おだわらぐらし

縁あって引っ越した 相模の国_小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わった三年半の思い出

大平台を又ちょっと歩きました

2010-09-28 10:16:53 | 箱根
箱根ダイバーさんから 大平台の駐車場の場所を聞いたnumabe。前回 行こうと思って行けなかった林泉寺へ 改めて行ってみることにしました。

↓これが町営の観光客用無料駐車場。
 
↓駐車場の隅には「仙元の泉」という湧水が。
 無料で汲めるそうです。
 先客があったので 帰りに寄ることにして_
 
↓「行き止まり」と念入りに左右に表示の出ている坂を下りました。
 
↓坂はかなりの勾配で 手すりが設置されていましたよ。
 
↓夏 亭主と歩いた「あじさいの小径」にでました。
 目の前を強羅行きの登山電車が通ります。
 
↓行っちゃった・・・
 
↓目を凝らせばトンネルの奥に まだちょっとだけライトが見えるー
 
↓線路を渡り 駅方面へ向かいます。
 

国道一号線に出ました。
↓大平台温泉の看板と 子育阿弥陀如来。左に少し写っているのは「みどり寿司」です。
 
↓あのパチンコ屋さんの前が大平台のバス停。
 
↓道を渡って坂を下って行きます。
 
↓この十一面観音の立ってらっしゃるところが「林泉寺」。
 
 
時に_ご存知でしたか?十一面観音の後ろは「暴悪大笑面」というお顔、なのを。(私は三年前 国立博物館の『仏像展』で知ったのですがー)/ 堂内の仏像は正面を向いていますから なかなか後のお顔というのは見る機会がありませんよね。が、こちらの立像は屋外、それも坂の途中にありますから 色んなお顔を間近に見る事ができます。ありがたいことです。
 
↓「曹洞宗 大光山 林泉寺」
 
↓こちらがご門。
 
↓観光客が覗くようなお寺ではなさそうでしたので_正面から撮るのは遠慮して お墓へ通じる通路側から写させて頂きました。(かえって失礼?)
 

林泉寺に来てみようと思ったのは こちらが大逆事件の犠牲者 内山愚童さん(事件当時住職/「小作人ハナゼ苦シイカ」というサブタイトルを持つ『無政府共産』などのパンフレットをこのお寺で印刷し 1910年の大逆事件に連座して刑死なさっておられます。享年36歳)のお寺、と知ったからです。(箱根ダイバーさんのブログで)
愚童さんのお墓もお訪ねしてみました。 墓石は何も刻まれていない小ぶりの岩でした。(その後ろにちゃんとした墓標もありましたが それは後で愚童さんを偲んですえられた物のようでした)
愚童さんのお墓は お寺の墓地の一番奥にあり、墓地を通り抜けなくても 墓地の裏に通ずる 駅前からの細い路地を上がっていけば訪ねる事ができました。が
平素の行いの怪しい私は バチがあたったか この路地で転んで 子供の様に膝をすりむいてしまいましたー。(Gパンはいてたにもかかわらずー)ああ、悪い事はできません。

↓お参りの後も 墓地は通らずそのまま路地を登っていくとー
(ちなみに左に写っているのはキーウィの棚)
 
↓パチンコ屋さんの近くに出ました。
 
↓この「パチンコ 射的」の「七福」さんは一見の価値あり!
 
↑だって店内に並んでいるの「スマート・ボール」なんですよ?(きょう日なかなかない!)

来た道を戻ります。
↓子育て観音の向かいは「コンビニエンスストアー丸喜屋」、その隣はお酒の「HOSOKAWA」。
 
この通りは 右も左も「温泉」「温泉」「温泉」です。
 
↓細く複雑に入り組んだ道~ 
 線路の向こう側に渡れるのは「アジサイの小径」のみ、ですので散策の折はご注意を。
 
↓坂道を登って駐車場に戻ったら・・・
 別のグループが水を汲んでいました^^)
 
人気だよ 大平台の「仙元の泉」! でした。


追:「箱根大平台温泉」で 大平台温泉が昭和24年(1949年)に温泉の掘削に成功した と読みました。/愚童さんが「小作人ハナゼ苦シイカ」と書いた頃の大平台はどんな様子だったのでしょう・・・。調べてみたくなりました。

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