子どもは人の名前としてはふさわしくないような変な名前を出して「昨日はずっと遊んでもらっていたよ」などと言うらしい。(うちの娘も含め、全員が女の子だ。これも関係あるのだろうか・・・)

 やっぱり目が違うもんな。澄んでいる。ああいう目じゃなければ見えない世界が存在しているような気がしてならない。ティーバ(ジャマイカ在住のジャマイカ人でラスタマン。私の太鼓の師匠。)も同じように澄んだ目をしていたことを思い出す。彼には私には見えない何かが見えていたのかもしれないな・・・。

ONE LOVE


【あ】 みんなのうた

2006年11月20日 | ある日の戯言

 寒い。冬だ。雪は融けてなくなったが、あの冬のにおいがそこら中に立ち込めている。こんなとき、心と身体を温めてくれるものといえば、「鍋」とあの「うた」だ。あの「うただ」とでも言った方が良いだろうか・・・。



(ここから先はNHKから画像を借りに借りまくって、いや、ぱくりにぱくりまくっているため問題間違い無しだ。しかし、まぁ宣伝をすることでチョンチョンにして欲しいと思うのは、筆者のわがままだろうか。ぜひ、ノープロブレムでお願いしたいのだが、ダメな場合はご連絡いただきたい。)



 「ふ~。さむ~、ただいま~。」と家に帰ると、こんな歌が聞こえてくる。ぼくはくま~くま~くま~くま~♪」。最近話題のみんなのうた「ぼくはくま(宇多田ヒカル/作詞/作曲/うた)」だ。ちょっと前に「こういう曲がある」と妻に聞いてはいたのだが、ここまで心温まる”うた”だとは露知らず、頭の片隅にすら入っていなかった。それがこの間、ビデオに録画した映像と一緒に聴いてみたら、あらびっくり。なんて気持ちが良くなる”うた”なのでしょう。宇多田ヒカルと言えば、なんとなくスペイシーな、いろいろな音を重ねに重ねているイメージしかなかった自分を少しだけ反省しながら何度もビデオを巻戻しては再生し、その都度「じんわ~」と心を温めながら、さらに娘と一緒になって「♪ぼくはくま~」とやってしまう自分がいたのである。









 若いころの自分なら「ふ~ん」で終わっていたかもしれないし、子供がいなければそんな番組すら見ることはなかったかもしれない。そう考えると、人の心をここまで温かくさせるこんな”うた”に出会えたことは、年をとったことにも娘を持ったことにも感謝だなぁと思うのです。それから宇多田ヒカルの歌にも色眼鏡(色イヤフォン)越しに聴いていたんだなぁと反省。

ぼくはくま
詞/曲/歌/宇多田ヒカル

ぼくはくま くま くま くま
車じゃないよ くま くま くま
歩けないけど踊れるよ
しゃべれないけど歌えるよ
ぼくはくま くま くま くま

ぼくはくま くま くま くま
けんかはやだよ くま くま くま
ライバルは海老フライだよ
ゼンセはきっとチョコレート
ぼくはくま くま くま くま

Bonjour! m’ appelle kuma.
Comment ca va?

ぼくはくま くま くま くま
冬は眠いよ くま くま くま
夜は「おやすみ、まくらさん」
朝は「おはよう、まくらさん」
ぼくはくま くま くま くま

夜は「おやすみ、まくらさん」
朝は「おはよう、まくらさん」
ぼくはくま 九九 くま
ママ くま くま


 これからの季節、温まりたくなったら宇多田ヒカルのこのうた、「ぼくはくま」をお薦めしたい。♪レゲエじゃないけど素敵だよ♪って替え歌で歌っちゃうほど。11月22日(水)発売。ぜひ。

宇多田ひかるPRESENTS 「ぼくはくま」Special Site


ONE LOVE



追記1:アニメーションを担当されている合田 経郎さんは、あの「どーもくん」を作った方だそうです。それと知っている人は知っている「こまねこ」。今日になってわかってしまった・・・先週末札幌に来ていたなんて・・・。ショック。まぁ、縁がなかったんだな。

