旅と歴史

全国各地の史跡を取り上げて紹介しています。

綱神社本殿

2021年08月31日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町上大羽に綱神社(つなじんじゃ)があります。
 綱神社本殿の、現在の社殿は室町時代中期の明徳・大永年間から寛正年間(1393-1466)に建てられたと思われます。本殿は三間社流造りと呼ばれる構造で、屋根は茅葺きです。本殿は側面1間、正面3間、前面に3間の向拝を設けています。本殿内は円柱で、内部は16角柱が使われています。向拝は面取の角柱を用い、柱下に土台を廻しています。
 縦の部材と横の部材を結ぶ斗拱は三斗組で両端は連三斗組、桁行の出組に皿斗を設け、大斗との高さを調整しています。懸魚、向拝中柱上部の手挾、木鼻など素朴で雄健の風を示し、意匠技法とも室町時代の特色をよく表しています。大正5年(1916)に国の重要文化財に指定されています。

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綱神社

2021年08月30日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町上大羽に綱神社(つなじんじゃ)があります。
 綱神社は建久5年(1194)宇都宮氏の第3代当主宇都宮朝綱(ともつな)が、創建しました。朝綱は平家の中でも、かなり有力な武将で、平家没落後は源頼朝に仕え、根拠地を宇都宮に移しました。朝綱は謀反の疑いで土佐に流されました。土佐の加茂明神に祈ってその罪が許されたので、本国に帰った後、賀茂明神を勧請し社殿を建立したそうです。
 歴代宇都宮家から庇護され、文明4年(1472)には本殿が改築され、朝綱の名を取って綱明神に改称、社領15石が安堵されました。慶長2年(1597)、宇都宮国綱が豊臣家から改易を言い渡され、綱明神は衰退します。江戸時代に入ると幕府から庇護され朱印地15石が認められました。明治の神仏分離令で綱神社となっています。

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西明寺鐘楼

2021年08月29日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町益子に西明寺(さいみょうじ)があります。
 西明寺の鐘楼は享保7年(1722)に再建された建物です。3間4方、重層宝形造りで茅葺きです。一層は角柱、二層は円柱で、組物は三斗出組で、古い型の鐘楼です。梵鐘とともに栃木県の有形文化財に指定されています。

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西明寺閻魔堂

2021年08月28日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町益子に西明寺(さいみょうじ)があります。
 西明寺閻魔堂は正徳4年(1714)に建てられました。寄棟造り、茅葺きです。堂内には県指定文化財の閻魔大王、善童子、悪童子、奪衣婆、地蔵尊の五体の仏像が並んでいます。

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西明寺本堂

2021年08月27日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町益子に西明寺(さいみょうじ)があります。
 西明寺の本堂は益子勝直によって開扉供養が行われ、元禄14年(1701)大改修で現在の姿になりました。本堂は栃木県の有形文化財に指定されています。本堂内部の厨子は全唐様式の一間厨子宝形造り板葺きで室町初期のものです。厨子は昭和37年(1962)に国の重要文化財に指定されています。

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西明寺楼門

2021年08月26日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町益子に西明寺(さいみょうじ)があります。
 西明寺の楼門は明応3年(1494)城主・益子勝直により建立されました。純唐様式で3間1戸の重層入母屋造り、茅葺きの堂々たる門です。左右の側室は前後に区切られ、前室に金剛像と仁王像を安置しています。楼門は明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。

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西明寺三重塔

2021年08月25日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町益子に西明寺(さいみょうじ)があります。
 西明寺の三重塔は室町時代後期の天文6年(1537)に城主・益子家宗により建立されました。高さ18.2mの三重塔は、3間3層で、和様、唐様、折衷様の3様式で造られています。屋根は目板打の板屋根銅板葺きという珍しい葺きかたです。
 塔は高欄のない縁をめぐらし、中央間桟唐戸、脇間連子窓、中備えは中央間のみ蟇股があります。三重塔は明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。

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西明寺

2021年08月24日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町益子に西明寺(さいみょうじ)があります。
 独古山普門院西明寺は真言宗豊山派のお寺で、天平9年(737)行基によって創建されたそうです。紀有麻呂が諸堂を建立し、天平11年(739)落慶供養が行われたと伝えられています。坂東33カ所第20番の札所で本尊は十一面観世音菩薩です。
 延暦元年(782)には一山12坊を数えて隆盛を極めました。康平年間(1058-1065)に益子氏初代・益子正隆が高舘城(西明寺城)を築き、西明寺は益子氏によって庇護されます。大治2年(1127)に兵火により堂塔12坊すべて灰塵に帰しましたが、治承2年(1178)に再建されました。その後、益子氏は宇都宮城城主・宇都宮氏に従う事になり、宇都宮氏からも庇護されました。承元3年(1209)に宇都宮景房によって本堂が修築されています。
 建長年間(1249-1256)には七堂伽藍が再興されて壮麗を極めました。しかし南北朝時代、南朝についた益子・宇都宮氏は北朝方に侵攻され、正平6年(1351)、益子城は落城し、西明寺もその兵火により灰燼に帰しました。応永元年(1394)に益子勝直が再興を果たし、明応3年(1494)に楼門が再建され、天文6年(1537)には益子家宗の寄進により三重塔が造営されています。
 益子氏はその後、宇都宮家・笠間氏との争いに敗れ、常陸国の佐竹氏の家臣となっています。西明寺は江戸時代に入ると徳川幕府から庇護されました。元禄14年(1701)平野亦市により本堂の再建が行われ、正徳4年(1714)には閻魔堂が建立され、享保7年(1722)には鐘楼が再建されて現在の姿になりました。

