旅と歴史

全国各地の史跡を取り上げて紹介しています。

京都御所建春門

2019年11月20日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区京都御苑に京都御所があります。
 建春門(けんしゅんもん) は京都御所の東側に建てられています。向唐破風の屋根を持つ四脚門です。勅使の出入りに用いられましたが、明治以降は皇后陛下や皇太子殿下の御門とされ、また外国の首相にも使用されています。

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京都御所皇后門

2019年11月19日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区京都御苑に京都御所があります。
 皇后門(こうごうもん)は京都御所の西側の北に建てられています。後宮の通用門として用いられた門です。屋根は本瓦葺きです。築地の瓦には菊の紋章が焼き込まれています。

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京都御所宣秋門

2019年11月18日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区京都御苑に京都御所があります。
 宣秋門(ぎしゅうもん)は西側の一番南にあります。切妻造り、檜皮(ひわだ)葺きの四脚門です。唐門ともいわれ、宮、摂家、親王、門跡、公家などが参内する際に使われました。葵祭りはここから出発します。

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京都御所建礼門

2019年11月17日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区京都御苑に京都御所があります。
 建礼門(けんれいもん)は御所正面入口の正門で南にあります。素木、切妻造り、檜皮(ひわだ)葺き、柱間1間の四脚門です。天皇や国賓の来場や一般公開など、特別な行事の時のみ使用されます。軒下の金色の建具や透かし彫りが施され、気品あふれる厳かな門です。

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京都御所清所門

2019年11月16日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区京都御苑に京都御所があります。
 清所門(せいしょもん)は西側の中央付近にあります。御所の勝手口といえる門で御台所御門ともいわれています。皇子女の参内初めに使われました。一般公開の時の入口になり、特別公開の時は出口となってます。

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京都御所

2019年11月15日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区京都御苑に京都御所があります。
 京都御所は明治維新まで天皇の住まわれたところで、京都御苑の中央北寄りにあります。築地塀で囲まれ、南北約450m、東西約250mの方形で、11万平方mの面積があります。建礼門、建春門、朔平門、宜秋門、清所門、皇后門の6つの門があります。
 桓武天皇は延暦3年(784)に都を奈良の平城京から京都の長岡京へ移し、さらに延暦13年(794)平安京に遷都しました。現在の京都御所は、土御門東洞院殿(つちみかどひがしのとういんどの)といわれる里内裏の一つで、元弘元年(1331)光厳天皇がここに即位してから明治2年(1869)まで皇居として使われてきました。
 その間、度々火災に見舞われ、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などにより再建されてきました。江戸時代だけでも慶長(1613)、寛永(1642)、承応(1655)、寛文(1662)、延宝(1675)、宝永(1709)、寛政(1790)、安政(1855)と8回も再建されています。
 慶長と寛永の時は旧殿を取り壊しての建て替え、それ以外は火災焼失による再建となっています。特に寛政の再建の時は、裏松光世による平安内裏の考証を多く取り入れた復古様式にしています。現存の内裏は幕末の安政2年(1855)に、寛政内裏の様式をほぼ踏襲して再建されたもので、安政内裏と呼ばれています。

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京都御苑

2019年11月14日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区京都御苑に京都御苑があります。
 京都御苑は、京都御所、大宮御所、仙洞御所を含む緑地で、国民公園になっています。京都市の中心部に位置し、東は寺町通、西は烏丸通、南は丸太町通、北は今出川通まで東西約700m、南北1300m、総面積は66万平方mに及ぶ広い公園です。
 京都御苑の地には、江戸時代、京都御所を囲んで200件もの皇族、公家の屋敷が建ち並んでいました。天正年間(1573-1592)に豊臣秀吉が大規模な都市改造の一環として公家などを御所周辺に移住させていたのです。
 明治になり、明治天皇が東京に移ると、多くの公家が東京へ移りました。華族制度が発足し、すべての華族の東京移住が義務付けられ、京都の公家屋敷は荒廃しました。岩倉具視は明治10年(1877)御所の保存を建議し、火除け地の確保と治安維持のために家々は取り壊されたのでした。
 大正4年(1915)、大正天皇即位の礼が京都御所紫宸殿で行われました。建礼門前大通に大規模な改修工事が施され、現在の姿になっています。苑内には広い芝生が広がり、玉砂利を敷き詰めた道が縦横に走っています。禁門の変で有名な蛤御門など9つの門から自由に出入りでき、梅林や季節の花を観賞しながらくつろげる格好の散策地になっています。

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クラーク記念館

2019年11月13日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区今出川通烏丸東入玄武町に同志社大学があります。
 クラーク記念館はR・ゼールが設計したドイツ風のネオ・ゴシック様式で、明治27年(18940)に建てられたレンガ造りの建物です。2階建てで屋根は桟瓦葺き、鉄板葺きです。西南隅に銅板葺きの八角の塔屋があります。亡くなった息子のためにと多額の資金を同志社に寄付したB.W.クラーク夫妻の名をとって「クラーク神学館」とし、神学教育と研究に利用されました。
 現在の神学館が完成したため「クラーク記念館」と改名されています。玄関には神学館と書かれた扁額があり、昔を偲ばせています。本館にキリスト教文化センターがあり、教室のほか、クラーク・チャペルも備わっています。昭和54年(1979)に国の重要文化財に指定されています。