追記2:歌詞の中のBonjour! m’ appelle kuma.Comment ca va?」を調べてみると・・・フランス語で「こんにちは。くまを呼んだよ。さあ、どうやって行こうか。(Iyahkie訳:フランス語経験なし)」ってな感じだと思うのですが、どんなもんでしょう。


【あ】 北国です

2006年11月17日 | ある日の戯言

ここからお借りしました

 昨日の夜のことだ。「そろそろ帰ろうかなぁ」と思っているところに携帯が鳴った。嫁からのメールだ。「雪すごいけど、大丈夫?帰ってこれる?」と書かれていたので仕事場から窓の外を見ると、風に乗って白いものがたくさん斜めに下に落ちてきている。見ているだけでも下の道路もどんどん白くなっていく。

やばい。

 何回か前に書いたが、私の車はまだ夏タイヤ。「まぁ幹線道路は融けてぬれているだけだろう。気温もマイナスじゃないし。俺様の四駆ならまだまだ大丈夫のはずだ。」などと思っていたが、即行で帰ることにした。職場の駐車場から道路に出るところがちょびっとだけ上り坂になっており、そこでも少しズリズリと登りづらかったりしたため、嫌な予感がしていたのだが。


偶然撮影していた昨日の朝。太陽が低い。

        ↓

帰ってきたらこうなっていました


 幹線道路は予想通り雨が降ったような状態+ちょびっとシャーベットが道路脇にあるくらい。「やっぱり余裕~」と思っていたのもつかの間。家の近くまで来ると状態が変わってきた。丘の上のほうにあることに加え車通りが少ないせいだろう。これは冬の装いだ。(写真参照) L4にするなどの工夫をしながら、何とか事故もなく帰宅することができた。来年からはもう少し早い時期のタイヤ交換が必要なようだ。引越し前は交通の便がよく、車を置き去りにしても通勤等は何とかなったが、こっちに来てしまってからは地下鉄もバスも厳しい状態ということを忘れていた。

 そして翌朝。今朝の風景。まぁこの時期はこんなもんで、雪が降っても大きな道路はこの状態。まだ安心して運転ができる。しかし、ちょっとでも気温が下がると帰って来れなくなってしまうこともある。で、結局冬タイヤを車に積んで通勤し、時間を見計らってスタンドへ持っていき交換してもらったのであった。これでいつ本格的に雪がきても“本州での雪状態”にならずにすみそうだ。


《南国の方のためのメモ》
左前の歩道の上にある箱の中には
雪や氷で滑ってしまって困った時のための
滑り止めの砂が入っているんですよ。
こんなのがいたるところにあるんです。



 しっかし、こんな自然環境の中でレゲエを志すってのも、よく考えるとユニークなものになりそうだよなぁ…。



ONE LOVE

【S】 small axe (4) ~教育基本法について①~

2006年11月16日 | small axe

 松坂の60億円もBIG NEWSだが、自分の気持ちから考えてこっち。何年か前から問題になり、昨夜のニュース番組の話題にもなっていた「教育基本法改正」の焦点とも言われる『愛国心』について何回かに分けて書いてみようと思う(連続ではないかもしれないが)。



 その前に、教育基本法とは何者なのだろう。色々な文献やHPを見ても難しい言葉が並んでいて、奥深くまで理解しようとする気持ちもなえてしまうものが多い。そこで”Iyahkie訳”の教育基本法(現行型)を書いてみた。興味のない人はここで窓を閉じてしまうのかもしれないが、ちょびっとだけでも読んで欲しい。これを読む人はこの法律の下に学校生活を送ってきたのだから。


教育基本法(Iyahkie訳) 
1947年3月31日からこうすることになります

 ぼくらは憲法で、「ぼくら自身が権力を持とう」「文化的な国にしよう」「世界の平和と人類の福祉に役立っていこう」という決意を示したよね。この決意を実現させるためには教育がとっても大切なんだ。
 ぼくらは個人の尊さを大切にし、真理と平和を求めながら、個性豊かな文化の創造を目指す教育を実行していかなければならないんだ。
 だからここで憲法にあわせて、教育の目的をはっきりさせ、新しい“教育の基本”をしっかりと決めるために、この法律を決めたんだ。


