旅と歴史

全国各地の史跡を取り上げて紹介しています。

会津新宮城跡

2013年06月30日 | 旅 歴史
 福島県喜多方市慶徳町新宮字新明道下にある会津新宮城跡をご紹介します。
 新宮城(しんぐうじょう)は会津盆地北西部にあった中世の城館です。城の南西部には新宮熊野神社が祀られています。佐原義連の孫・新宮時連が建暦2年(1212)に築いたといわれています。
 新宮氏は、鎌倉時代から室町時代初期にかけてこの付近を治めていました。鎌倉末期に新宮荘地頭として土着し、14世紀末以降、蘆名(あしな)氏としばしば争いました。応永22年(1415)以降に新宮城は落城し、新宮氏は蘆名氏に滅ぼされたのです。
 城跡は大規模な方形居館(ほうけいきょかん)の主郭を中心とし、これを囲む外郭からなりたっています。主郭の内側は東西100~120m、南北120~130mの規模で、その周囲に幅15~20mの堀がめぐっています。堀の内側には幅7~8mほどの土塁が積まれています。外郭は東西約480m、南北約440mで自然の河川と人工の堀で構成されていました。平成21年(2009)に国指定史跡となっています。

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熊野神社大イチョウ

2013年06月29日 | 旅 歴史
 福島県喜多方市慶徳町新宮字熊野にある熊野神社の大イチョウを説明します。
 新宮熊野神社の大イチョウは喜多方市指定天然記念物です。目通り7.8mで、喜多方市内では最大のイチョウです。神社創建時の植えられたといわれ、主幹が折れる前までは遠く会津若松市からも見ることができたといわれています。

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熊野神社文殊堂

2013年06月27日 | 旅 歴史
 福島県喜多方市慶徳町新宮字熊野にある新宮熊野神社の文殊堂です。
 新宮熊野神社の文殊堂は元禄12年(1699)に再建された建物です。内陣には高さ2.64m木造文殊菩薩騎獅像を安置していました。像は平安末期から鎌倉初期の作で福島県の重要文化財に指定されています。

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熊野神社銅鐘

2013年06月26日 | 旅 歴史
 福島県喜多方市慶徳町新宮字熊野にある新宮熊野神社の銅鐘です。
 新宮熊野神社の銅鐘は高さ128.9cm、口径79.cmで乳部に蓮華、下おびに唐草模様が刻まれています。貞和5年(1349)の銘があり福島県では最も古い銅鐘で福島県の重要文化財に指定されています。

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熊野神社宝物殿

2013年06月25日 | 旅 歴史
 福島県喜多方市慶徳町新宮字熊野にある熊野神社宝物殿です。
 長い歴史を持つ新宮熊野神社の宝物殿には銅鉢をはじめ、多くの国、県指定文化財が保存されています。銅鉢は神仏に米飯を供える食器で、修験道では洗米や賽銭受けに使用されていたそうです。暦応4年(1341)の奉納銘がある銅鉢は、高さ28cm、口径62.5cmの鉢で、。昭和34年(1959)に国の重要文化財に指定されています。

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熊野神社長床

2013年06月24日 | 旅 歴史
 福島県喜多方市慶徳町新宮字熊野にある新宮熊野神社長床です。
 「長床」と呼ばれる拝殿があり、高床になっています。長床は、平安時代の神殿造りの建物で、藤原時代の貴族の住宅建築としての寝殿造りの主殿の形式を踏襲しています。
 拝殿とともに修験者が厳しい修行を行うための道場として使用されていたとみられ、直径1尺5寸(約45センチ)の円柱が44本が10尺(303センチ)等間隔に5列並んでいて、全部吹き抜けになっています。
 建築様式は和様で、桁行9間、梁間4間 寄棟造り、茅葺きです。身舎中央部の柱6本を省略し、前後に虹梁を架けて柱の無い空間を作り出しています。身舎(もや)中央部は柱を省略し、2間分を虹梁(こうりょう)でつないでいます。
 熊野神社の長床は、昭和38年(1963)に国の重要文化財に指定され、昭和46年(1971)から4年の歳月と約1億4000万円をかけて復元されています。