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日下田邸

2021年08月23日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町城内坂に日下田邸(ひげたてい)があります。
 日下田邸は江戸時代の寛政年間(1789-1801)に建てられました。茅葺き屋根の母屋兼仕事場は、創業時に作られた鍵屋造りの小民家です。母屋と作業場を兼ねたこの建物は平成8年(1996)、 栃木県の有形文化財に指定されています。
 日下田邸は「日下田藍染工房」でもあります。寛政年間に創業され200年以上続けてきています。藍染めを中心とした草木染による染と織が専門です。床には多くの藍甕が整然と埋め込まれています。
 綿花の栽培から綿つむぎ、織りから染めまで全工程を手がけているそうです。藍のほか、紅花や紫草、茜草による染色も手がけています。その高い技術が認められ「草木染め」として平成17年(2005)に栃木県の無形文化財に指定されました。

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円通寺一切経塔

2021年08月22日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町大沢に円通寺(えんつうじ)があります。
 境内の奥の小高い丘には一切経塔が建っています。円通寺40世良範上人が文化6年(1609)入山し、文化13年(1816)に再建したもので、3間4方の重層、屋根は頂部に露盤と宝珠をのせた宝形造りです。中世より江戸時代まで文化の中心を成した大沢文庫の面影を伝える建物で、栃木県の重要文化財に指定されています。

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円通寺表門

2021年08月21日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町大沢に円通寺(えんつうじ)があります。
 円通寺の表門は室町時代後期の永正8年(1511)の墨書が残されています。唐様の四脚門で、切妻造り、屋根は昔は茅葺きで現在は銅板葺き、主柱と控柱は丸柱になっています。 装飾の手法は室町時代の特徴をよく表していて、大正5年(1916)に国の重要文化財に指定されています。

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円通寺

2021年08月20日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町大沢に円通寺(えんつうじ)があります。
 大沢山円通寺は浄土宗名越派のお寺で、応永9年(1402)良栄上人によって開創されました。大沢文庫を設け足利学校などと並び学問所として多くの僧を育成し、大いに隆盛しました。天文10年(1541)に大伽藍の一部が焼失。天正2年(1574)には勅願所となっています。江戸時代には江戸幕府から朱印状が与えられていました。
 明和5年(1872)にも火災に遭いますが、表門と一切経塔は焼失を免れました。明治時代になって衰退しました。円通寺は県指定重要文化財の阿弥陀如来像、観音菩薩像ほか数多くの寺宝を所蔵しています。裏山には県指定重要文化財の入定塚古墳もあります。

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入野家住宅長屋門

2021年08月19日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡市貝町赤羽に入野家住宅(いりのけじゅうたく)があります。
 入野家の長屋門は入母屋造り、茅葺きで、間口9間半、奥行2間半、中央2間半に潜戸付の扉口があります。栃木県の南東部の典型的な上層農家建築で、大きな改造もされておらず、往時の姿がよく保存されています。長屋門は昭和43年(1968)に国の重要文化財に指定されています。

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入野家住宅主屋

2021年08月18日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡市貝町赤羽に入野家住宅(いりのけじゅうたく)があります。
 入野家住宅の主屋は寄棟造り、茅葺きで一部が2階になっています。間口10間半、奥行4間半の主体部と、その上手前よりに間口7間半、奥行2間半の座敷部がくい違いに配されています。棟は前後に平行してその間を短い棟でつないでいます。主屋は昭和43年(1968)に国の重要文化財に指定されています。

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入野家住宅

2021年08月17日 | 旅 歴史

 栃木県芳賀郡市貝町赤羽に入野家住宅(いりのけじゅうたく)があります。
 入野家住宅は天保7年(1836)に建てられ同12年(1841)に完成した住宅です。入野家は江戸時代初期から名主を務め、この家は村民の救済事業として建てたそうです。主屋と長屋門は国の重要文化財に指定されています。
 昭和61年(1986)から63年(1988)にかけて主屋の半解体、長屋門の解体工事を行い、当時の姿に復元しています。入野家住宅は市貝町の唯一の国指定重要文化財です。

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