第1条(教育の目的)
・教育は人格の完成を目指すものだよ。
・「平和な世の中の一員として、正しいことを愛し、個人の価値を大切にし、よく働いて自主的に考え動いていく健康な人」を育てなければならないのさ。


第2条(教育のこれから進むべき方向)
 教育の目的を達成するために…
・学ぶことの自由を大切にするよ。
・実生活にあったものを勉強させたいね。
・命令ではなく、自分から進んで何かを行う気持ちを養っていこう。
・他人との協力によって文化の創造と発展をさせていこうね。


第3条(教育をうける機会は平等に)
・誰でも平等に教育を受けるべきなのさ。
・経済的な理由で教育がうけられないならば、いろいろな方法を説明しなければダメさ。とにかく平等に勉強できる機会を作ろうよ。


第4条(義務教育)
・保護者はその子供に9年間の義務教育をうけさせなければならないからね。
・公立の学校は義務教育について授業料を取っちゃだめだよ。



第5条(男女共学)
・男女は認め合って協力し合わなければならないのだから、男女共学はOKなんだ。


第6条(学校教育)
・学校を設置できる人たちは決まっているよ。勝手に作れないんだ。
・教員は奉仕者なのだから、自分の仕事を自覚してしっかり働きなさい。そのために教員の身分は大切にするし、正しく待遇もするよ。


第7条(社会教育)
・家庭教育や社会で行われる教育は国関係で奨めるよ。
・国や地方公共団体は図書館や博物館、公民館などのを作ったり、学校施設の利用などを通して教育の目的が実現されるようにしなければならないからね。


第8条(政治教育)
・まともな国民として必要な政治的教養は、教育でも大切にしなくてはならないからね。
・学校は政治的活動(政党の支持・反対)をしてはいけないよ。


第9条(宗教教育)
・教育上、宗教を「OKとする気持ち」や「社会生活での地位」を大切にしなきゃだめだよ。
・公立の学校では特定の宗教のための宗教教育や宗教活動をしてはいけないことになっているからね。


第10条(国などの権限に応じて教育政策を実施するには)
・全国民に対して直接責任を持って行うんだよ。
・教育の目的をやりとおすために必要な色々な条件の整備を目的じゃなきゃダメだよ。


第11条(主要な規則以外の、種々のこまごまとした規則)
今までに書かれたことを実現するのに必要なら、それにあった正しい法を決めればいいからね。


これらにあわせて
この法律はお知らせした日から有効なんですよ。



さて、いかがだろうか。自分で訳していてもなんだかわけがわからない文章もあり、Wikipediaで調べてみても見つからない言葉なんかもあったりする。(例えば「期する」だ。どういう意味なのかわからんぞ!)そんな状態だがなんとなく読みとってみると、教育の重要な理念としては「個人の尊厳」と「文化」と「平和」を大切にする人間を育てようぜ!ってことなんだな、と。

 で、今問題になっている「いじめ」「履修問題」だが、この現行型教育基本法をもう一度しっかりやることでも、十分クリアされる問題だと思うのだがいかがなものだろうか。個人の尊厳を大切にすることでいじめはなくなっていくだろうし、誰でも平等に教育をうけることをしっかりやれば、履修漏れなんてなくなるだろう。それなのになぜ改正しなくてはいけないのか。そこに「愛国心」という賛否両論がうずまくのを防ぐことなどできない、なんだかわからないキーワードが出現したのだろう。

 とまぁ難しい話を書いてきたが、ここで2300字を超えてしまったので、愛国心に関わることについてはまたの機会に書かせていただこうと思う。長々と堅い話にお付き合いいただき、ありがとうございました。