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熊野神社本殿

2013年06月23日 | 旅 歴史
 福島県喜多方市慶徳町新宮字熊野にある新宮熊野神社の本殿です。
拝殿奥の石段を登ると玉垣をめぐらして本殿3殿が並立し、東を向いて建っています。中央が本社の新宮証誠殿です。1間社、奥行き2間、妻入り、向拝付き、熊野造りです。室町以降に建てられたとみられ、福島県の重要文化財に指定されています。
 左側に鎮座しているのは末社那智山飛龍権現です。1間社、奥行き2間、妻入、向拝付、熊野造りです。新宮証誠殿と同様で室町時代以降に建てられたとみられ、福島県の重要文化財に指定されています。
 右側には末社本宮十二社権現が建てられています。新宮証誠殿、那智山飛龍権現と同様で1間社、奥行き2間、妻入、向拝付、熊野造りで室町時代以降に建てられたとみられ、福島県の重要文化財に指定されています。

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新宮熊野神社

2013年06月22日 | 旅 歴史
 新福島県喜多方市慶徳町新宮字熊野にある新宮熊野神社です。
 新宮熊野神社は熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)を祀っています。永承6年(1051)、前九年合戦の時に源頼家、義家父子が紀州にある熊野権現に武運を祈願し、大勝利を収めました。、
 天喜3年(1055)、新宮熊野神社は熊野堂村(現会津若松市河東町)に勧請され、その後、「後三年の役」で会津を訪れた義家が応徳2年(1085)に現在地に遷座しました。
 その後、源頼朝や地頭であった新宮氏から崇敬され、社領が安堵され、寄進も多く繁栄しました。最盛期には300を越える末社が並び、100人にも及ぶ神職が在籍し奥州の熊野と呼ばれたそうです。

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寒河江ダム

2013年06月21日 | 旅 歴史
 山形県西村山郡西川町砂子関にある寒河江ダムです。
 鶴岡市から山形市に抜ける「月山新道」と呼ばれる国道112号線沿いに寒河江(さがえ)ダムがあります。ここの噴水は高さ112mまであがり日本で4番目に高い噴水だそうです。
 月山湖は梵字川に建設されたダムで造られた湖です。土や岩をつみあげて作ったロックフィルダムと呼ばれる造りです。昭和47年(1872)から19年かけ平成2年(1990)に完成しました。
 ダムの高さ112mで全国で36番目だそうです。総貯水容量109000000立方mあるそうです。湖底には二つ崖・四ツ谷など112戸が沈んだそうです。

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湯殿山神社

2013年06月20日 | 旅 歴史
 山形県鶴岡市田麦俣六十里山にある湯殿山神社です。
 湯殿山神社は標高1504mの湯殿山の中腹にあります。月山・羽黒山とともに出羽三山といわれています。羽黒山に月山神社と出羽神社を併せた出羽三山神社があり三神合祭殿に湯殿山神社の祭神も祀られています。この湯殿山での御神体は巨岩とそこからわき出る霊湯です。
 出羽三山は第32代崇峻天皇の御子の蜂子(はちのこ)皇子の開山です。皇子は蘇我氏からの難を避け、京都の由良から出羽国の由良に入られ、3本足の霊鳥に導かれて羽黒山に入りました。
 難行苦行の末、羽黒山上に羽黒権現の御示現を拝しました。次いで、月山、湯殿山を開き、両神を羽黒山に勧請して羽黒三所大権現と称されました。
 その後、加賀白山を開いた泰澄上人、修験道の祖といわれる役の行者、真言宗の開祖弘法大師、天台宗の開祖伝教大師、その弟子の慈覚大師らが来山して修行したと伝えられています。
 湯殿山は推古13年(605)の開山とされ、出羽三山の総奥の院として特に厚い信仰を集めてきました。「三関三度」「擬死再生」など出羽三山信仰は生まれ変わりの信仰が今もなお息づいています。
 羽黒山で現世利益の御神徳に与り、月山の大神の下で死後の体験をして、慈悲深い湯殿の大神より新しい生命をもらって再生すると考えられているのです。大山祇命(おおやまずみのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀っていて、羽黒山、月山で修行した修験者が、最後に仏の境地に達するのが湯殿山であるとされています。
 ここは修行を積んだ修験者が生きながら仏の境地に入る聖地とされています。 社殿はなく、 巨岩とそこからわき出る霊湯がご神体なのです。 「語るなかれ、 聞くなかれ」 と戒められています。
 参拝に際しては、履き物を脱ぎ、お祓いを受け、お詣りします。裸足で階段を下りていくと茶褐色の巨大な岩があり、ここでもお祓いをします。湧き出る霊湯流れる中、岩の上まで登りました。御神体の中にいる感じでした。
 松尾芭蕉も「語られぬ湯殿山にぬらす袂(たもと)かな」の句を残しています。自然崇拝の原型を今に残していて、厳しい戒律は現在にも伝えられ、崇高な気持ちにさせられました。

