3日から1泊2日で京都へ。前夜11時頃の天気予報では両日とも曇り時々雨だったのに、翌朝の予報では3日は曇り、4日は曇りのち晴れ。このところの天気予報はめまぐるしく変わる。
20分遅れで8時30分出発。総勢22名でバスはがら空き、楽チン楽チン。曇りどころか京都に近づくにつれ青空がひろがり、太陽も顔を出す。桂川インターでトイレ休憩した頃にはカンカン照りで、ムッとする暑さ。京都は盆地なので冬は寒く、夏は暑いと聞いていたがなるほど…。
京都へは44年前の修学旅行が最初、それから春と秋と初冬の3度来ているが夏の京都は初めてである。3度ともプライベートの旅だったので、人の多い観光コースは外して、嵐山・孝雄・嵯峨野・大原周辺などの郊外へ足を延ばした。
11時半ころ、最初に到着したのは44年ぶりの清水寺。ちょうど修学旅行のシーズンなのか中学生らしい一団があちこちに。それと外国人の家族連れ、特に中国・韓国からの観光客がたくさんいて、所かまわず大声でまくし立てる中国人のけたたましさには閉口した。
本堂までの参道には、京都ならではの色あでやかな友禅・ちりめん細工、扇、漬け物の店がずらっと並び、狭い参道は人いきれで暑いのなんの…。
雑誌などの写真でおなじみの“清水の舞台”は変わってはいないが、周辺は44年前とは違い、すっかり観光地化されている。
下から見上げる舞台、釘を1本も使わないで寄木細工のように組まれているのが見事である。
正式には、産寧坂、二寧坂、一念坂というらしいが、若い人たちに人気のある石畳の坂道を下ってみた。
この道は、八坂神社、円山公園などの名所へと続くらしいが、一番近いところにある秀吉と北政所を祀る霊廟、高台寺の近くまで歩いた。
雨傘は持参したが帽子も日傘もないので、とにかく暑い。若い人たちは地図を片手に楽しそうに歩いているが、ババには相当応える。とにかくお昼にしようと、一念坂あたりをウロウロ、小さな手打ちそば屋に入る。夏は何はなくても涼しさが一番のご馳走だ。
また元の参道へ戻り、三年坂の下り口にベンチを見つけて座り込む。かき氷で涼をとりながら人の流れを眺めていると、韓国の若い女性が地図上の三年坂の文字を示す。こちらも手まねで坂道を指差すと「サンキュー」と下りて行った。岡山の人間が京都に来て道案内をしようとは…。
次は世界遺産の、“葵祭”で有名な下鴨神社へ。加茂川べりには夏の風物詩“川床”があちこちに見える。
さすがにここまでは修学旅行生も外国人も来ないのか、深い森に囲まれた神社は荘厳である。本堂の前に干支別に小さな社があり、自分の干支の社にお参りするのである。おみくじは「小末吉」でいいことは書かれてない。
今日の観光はここまで、明日の保津川下りのために亀岡市の「湯の花温泉・松園荘保津川亭」へ。うなぎの寝床のように狭い間口の奥へ長いホテルで、いかにも京都という和風情緒が感じられるすてきなホテルである。
4時半頃の早い到着で、ひとまず汗を流すためお風呂へ。大浴場の外には露天風呂が2つ、緑の中に岩肌を流れる滝の音が耳に心地よく、ゆっくり温泉を満喫した。夕食が6時からなのでちょっと寝転んで休憩。日の高いうちにのんびりお風呂へ入って極楽、極楽…。
夕食は、さすが京都、見て楽しめるきれいなお膳に、頃合を見て次々と料理が運ばれてくる。
この間に「松茸ごはん」のおむすび、グラタンと出てきたのだが、欠食児童なみにガツガツして写真を撮り忘れ、グラタンの途中で少なくなったのをパチリ。そして、最後は白飯と赤だし、デザートで終わり。
ツアーには珍しくカラオケ大会が始まったが、途中で失礼。満腹で気持ちよくなりいつの間に眠ってしまったらしく10過ぎに目が覚め、もう一度温泉へ。お決まりのチューハイとおつまみを買って部屋に戻り、ババ2人でカンパーイ。いい気分になったところでバタンキュー、1日目終了。(つづく)
20分遅れで8時30分出発。総勢22名でバスはがら空き、楽チン楽チン。曇りどころか京都に近づくにつれ青空がひろがり、太陽も顔を出す。桂川インターでトイレ休憩した頃にはカンカン照りで、ムッとする暑さ。京都は盆地なので冬は寒く、夏は暑いと聞いていたがなるほど…。
京都へは44年前の修学旅行が最初、それから春と秋と初冬の3度来ているが夏の京都は初めてである。3度ともプライベートの旅だったので、人の多い観光コースは外して、嵐山・孝雄・嵯峨野・大原周辺などの郊外へ足を延ばした。