ONE LOVE


【R】 声

2006年11月15日 | REGGAE


正式な名称はわかりませんが
カルカヤマコト、BOBMARLEYを歌う1と2です。

 今まで聴いたこともなかったシンガーの
CDやレコードを買うのはどんな時だろう。好きなトラックを使っている。アリだ。音楽雑誌やお店で大プッシュ。まぁ、その後お気に入りになるかどうかは別として購入する動機としてはアリだ。ジャケ買い。失敗も多いが当たった時は良い感じ。アリだ。でもやっぱり最近は試聴してから「おお!」と思って買うことが多い。じゃあ、試聴した時に何を持って「おお!」と思うのか。自分の場合それは往々にして「声」。楽曲としての完成度(メロ、トラック、リズムなど)も関係しているのだろうが、やっぱり「声」そのものに惹かれることが多い。大御所のレゲエ・シンガーは皆、個性的な声を持っている。じゃあ日本人の音楽で考えてみよう。例えば日本のレゲエ。自分はあまり日本人のレゲエを好んで聴くことがない。(なぜかと聞かれても「ナスを食べることができないのはどうして?」のように「…なんとなく、好みではない」としか答えようがないのだが、まぁ、そんな感じであまり聞かないのだ。)しかし、こんな自分でもCDを購入するほど気に入ったレゲエな日本人もいたりする。DRY&HEAVY、RYO the SKYWALKER、カルカヤマコトらだ。DRY&HEAVYはワンパンチを聴いて「日本人でこんなにぶっといバンドがいたのか!」と思いバンドマンとしてリズムからはまったのだが、残りの2名はやはり「声」から、シンガーとしての耳で聞き始めた口だ。(RYO the SKYWALKERはそれに加え言葉の選び方や乗せ方に衝撃を受けたと書き加えておこう。まぁ私が書くまでもないことだが…)

 で、カルカヤマコトだ。「ボブ・マーリーのカバーアルバム」ってことでCDを試聴したのが始まりだった。CD屋さんでヘッドフォンを耳に当てて驚いた。「へ~」である。海の向こうに似たような声を持つシンガーもいるが、レゲエでこんな声も面白いな、と。いや、ちょっと違うかな。「そうそう、これもありだよな」といった方が良いかもしれない。詳しくは書かないがそのころ(今でもだが)自分の歌声に悩みを抱えており、そんなときに出会った少しだけ自分のヒントになった歌声なのだ。



 
しかし、オリジナルは聴いたことがない。



 
声に引かれているのは事実。でも結局はそんな声の向こうからそこはかとなく、時には強烈なにおいを撒き散らしながら訴えかけてくるものが“お気に入りに昇格”させるのだろう。「声」で購入しても、お気に入りへの道のりはなかなか遠いものだ。その昔、ホレスの歌声を生で聴いた時のことを思い出しながらカルカヤマコトのオリジナルを想像してみたりする。


どんなことを歌っているのだろう。
日本語の歌いまわしはどんなんだろう。
気になっている。
でも、買わないんだろうな…。



その前に、「自分がやれよ」って“声”が偉大なる諸先輩の音源から聞こえてくるからだ。



オイル・ヒーターも買ったし、やるぞぉ。






ONE LOVE


【あ】 冬将軍第1段 初雪登場

2006年11月13日 | ある日の戯言

写真はイメージです。っちゅうか借り物です。

 「なんだか寒いなぁ」と思っていた昨日の朝。天気予報では1週間も前から雪マークがついていたので覚悟はしていたが…。ついに札幌にも冬将軍到来だ。午前中から降り続いていた雨。と、突然「パラパラ」というはんかくさい(北海道弁です。「バカみたい」「頭おかしい」に近い意味があるかなぁ…)ダンスみたいな音が聞こえてきて、窓の外を見てみると白い粒が落ちてきていた。アラレだ。そんなアラレもすぐさまもっと柔らかな雪に変わっていった。そう、去年より3日遅い初雪。札幌も雪の季節がやってきたのだ。







 これから半年近く、ある種憂鬱な季節。何が憂鬱って車の運転だ。いくらスタットレスタイヤが進化しているからといって、雪国に何十年も暮らしている人でさえ歩いていても思いっきり転ぶようなつるつるの道路で、車が止まれるわけがない。夏場の何百倍も気を使いながら運転をしなければならないのだから、これを憂鬱といわずなんと呼ぶのだ。
 

