二銭銅貨

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流れる/幸田文

2015-12-26 | 読書ノート
流れる/幸田文

新潮文庫

梨花という女中の目から見た芸者の世界のこまごました珍しい習慣を克明のつづった小説。梨花という一本筋の通った中年の女性は、豊かな暮らしをしつつも夫や息子を亡くしたつらい過去を持ち、今は働いて自分自身の生活を維持しなければならない。女中としてこの花街の世界に身を置いてみれば、花柳界で一芸に身を託して生き抜く女性たちを意気に感じ、その社会に共感し、また不合理でネガティブな側面にも興味を惹かれる。落ちぶれていく人たちをまのあたりにして、哀れにも、また尊敬の念も同時に感じている。

考えてみれば女性の職業とは古来限られており、花柳界はその中でも古い歴史を持つものである。職業意識を持った女性たちが長い歴史の中で作り出して来た様々な習慣や芸、あるいは気質というものに対する、同じ職業を持つ女性としての共感がこの小説の基底なのではないかと思う。

様々な職業へ女性が進出している現代にこの本を読むと、性別を超えて、職業とはどうあるべきなのか、プロフェッショナルとはどのように生きるべきなのか、ということが梨花を含めた作中人物の中から感じられて来る。

15.12.19

きもの/幸田文

2015-12-20 | 読書ノート
きもの/幸田文

新潮文庫

るつ子の子供時代から結婚までをトレースした小説で、ハイライトは関東大震災の時のエピソード。様々な体験を着物をモチーフにして語っていく。るつ子の成長の物語を作り物では無く、飾らず、率直に詳細に描き出していく。この成長を指南して行くおばあさんの指導は教条的ではなく、決して教科書的な匂いのまったくしないものである。時に、おばあさん自体が悩んでいる節もある。すべての案件が着物との係りで語られるところが、着物オタク的で面白い。

明治の気骨、江戸気質が全編にあふれている感じで気持ちがいい。きりっと、すきっと、きっぱりと。派手に飾らず、自分をおごらず、媚びず曲がらず。端正にして、毅然、誠実。

まっすぐな明治の人とまっすぐな江戸っ子は、五月の鯉の吹き流し。
こう来なくっちゃあいけねえよ。気持ちがいいやい。

15.11.28

金閣寺/神奈川県民ホール15

2015-12-19 | オペラ
金閣寺/神奈川県民ホール15

作曲:黛敏郎、指揮:下野竜也
演出:田尾下哲、装置:幹子 S.マックアダムス、衣裳:半田悦子
演奏:神奈川フィル
出演:溝口:宮本益光、父:黒田博、母:飯田みち代、
   道詮:三戸大久、鶴川:与那城敬、柏木:鈴木准
   若い男:高田正人、女:吉原圭子、娼婦:谷口睦美
   有為子:嘉目真木子

無垢の木の質感の材料でできた大きな金閣寺が舞台中央に座し、その回りを人々が動き回る。まるで観音様の手の中の孫悟空のように。金閣寺は屋根の優美な曲線以外は細かい直線で構成されていて、端然とし落ち着いている。シルエットは左右対称でも装飾は非対称。細工は細かく美しい。最後のカーテンコールでは一列に並んだ歌手たちが左右に割れて、その中央に燃えたはずの金閣寺が現れ、一身に盛大な拍手をあびていた。その後にちょっと遅れて溝口が中央から出て来て最後の大拍手となった。単にちょっと溝口の出が遅れただけなのかも知れないが、タイトルロールが溝口ではなくて金閣寺であることを思い起こさせた。

身も心もねじくり曲がっている溝口は、いわば小さな箱の中にいるような閉塞感と邪悪なストレスに攻撃されている。身も心も開放して自由になるには何か破断的な破壊的なイベントが必要だ。端正に静かに時間や事件を超越して存在する金閣寺は美しい。白無垢の花嫁。これこそ自由、無の境地の象徴でもある。

はたして溝口は自由になれたのであろうか?そんなわけはない。人間は不自由なのだ。不自由もまた美しい。

黛の音楽は現代的でお経の音が多く使われる。お経はオペラ的なので良く合う。哲学的な雰囲気になる。台本はクラウス・H・ヘンネベルクの手になるもので哲学的だ。

宮本は芝居がすごくて、溝口になりきって、カーテンコールの間中も溝口のままだった。声はしっかりとした迫力のあるバリトン。黒田の声は透明感があって美しい。与那城と鈴木の芝居も良かった。それぞれのキャラクターが良く出ていたし、宮本ともども芝居にかける意気込みの凄さが感じられて、彼らが歌手であることを忘れてしまった。

コーラスは舞台裏からが多く、多用されていてほとんどオーケストラの一部のような感じだった。演奏は炎上のクライマックスでの迫力が良かったように思う。

15.12.06 神奈川県民ホール

おとうと/幸田文

2015-12-12 | 読書ノート
おとうと/幸田文

新潮文庫

前半はぎくしゃくする4人の家族の心理を克明に表現した部分。しぐさや言葉など表面的なささいな変化を読み取って心の中を探っていくような手法。人と人との微妙な関係の難しさが感じられる。

後半は、おとうとの碧郎(へきろう)とげんの関係にフォーカスされる。結核との闘いを描いた部分で、やはり2人の心理の微細な動きが表現される。

なにものにもとらわれず、率直に心の中を正確の描き出そうとしている小説。げんの元気良さ、気丈さが印象に残る。強い。

15.11.28

史記列伝、世家/司馬遷(小川環樹,今鷹真,福島吉彦訳)

2015-12-10 | 読書ノート
史記列伝、世家/司馬遷(小川環樹,今鷹真,福島吉彦訳)

岩波文庫

長い。脚注までしっかり読んでいるとなかなか読み進まない。途中で脚注を読むのはやめた。

今も昔も人は変わらない。文明文化や社会組織は進歩したけれど、人間はちっとも進歩していない。司馬遷が今に生きていたならば、も一度同じような史記を書いたかも。

巧言令色、無為無能、悪徳や非道のものを採用し、有能な人間を使い捨てにする世の中を憂える内容のものが多く、印象に残った。司馬遷自身の挫折経験の投影らしい。このような挫折があっても司馬遷のような仕事が残せるということは素晴らしいことだと思う。

15.11.28