11時半ころ、最初に到着したのは44年ぶりの清水寺。ちょうど修学旅行のシーズンなのか中学生らしい一団があちこちに。それと外国人の家族連れ、特に中国・韓国からの観光客がたくさんいて、所かまわず大声でまくし立てる中国人のけたたましさには閉口した。
本堂までの参道には、京都ならではの色あでやかな友禅・ちりめん細工、扇、漬け物の店がずらっと並び、狭い参道は人いきれで暑いのなんの…。
雑誌などの写真でおなじみの“清水の舞台”は変わってはいないが、周辺は44年前とは違い、すっかり観光地化されている。
下から見上げる舞台、釘を1本も使わないで寄木細工のように組まれているのが見事である。
正式には、産寧坂、二寧坂、一念坂というらしいが、若い人たちに人気のある石畳の坂道を下ってみた。
この道は、八坂神社、円山公園などの名所へと続くらしいが、一番近いところにある秀吉と北政所を祀る霊廟、高台寺の近くまで歩いた。
雨傘は持参したが帽子も日傘もないので、とにかく暑い。若い人たちは地図を片手に楽しそうに歩いているが、ババには相当応える。とにかくお昼にしようと、一念坂あたりをウロウロ、小さな手打ちそば屋に入る。夏は何はなくても涼しさが一番のご馳走だ。
また元の参道へ戻り、三年坂の下り口にベンチを見つけて座り込む。かき氷で涼をとりながら人の流れを眺めていると、韓国の若い女性が地図上の三年坂の文字を示す。こちらも手まねで坂道を指差すと「サンキュー」と下りて行った。岡山の人間が京都に来て道案内をしようとは…。
次は世界遺産の、“葵祭”で有名な下鴨神社へ。加茂川べりには夏の風物詩“川床”があちこちに見える。
さすがにここまでは修学旅行生も外国人も来ないのか、深い森に囲まれた神社は荘厳である。本堂の前に干支別に小さな社があり、自分の干支の社にお参りするのである。おみくじは「小末吉」でいいことは書かれてない。
今日の観光はここまで、明日の保津川下りのために亀岡市の「湯の花温泉・松園荘保津川亭」へ。うなぎの寝床のように狭い間口の奥へ長いホテルで、いかにも京都という和風情緒が感じられるすてきなホテルである。
4時半頃の早い到着で、ひとまず汗を流すためお風呂へ。大浴場の外には露天風呂が2つ、緑の中に岩肌を流れる滝の音が耳に心地よく、ゆっくり温泉を満喫した。夕食が6時からなのでちょっと寝転んで休憩。日の高いうちにのんびりお風呂へ入って極楽、極楽…。
夕食は、さすが京都、見て楽しめるきれいなお膳に、頃合を見て次々と料理が運ばれてくる。
この間に「松茸ごはん」のおむすび、グラタンと出てきたのだが、欠食児童なみにガツガツして写真を撮り忘れ、グラタンの途中で少なくなったのをパチリ。そして、最後は白飯と赤だし、デザートで終わり。
ツアーには珍しくカラオケ大会が始まったが、途中で失礼。満腹で気持ちよくなりいつの間に眠ってしまったらしく10過ぎに目が覚め、もう一度温泉へ。お決まりのチューハイとおつまみを買って部屋に戻り、ババ2人でカンパーイ。いい気分になったところでバタンキュー、1日目終了。(つづく)
最初は高校の修学旅行で参りましたが、そのとき
「清水の舞台から飛び降りる」の意味を初めて知りました。
お宿も、料理も、他の観光地とは一味も二味も違う
古都の洗練を感じました。
保津川下りも楽しみです。
やはり修学旅行ですか。埼玉県からの中学生が多かったです。
京都も市内はすっかり近代的になり、日本情緒を味わいたいと思えばよほど郊外へ行かねばなりませんね。
京都は温泉が少ないので、亀岡市の山の中にあるこの温泉地に隠れ宿的な人気があるそうです。
料理もホテルも満足でした。でも、いのししが出るそうです。
国際観光地ですから少しずつ変わってるでしょう。中国人などが騒々しいのは30年位前の外国旅行の日本人と似てるそうです。少しずつ成熟していくのだそうです。
京都はお金さえ余裕あればゆっくり歩きたいところです。
1000年の都ですから。
時季が悪かったです。最もこの時季だから料金も安かったのかも…。
紅葉の時季もよかったですが、冬景色の大原三千院あたりへ行きたいですね。
お金と元気さえあればどこでも楽しいでしょうが、そろそろどちらも欠乏状態になりつつあります。