 しかしそんな凍えそうな心を暖めるアイテムを購入したため、なんだか幸せ感が胸に広がっている。というか、音楽活動をしている自分の部屋が寒すぎて歌ったりギターを弾いたりすることができないでいたため暖房器具を買っただけなのだが。購入したのはデロンギで有名な「オイルヒーター」と呼ばれるもの。デロンギはめちゃくちゃ高かったので、よくわからないメーカーのものを買ったのだが、かなりの満足度だ。これで十分。気になるのは電気代くらいなもので、それ以外は本当に満足のいく暖かさ。すっかり寒くなってきた悲しさを忘れる夜なのであった。

参考までに。これはデロンギ。

 翌朝、ようするに今朝だ。起きてびっくり、道路が真っ白になっていた。う~ん…タイヤ交換を済ませていないのに…。まぁ、ここで慌てたりしないのが北海道人。道産子だ。「帰宅が夜中にならない限りまだ大丈夫だろう」という希望的観測の元、そのまま夏タイヤで通勤したのであった。過去何度か、こういう選択をして通勤したのに大雪に見舞われ車を職場に置き去りにするということがあったというのに…。懲りない男だ。



ONE LOVE

【あ】 もう1ヶ月

2006年11月10日 | ある日の戯言


 ひょんなことから思い立った離煙。気がついてみると今日でもう1ヶ月たってしまった。今日は中間報告。

 まずこの1ヶ月を振り返ってみて、ニコチン中毒患者の禁断症状をまとめてみた。しかし、人によって出る症状もあれば出ないものもあるらしく、これはあくまでも”私が経験した苦しい1ヶ月”という注釈つきのものだ。まぁうだうだいってもしょうがない。こんな感じだった。

◆動悸:常に心臓がバクバクしている。函館の方面の言葉で言うと「ばふらめいている」。

◆頭痛:肩こりがひどくなった時のような、刺すような痛みではなくドーンドーンという感じのもの。

◆舌の痛み:舌にできものができたかのような、違和感と共に色々なものがしみるような感じ。

◆顔(口からあごにかけて)のしびれ

◆猛烈な眠気:煙草には覚醒作用があるらしい。

◆腰痛:ぎっくり腰になりそうな(なったことはないが)、腰に心臓があるかのようなズキッ!ズキッ!という強い痛み。

◆思考の中の自分と外側の自分が別人:初めてのインドから帰ってきたときの自分が二人いるような、自分の後ろにもう一人いるようなそんな感覚。

◆バッドトリップ中のような不安感、落ち着きのなさ、人と話をしたくない状態:っと遠くから突然やってくる。まさにあの感覚。しかも「うわ~」と思って寝てしまっても、それが続いていたりする。


 これらが毎日手を変え品を変え、時にはダブルやトリプルでやってくる。しかも休み中よりも平日の、しかも職場に着いてから現われることが多かった。どこかが痛いとかなら我慢もできるが、一番最後のバッドな状態になると手がつけられず、ただ自分がおかしくなっていくのがわかっているので精神病ではないと自覚できたが、とにかく「一人にしてくれ!」「話しかけないで!」「ここにはいられない!」的な状態にまでなっていた。噂によるとこの状態から鬱に入ってしまう人もいるらしい。

 やっぱり煙草ってすごくないですか?

 それから、昨日本屋さんでたまたま見かけた雑誌に「煙草が人を殺す」って言う記事が載っていたのだが、吸っている人達の話じゃなく、煙草農家の話だったった。アルゼンチン(だったかな?)の煙草農家では強烈な農薬を使っているらしく、そのせいで健康を害したり、先天的におかしい赤ちゃんが生まれてきたり、鬱病で自殺したり、そんな人たちがたいへん多いそうだ。貧しさから抜け出せない彼らは煙草畑を手放すと生きることができなくなり、どんな手を使っても生産量を上げなければならないらしい。そのため国で禁止されている農薬を使う農家も少なくないとのこと。

 嗜好品という一見美しい名前でくくられているが、ひと時の贅沢のために貧しい人が犠牲になっていることを知り考えさせられてしまった。もしかしたら大好きなコーヒーにもそんな影があるのだろうか。


 ちょっとマイナスの話が多かったので、プラスの話を。煙草から離れたことでよかったことを書いて終わろうと思う。

○外出時の持ち物がシンプルになった。(多くても財布と携帯。家族と出かけるときはそれすらも持たないことがある)

