二銭銅貨

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霧の旗

2009-11-24 | 邦画
霧の旗 ☆☆
1965.05.28 松竹、白黒、横長サイズ
監督:山田洋次、脚本:橋本忍、原作:松本清張
出演:倍賞千恵子、滝沢修、新珠三千代

熊本から東京に向かう列車の中、
外を、ざーっと流れる外の景色をじっと見つめ続ける倍賞千恵子は、
その外の景色を見ているわけでは無い。
何かを、何か自分の固い決意を考え続けている。
景色は容赦なく流れ去り、
やがて列車は東京に着き、
そして列車が止まると同時に
煙が駅舎の屋根を覆いつくし、
やがて何も見えなくなる。

最初に倍賞千恵子が滝沢修に懇願し、喰い下がるが相手にされない。
最後に滝沢修が倍賞千恵子に懇願し、喰い下がるが相手にされない。

物語はそういう対称な重層構造を持っている。
でも物語の芯はそんな対称構造にあるのでは無くて、
オレンジに焼けた、倍賞千恵子の、
鉄のような意思、
怒りにある。
最後まで温度が下がらず、
オレンジ色に強く鋭く光り続ける。

闘い前の騎兵のような表情の倍賞千恵子の気迫と、
当惑してうろたえて、弱兵のような表情の滝沢修の無残と、
その対比でもある。

滝沢修がやる弁護士を悪玉にした社会批判が主筋だと思うけれども、2人の役者、あるいは監督や脚本家はこれをそう単純な物語にはしなかったように思う。2人の心理表現が精緻だった。

雑誌記者役の近藤洋介もしぶとい記者役、いわば相撲の行司役のようなポジションで、いい芝居をしてこの映画の底辺をしっかり支えていた。

09.11.21 東劇
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恋文

2009-11-23 | 邦画
恋文 ☆☆
1953.12.13 新東宝、白黒、普通サイズ
監督:田中絹代、脚本:木下恵介、原作:丹羽文雄
出演:森雅之、久我美子、道三重三、宇野重吉、香川京子

木漏れ日が、
斜め45度の薄い幾筋もの直線として、
柔らかに、もやを背景にして現れ、
その中を彼と彼女が歩いていく。
やさしい東京の公園の静けさと、
もやと、木漏れ日。

ずーっと、道の奥の方に立ち去って行く小さな久我美子の陰。
立ち上がり、逡巡しながらこちら向きに歩き始める森雅之。

田中絹代の初監督作品。
端正でつつましい。ワンカット、ワンカットごとに、構図、芝居、美術がしっかりと教科書的にオーソドックスに作られていた。

多数の人がゲスト出演、ないしチョイ役での出演をしている。
沢村貞子、香川京子:古本屋の主人、店員
笠智衆、井川邦子:レストランの客
関千恵子:森雅之の弟(道三重三)の彼女
夏川静江:墓参りの場面の叔母さん
入江たか子:下宿の大家さん
中北千枝子:日比谷公園らしき所で久我美子にからむ3人連れの1人
清川玉枝:代筆を頼みに来たおばさん
月岡夢路:代筆を頼みに来た女性
田中絹代:代筆を頼みに来た女性(芝居が素晴らしい、光っている)
など。
この他、木下恵介や佐野周二も居たらしいが視認できなかった。

舞台は神保町らしく「すずらん横丁」のセット(ちなみに。映画の上映は現在の「すずらん通り」をちょっと入った所の神保町シアター)。ロケは忠犬ハチ公の渋谷の他、神宮外苑らしきところ、日比谷公園の小音楽堂らしき所など。

製作の永島一朗は香川京子の叔父。成瀬監督、田中絹代、香川京子出演の「おかあさん」を製作した人。

09.11.14 神保町シアター
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秋津温泉

2009-11-22 | 邦画
秋津温泉 ☆☆
1962.06.15 松竹、カラー、横長サイズ
監督・脚本:吉田喜重、原作:藤原審爾
出演:岡田茉莉子、長門裕之、日高澄子、宇野重吉

汚れない青空、
雪、紅葉、桜、緑。
純で新鮮な空気の流れ。
汚濁を知らない生娘の顔。
落ち着く気分の柔らかさ。
すがすがしい気持ち。
知的で活発で元気良く、
心が真っ直ぐな、
女学校を出たばかりのような、
秋津温泉の純粋さ。
それをぶち壊す奴は誰だ。

そう、それは、あの長門裕之だ。
爬虫類のような、
両生類のような、
ヌメヌメとしていて、
それでいて、
頼りなく、
だらしなく、
どうしようもなく、
クズだ。

ああ、でも、そんな男に岡田茉莉子が惚れてしまう。
恋をしてしまう。

映画全編が長門裕之と岡田茉莉子のコンテンポラリー・ダンスのようにも見える。良く分からない。吉田喜重って何を考えているのだろう。

岡田茉莉子の100本出演記念、自らの企画作品。吉田喜重との婚約前のもの。
09.11.14 神保町シアター
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林芙美子の詩発見

2009-11-13 | Weblog
林芙美子の詩発見
2009年9月6日(日)10:00 芙美子の未発表の詩見つかる(中国新聞)の記事から。
 <林芙美子の直筆の詩稿の全文>
風も吹くなり
雲も光るなり
生きてゐる幸福(しあわせ)は
波間の鷗(かもめ)のごとく
漂渺(ひょうびょう)とたゞよひ
生きてゐる幸福(こうふく)は
あなたも知つてゐる
私もよく知つてゐる
花のいのちはみじかくて
苦しきことのみ多かれど
風も吹くなり
雲も光るなり

