玉川出身の知人の若者に、鷹が森城って知ってますか?と言われ、
知っているのは江戸時代末期の今治城移転計画の候補地であったこと、だけでした。
ちょっと気になってしまい、調べました。
今治市内から神子の森(知人の畑、小屋あり)に遊びに行くときに、二通りの行き方があっ
て、鈍川まわりと、畑寺のほうからの山中越えです。その間の山の山頂がこの鷹が森城でし
た。
いつも近くをとおっているのに、きっかけがないとわからないもの。
がぜん親しみがわいてきました。
鎌倉時代に越智春友によって築かれ、13代500年もの歴史があり、秀吉の四国攻めによ
り小早川隆景によって落城、とのこと。
今治、玉川、東予、この周辺の山にはことごとく城が築かれていたもよう。
いかにこの地が重要で、戦いの歴史の舞台であったか、ということのよう。
今の平和な私たちには、教科書の遠い過去の歴史でしかないけれど、この地の、
考えようによってはほんのちょっと前の出来事なのです。
今治城も、今は平和のシンボルのよう。もちろんこうあることが、最もすばらしいことではある
けれど、私たちは、その歴史の上にのっかって平和を享受していることも理解しておかない
、といてないと思います。
今日は変な感想になってしまいました。