○車の中が汚れない。灰もそうだけど窓ガラスとか。

○食べ物がおいしい。いつもより味が濃く感じる。そのものの味を味わえそう。でもしょっぱすぎると感じることもある。

△コーヒーの味はあいかわらずだった。あれはにおいで楽しんでいるのだろうか。

○外出中喫煙所を探すこともなく、行動の制限が減った。

○お金がかからない。煙草代だけじゃなく、コンビニに入らないためによけいなもの(雑誌とか、娘用の食玩とか)を買わなくなった。



さて、1ヶ月たってもまだ苦しいこともある離煙だが、心はまだくじけていない。あとどのくらい続けることができるのか自分でも楽しみだったりしている。年と共に肉体は衰えていくが、精神力は高めていきたい今日のこの頃である。



ONE LOVE

【S】 small axe (3) 悪魔か仏サマか

2006年11月09日 | small axe

万波医師についてだ。彼らは悪魔なのか、それとも仏サマなのか。


腎臓は腰のあたりに2個あります。
腎臓の主な働きは
1,生体の代謝産物(老廃物)を排泄します。
2,体液の濃度・量・pHの調節をします。
3,これによって、生体の体内環境を一定にする。 
 
 


 個人的に考えることはあるにせよ、ブログという公開日記の中で書くつもりのなかった話題だ。しかし、「万波兄弟万歳」「やっていることが間違っているなら法がおかしい」「彼らこそ正義だ!」チックなブログを多く見かけ(なんだかレゲエについて書いている人に多く見られた。REBELとはそういうことなのか?)、我慢ができず書くことにした。どこのブログで書いているかなどはちょっと検索するとHITすると思うのでわざわざここで書く必要はないと思うので、ひかえさせて頂く。


さて、あなたは・・・


Q:国、あるいはこの国のシステムなどに疑問を持っているか。

A:はっきりとYESだ。
  このブログでも「small axe」として書いているとおりだ。



Q:病気(癌など)を持っている可能性のある腎臓を使い、生体間移植を行った万波医師らは悪魔のような存在か。

A:当然NOだ。
 なぜかは下の文章を読んでもらえばわかると思う。おそらく「万波医師がんばれ」と言っている方々と同じ理由からではないだろうか。



Q:透析患者あるいはその家族の苦労を考えると、癌が発症する可能性のある腎臓の生体間移植が許されると思うか。

A:これまたYESだ。
 人工透析とは4時間ほど時間をかけ、人工腎臓と呼ばれる装置に体内の血液を送り、血液中のいらないものを取り除き、余分な水分を捨てて濃度の調節をおこなったりして血液をきれいにしてから体内に戻すことだそうで、腎臓に問題を抱える方のなかには、これを週に3度ほど行わなければ命の危険にさらされる場合もあるらしいのだ。とすると、どんな腎臓であろうと、本人や家族にしてみたらわらにもすがる思いだろう。病気になっても良い。透析のわずらわしさから開放されたい、といったところかもしれない。
 また、2004年3月末まで資料だが、腎臓移植の希望者は26736人。そのうち正規の手続きで移植手術をされたのが2383人。なんと希望者の8.9%しか手術されないのが現状なのである。



Q:では透析の苦しみから患者さんを救った万波医師たちは、仏様のような存在か。

A:残念ながら答えはNOだ。
 はじめに書いた、様々なブログでは、病気の腎臓を使ったとしても「透析の苦しみから救った医師」「感謝されるべき対象」として応援したり彼らの行為を支持したりしている。しかし、本当にそちら側からの視点だけで物事を判断して良いのだろうか。

 言いたいことをがまんできなくなった…というのはここからの内容だ。先日ニュースを見ていたら、この問題に関して衝撃的な事実を語る老夫婦が出ていた(これまたマスコミがでっち上げた偽情報の可能性もあるのだが、ここでは取材されていた老人の言葉を素直に受け取ることにする)。奥様の方が長年臓器に病気を抱え、ついに手術によって摘出することになった。手術前、万波医師から「こことここに病気があるのでこれらを摘出します」と言った説明がされたが、なんと健康であるはずの腎臓が無断で摘出されてしまっていたと言うのだ。旦那様が言うには「もしかしたら妻の健康な腎臓が移植に使われているのかもしれない…」と口にしていたのだ。