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暮坪の立岩・塩俵岩

2013年06月19日 | 旅 歴史
 山形県温海(あつみ)町立岩にある暮坪の立岩・塩俵岩です。
立岩は海岸近くに直立する高さ150m余りの巨岩で、頂上に松があります。塩俵岩は割れ目が斜めに作用したもので俵を何百も積み重ねたように見えます。
 ここはマルバシャリンバイの自生地で昭和31年県の天然記念物に指定されました。マルバシャリンバイはバラ科に属する暖地性の常緑低木で、日本中部以南の海岸に自生するものですが、日本海海岸では暮坪の立岩がその北限となっています。花は白く五弁で梅の花によく似ています。

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あさひ月山湖展望広場

2013年06月18日 | 旅 歴史
 山形県鶴岡市上名川にあるあさひ月山湖展望広場です。
 梵字川に建設された月山ダムでできた湖「あさひ月山湖」が誕生しました。平成13年(2001)竣工されたばかりです。花見のできる多目的広場やダム湖を一望できる展望広場などがあり、水辺と親しむ憩いの場となっています。
 月山湖展望広場に、「月の女神」という女性像があります。三日月の上に美しい女性が立つ大きなブロンズ像です。作者は、鶴岡市出身の彫刻家加藤豊氏です。

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玉川寺

2013年06月17日 | 旅 歴史
 山形県鶴岡市羽黒町玉川にある玉川寺です。
 国見山玉川寺は建長3年(1251)、道元の高弟である了然法明禅師によって開かれました。朝鮮百済国の生まれで中国の経山寺で修行し、日本に渡来し、この地で禅を広めたということです。
 境内地は1万平方mで堂宇は本堂、庫裏、山門、位牌堂、観音堂、開山堂、森堂などがあります。ここには全国的にも珍しい九輪草(くりんそう)の純群落があることなどから、「花の寺」とも呼ばれています。
 玉川寺は鎌倉時代開山の曹洞宗東北最古のお寺で日本屈指の歴史を誇っています。国の名勝である玉川寺の庭は、本堂、庫裡の東側に位置する池泉回遊式蓬莱庭園です。
 自然の山から流れ落ちる滝を配し、南北に長い瓢箪形の池泉には、鶴、亀をかたどった石組があり、3つの中島は、それぞれが橋でつながれています。対岸に渡す舟泊まり石に、舟泊まりを重ねて、理想郷蓬莱山へ向かう光景としています。

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羽黒山東照宮

2013年06月16日 | 旅 歴史
 山形県鶴岡市羽黒町手向にある出羽三山神社の東照宮です。
 東照宮は権現造り、銅板葺きの建物です。拝殿の外壁を朱色に塗り上げ、木口を金色にするなど格式の高さを感じます。正保2年(1645)、羽黒山中興の祖50代別当天宥が、将軍に願い出て羽黒山に勧請しました。最初は仮殿に安置し、同年5月、初代鶴岡藩主酒井忠勝が社殿を寄進しました。
 代々藩主の崇敬は厚く、慶安2年(1649)には2代藩主酒井忠当が参拝しています。また万治3年(1660)と寛文4年(1664)には3代藩主忠義が参拝しています。その際には300人ものお供がいたと伝えられています。
 酒井氏は徳川四天王の一人忠次の系統です。忠勝は忠次の孫にあたります。元和(げんな)八年(1622)出羽鶴岡に移封され、13万8千石を領しました。

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出羽三山神社霊祭殿

2013年06月15日 | Weblog
 山形県鶴岡市羽黒町手向手向にある出羽三山神社の霊祭殿です。
 出羽三山は先祖の霊魂を祀る山としても信仰を集め、現在も祖霊の鎮魂を求めて来山する人々が多く訪れます。先祖供養する霊祭殿は昭和58年(1983)に再建されたものです。
 霊祭殿は合祭殿に向かって右側にあります。三神合祭殿をお参りのあと先祖の御霊を供養する習わしがありました。その供養をするところです。社殿前に常香炉があったり、先祖供養するという点で神仏混合の名残りが感じられます。

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