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ハリス理化学館

2019年11月12日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区今出川通烏丸東入玄武町に同志社大学があります。
 ハリス理化学館はA・N・ハンセルが設計した建物で、明治23年(1890)に建てられたレンガ造りの建物です。2階建て、桟瓦葺きで、東北隅に実験室があります。高等教育レベルの理科教育機関設立のために寄せられたJ・N・ハリス氏からの寄付により、ハリス理化学校(理工学部の前身)の校舎として建てられました。
 昭和54年(1979)に国の重要文化財に指定され、同志社の歴史と創立者・新島襄の今に息づく精神を、貴重な資料によって紹介する、ハリス理化学館同志社ギャラリーとなっています。

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同志社有終館

2019年11月11日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区今出川通烏丸東入玄武町に同志社大学があります。
 有終館(ゆうしゅうかん)はダニエル・C・グリーンが設計した建物で、明治20年(1887)に建てられています。レンガ造り、2階建て、地下1階、桟瓦葺きで、建物を上から見ると十字の形になっています。「書籍館」と呼ばれた同志社の最初の図書館で、レンガ造りの建物です。
 図書館の役目を終えた際に、時の海老名弾正第8代同志社総長が「有終館」と名付けました。昭和3年(1928)に火災で燃え、残った建物を取り壊す予定でした。しかし、その時に保存運動が起こり、改修、補修され現在に至っています。昭和54年(1979)に国の重要文化財に指定されています。

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同志社礼拝堂

2019年11月10日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区今出川通烏丸東入玄武町に同志社大学があります。
 通称チャペルと呼ばれる同志社礼拝堂はダニエル・C・グリーンが設計した建物で、明治19年(1886)に建てられています。プロテスタントのレンガ造りチャペルとしては日本に現存する最古の建物です。レンガ造り、1階建て、一部2階、地下室があり鉄板葺きです。
 正面中央に円形のバラ窓、左右にアーチ窓を設け、その前に屋根と尖りアーチの入口を持つアメリカン・ゴシック様式の建物です。この同志社礼拝堂は現在でも礼拝が行われ、週末には同志社の卒業生などの結婚式の会場にもなっています。昭和38年(1963)に国の重要文化財に指定されています。

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同志社大学彰栄館

2019年11月09日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区今出川通烏丸東入玄武町に同志社大学があります。
 彰栄館(しょうえいかん)はアメリカン・ボードの寄付によりダニエル・C・グリーンが設計した建物で、明治17年(1884)に建てられています。アメリカン・ゴシック調の瓦葺きのレンガ造り、2階建てで、中央正面の時計塔と鐘塔を兼ねた鉄板葺きの塔屋があります。京都市内に現存するレンガ建築の中でも最も古い建物だということです。
  外観は洋風ですが、内部は純和風で、真壁式、和小屋組みになっているそうです。昭和54年(1979)に国の重要文化財に指定されています。ダニエル・C・グリーンは明治2年(1869)に来日し、明治14年(1881)から同志社英学校で神学や旧約聖書学などを教えていた宣教師でした。建築にも造詣が深く、同志社の彰栄館、礼拝堂、有終館を設計しています。

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同志社大学

2019年11月08日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区今出川通烏丸東入玄武町に同志社大学があります。
 同志社大学があるこの地は二本松屋敷と呼ばれた薩摩藩邸があった場所です。文久2年(1862)薩摩藩は相国寺から土地を借り受けて京都に新たな藩邸を造営しました。大政奉還後、戊辰戦争が勃発し、会津藩士の山本覚馬は捕縛されここに幽閉されました。
 山本は同志社創立者の新島襄の妻である新島八重の実の兄でした。幽閉中にまとめた建白書は京都の近代化の指針として大きな影響を与えました。明治になりこの薩摩藩邸は京都府に接収され、山本が払い下げを受け取得していました。
 慶応3年(1876)、新島は山本から薩摩藩邸跡地を買受け、寺町丸太町にあった同志社英学校をここに移転しました。キャンパス内には、明治期に建てられた、彰栄館、同志社礼拝堂、有終館、ハリス理化学館、クラーク記念館の5棟が現存し、国の重要文化財に指定されています。

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冷泉家表門

2019年11月07日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区今出川通烏丸東入玄武町に冷泉家住宅があります。
 冷泉家の表門は江戸後期の寛政2年(1790)に建てられています。本瓦葺きの一間の薬医門で、桟瓦葺きの両袖塀が続いています。昭和57年(1982)に国の重要文化財に指定されています。

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冷泉家住宅

2019年11月06日 | 旅 歴史

 京都府京都市上京区今出川通烏丸東入玄武町に冷泉家住宅があります。
 冷泉家住宅は同志社大学内の今出川通側にあります。寛政2年(1790)に建てられた、現存する最古の公家住宅です。歌人、藤原定家の孫で、為家の3男である冷泉為相(ためすけ)を祖とする家柄です。為相の母は「十六夜日記」を書いた阿仏尼です。
 明治時代に入ると、ほとんどの旧公家は明治天皇に従って東京に移住しました。現在の京都御苑内にあったほとんどの公家住宅は空家となり、治安維持のために取り壊されました。しかし、冷泉家には御文庫といわれるかつては勅封だった蔵があり、京都御苑の外に建てられていたため、取り壊しを免れました。
 冷泉家の座敷及び台所、御文庫、台所蔵、表門が国の重要文化財に指定されています。和歌を家業としたことから、和歌に関する貴重な資料が多数保存されています。定家自筆の「古今和歌集」をはじめとして、国宝、重要文化財を含む約2万点の古文書などが冷泉家時雨亭文庫に収蔵されています。

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