 「万波医師がんばれ」「万波兄弟を応援」などと簡単に口にしている方々は、透析から開放された側の視点からだけではなく、無断で腎臓を一つ切り取られてしまった側からの視点をお持ちなのだろうか。病院というある意味閉ざされた空間で、別の手術をしている最中に腎臓を盗む人を「バビロン倒壊への旗印」として祭り上げていいものだろうか。


 結論的なことをここに書くが、もしかしたら帰宅後に新しい情報でまったく正反対のことを明日になると考えるかもしれない。あくまでも今はこう考えているということで読んでいただきたい。

 私は悪魔か仏サマかを判断するのでもなく、応援するのでもひねりつぶすものでもなく、彼らもまたシステムの被害者として哀れに思えてしまうのだ。患者でも医師でも、“法の犠牲者”がこれ以上生まれないよう、命の尊さや病に苦しむ本人や家族のことを真剣に考えた、温かな法の整備をして欲しいと願ってやまないのだ。核の保有を議論する暇があったら、もっと身近な、実際に苦しんでいる人に目を向けることも必要じゃないだろうか。


政治家さん、どうですか。



ONE LOVE


【あ】 日本語がたいへんです

2006年11月08日 | ある日の戯言
朝目が覚める。
ボケ~っとした頭で朝食メニューの確認。
今日の果物はパイナップルだ。
コーヒーはいつものトラジャ。これがないとやっていけない。
娘はまだすごい格好で寝ている。
食べ始めるころ、妻は体操に余念がない。NHKのTV体操だ。
「毎日よく続くなぁ」と思いつつ、金子梨沙さんの美貌と「先輩」についてのくだらない話をでっち上げたりする(いつか書いてみようと思う)。
6:40 デザートのヨーグルトを食しているとTV体操が終わり、いつものことばが聞えてくるのだった。

「ことばおじさ~ん!日本語がたいへんです」

 そう。6:40からNHKでは“ナットク日本語塾”が始まるのだ(月・火・水限定)。はじめはこの番組が始まるとすぐに目覚ましテレビに変えていたのだが、別にTVが見たいわけでもなく(時計代わりだ)、なんとなくそのままNHKをつけていたら・・・これが結構面白い。

 おそらくこのブログを見ている人の中には、この番組の視聴者が少ないだろうと思われるので簡単に内容を説明すると、「現在使われている日本語が本来の使われ方とは違うんだよ」ということを、くだらないコントと色々な世代に対するアンケートなどを交えて紹介していくというものだ。例えば、代表的なものでいうと「ヤバイ」だ(これは今朝やっていた)。本来の使われ方は「危ない」などの意味のはずが「かっこいい」とか「美しい」などの意味で使われていると。番組では「あまりにも美しすぎて自分の心が乱されそうで危ない」ということから使われるようになったのではないか、と紹介していた。

 この番組の好感が持てるところは、「使い方がまちがっているから良くないですよ」といった否定的な立場で製作されていないところだ。英語のCOOLが本来の「冷たい」に「かっこいい」が加わったように、日本語も変化しているのだと紹介して終わっているのがいいのだ。


 
話がそれてしまうが、ちょびっと調べてみた。古文と現代文で意味の違う言葉たちを。

あからさま→むき出しの様子…しかし古文では「ふと。ちょっと。」
ありがたし→感謝したい気持ち…しかし古文では「珍しい。」
にほう→においがする…しかし古文では「際立って美しく見える」
めでたし→喜ばしい…しかし古文では「すばらしい。」

 
やはり時代によって言葉は変化しているらしい。「やばい」も、何十年何百年かすると良い意味でしか使われなくなるのかもしれない。



 しかし、「やっぱり正しい日本語をわかった上で使っていきたいな」と自分としては考えてしまうのだが、これは年をとったからなのだろうか。お月見みたいな古来の伝統行事のようになくなっていくのは寂しい気がするのだが。