林芙美子

(新聞記事では鴎「かもめ」の旧字体が印刷できず〓になっているが、おそらく鷗の形だと思う。ユニコードらしいので、字化けするかも知れない。)

良い詩だ。林芙美子らしい。「雲も光るなり」。こう言うちょっと思いつかない句が、それらしい。前向きで元気。めげない、くじけない、あきらめない。タフでチャレンジングな芙美子の気持ちが良く分かる。ぼうぼうと殺伐とした世間を渡って行く厳しさが良く伺える。厳しさが人生で、つらさが幸福だと言っている。登山好きが、登坂の厳しさつらさを楽しんでいるような様子です。

「風も吹くなり」は「私にも波乱があるわよ」って言う意味でしょうか。波乱とは恋愛の意味で。「雲も光るなり」は「私だって美しい時があるわよ」って言う意味でしょうか。雲は芙美子で、普段は鈍いけど、恋愛すると美しくなるとか。ちょっと、こういう居直った気分が最後の2行でしょうか。

林芙美子が色紙などに良く書いていたという「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」は、林芙美子原作の成瀬映画のラストにしばしば使われていて、森光子の放浪記でも使われている有名な句です。

青い空にくっきりとした桜、夜空にきらめく花火、その見せ場は一瞬です。人々はその一瞬の華々しさに惹かれて、大勢して見物に出かけて行きます。でも、大事なのは花の咲いていない時期や花火を作っている時期でしょう。桜の木が緑に覆われる時期、葉を散らした冬の時期、蕾の頃、花火師が精魂こめて花火の玉を製作している時期が本質です。もちろん華々しいその成果をも大事ですが、それまでの地道な部分の方がもっともっとはるかに大事です。実は、その部分こそが本当に楽しめる、本当に面白い時期なんだと、そんな印象を持ちます。「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」は表面的に読むとネガティブな感じのフレーズですが、林芙美子のキャッチコピーという意味では、絶対にポジティブな意味を持っているに違いないフレーズなのです。その事が今回の発見で良く確認できました。

これは赤毛のアンの訳で有名な村岡花子に贈られて、その自宅にあったとのことです。村岡花子がこの原稿を持っていたという事が面白い。村岡花子と林芙美子とは親交があったということです。村岡花子と言えば「赤毛のアン」の翻訳。アン・シャーリーと林芙美子とではだいぶ違うのですが、なぜか両方好きな私には、この両者には何か共通点があると感じてしまうのです。
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09歌舞伎座11月/仮名手本忠臣蔵/歌舞伎

2009-11-09 | 歌舞伎・文楽
09歌舞伎座11月/仮名手本忠臣蔵/歌舞伎

仮名手本忠臣蔵
昼の部
大序・三段目
出演:富十郎、勘三郎、七之助、魁春、梅玉

大序では、七之助の足利直義は真っ直ぐで、堂々としていて、発声もはっきりと分かりやすかった。登場人物は皆クリアでクリーンな印象だった。三段目では富十郎の高師直がいやらしい。けれども、それが富十郎なので、そのいやみっぷりがかわいらしかったりする。大序で魁春の顔世御前にくっ付いたり、勘三郎の塩冶判官に寄りかかって「斬れ、斬れ」とか言ったりするところが人なつこい。勘三郎の富十郎の眉間への一太刀は本当に当たっているように感じて痛そうだった。

四段目
出演:勘三郎、仁左衛門、魁春、孝太郎、段四郎、幸四郎

幸四郎の由良之助が屋敷から去る場面が見せ場かな。夕闇の重苦しさと幸四郎の重厚さが良く似合う。勘三郎はきれいに自決していた。いさぎ良い。

道行
出演:菊五郎、時蔵、團蔵

青い空、富士、頂の白い雪、満開の桜、満開の菜の花。明るい風景に2人の旅行者。菊五郎の勘平の深い憂い。元気付ける時蔵のお軽の明るさ。團蔵の鷺坂伴内は面白くて軽い。くりくりした感じだ。 

夜の部
五・六段目
菊五郎、時蔵、東蔵、芝翫、左團次、梅玉

重くて暗い話だ。明るい道行の後に一変してこの話になる。じっと耐える菊五郎がかわいそうだ。遠くから俯瞰的に見ていたので、菊五郎の表情は良く分からなかったが、後から思い出して見ると本当に可哀相に思える。最後には不当だとわかる厳しい非難にじっと耐える姿の着物の無地の空色が、無防備な彼の気持ちを良く表していた。

七段目
出演:仁左衛門、幸四郎、福助、錦吾

よっぱらいのふりをしている由良之助。本当に酔っ払っているのか、振りなのか良く分からない。仁左衛門のふらふらした芝居に、きりっと若く剛毅な幸四郎による寺岡平右衛門。福助のお軽は甘いけれども、強い。

十一段目
出演:仁左衛門、梅玉

最後はすっきり討ち入り。長々とぐだぐだ色々なことがあったので、ここで爽快にすっきりする。雪が総てを優しく包み込むように沢山降る。歌昇の小林平八郎と錦之助の竹森喜多八の立会いは溌剌と若さに溢れてよどみが無く濁りが無い。きりきりと良く闘う。雪景色が美しい。特に最後の両国橋がすっきりと透明で、観客からも歓声が洩れていた。

3箇所に鷺坂伴内が出て来るけれども、どれもコミカルで軽くおもしろかった。三段目は橘太郎、道行は團蔵で、全部同じ人では無いけれども、どれも良かった。

09.11.07 歌舞伎座(3F幕見前)
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