ONE LOVE

【R】 LUCIANOのNEWアルバム

2006年11月07日 | REGGAE

 色々なところ(ここでもあそこでも)で紹介されているが、LUCIANOの新しいアルバムが発売された(残念ながら輸入盤)。さすがLUCIANOだ。完璧な仕上がり。アコースティックな1曲目の歌が始まる瞬間、何度聞いてもゾクッとする…と偉そうに書き始めたが、実はLUCIANOのすばらしさを知ったのは最近のこと。そう、私はにわかファンなのだ。


今日の話題はLUCIANO。


Child of King/Luciano



何年前だろう。2度目のジャマイカ渡航のときのことだ。


 その当時私は(まぁ今でもだが)ルーツ・マン、頭の固いルーツ・マンであった。70年代を含むそれ以前のレゲエがレゲエであり、ボブ・マーリーがZIONへと旅立った81年以降のレゲエには拒否反応を示すような、そんなあさはかなレゲエ好きであった。海で遊んだり、ナインマイルへ行ったり、タフ・ゴング・レコードを見学したり(恥ずかしながらこの時は妻との二人旅。妻は初めてのジャマイカだった。)するなどして一通り観光を済ませ、ジャマイカでの少ない滞在を終えてマイアミ→NY→成田へと向かうためにモ・ベイの空港でチェックインをしようとしていた。モ・ベイの空港に行ったことがある人なら判ってもらえると思うのだが、チェックインカウンターで手続きをしている時に振り返ると、道路に面した大きな窓のところにベンチがあり、そこにとっても国際空港にふさわしくない格好をした人が座っていた。いや、上下軍服のような緑色の服装に、ベトナム人がかぶるような(イメージです)籠っぽい帽子をかぶっている男は座っていただけじゃなく、アコースティック・ギターを弾きながら大きな声で歌っていたのだ。70年代しか聴かない偽レゲエ・フアンだった私でも、彼の姿は見たことがあった。そう、アルバムのジャケットになっているあの姿だ。「ルアーノだ!(そのころ私はルチアーノではなく、ルシアーノと読んでいた。どっちが正しいのだ?)」。それを聞いた妻は「レゲエの人?有名なの?」と聞いてきたような記憶があるがそんなことは問題ではない。問題なのはそのあと私が「レゲエの人だけどたいしてすごい人だと思っていないからどうでもいいや。」などと答えてそのあとは完全無視したことだ。ああ、今考えるとなんて耳の肥えていない偽レゲエ好きだったのでしょう。彼のすばらしさを聴こうともしない、色眼鏡(色イヤフォン)をかけた馬鹿者だったのです。


まさにこの格好です。

 空港の中は彼のクルーと思われる、迷彩の軍パンと彼の顔がプリントされた黒いTシャツを着た男達が忙しそうに動き回っている。しかし彼はあいかわらず歌っているだけと、大物ぶりを発揮していたというのに。しかも生の歌声が聞こえていたというのに・・・。

 それから何年たっただろう。その当時に比べ色イヤフォンの色が薄まり、色々なレゲエを良い音楽として聞くことができるようになっていた。新しい(80年代以降の)人たちの中にもすばらしい人がいることもわかってきていた。当然、LUCIANOのすばらしさも。

 LUCIANOの歌声を聴くたびにその歌声のすばらしさやメッセージの重さ、ジャマイカに脈々とつながっている「アイコン」と呼ばれるビッグアーティストの影響を感じると同時に、数年前まで「レゲエ大好き」と口にしつつも”未熟な耳”しか持っていなかった自分を恥じる気持ちが生まれてくる。


 私にとってLUCIANOとはそういう存在なのである。



ONE LOVE



追記1:この時空港でLUCIANOが出演したイベント(モ・ベイだから・・・)で、自分の中で当時LUCIANOよりも上の存在と位置付けていたバニー・ウェイラーが客からビンだか缶だかを投げつけられながらのブーイングの嵐だったらしいと耳にした。「ジャマイカっておっかねぇな」とシンガーの立場からも思った出来事でした。

追記2:このときです。飛行機のキャンセルで空港に10時間缶詰にされたのは。