ニルヴァーナへの道

究極の悟りを求めて

日本の仏教者がチベット問題について中国に対して批判声明を出す

2008-04-09 23:35:59 | 仏教





作家宮内勝典さんの海亀通信では、チベット問題について積極的に発言されている。
やはり、巨大な不正が行われていることに黙ってはおられないのだろう。
四月五日の海亀日記では、次のように日本の政治家を斬っておられる。
全く同感だ。
http://pws.prserv.net/umigame/

「わが国の国会ときたら与党も野党もまるでなにごとも起こっていないかのように、つまらない政争に明け暮れている。首相も、まともなコメント一つ出していない。もちろん日中友好は大切であり、中国という巨大な市場を失うわけにもいかないだろう。

 そんな板挟みのなかでバランスを取りながら、なんらかの見解を述べうるのが政治家の力量であり、もっと露骨に言うならば、それが政治家の芸でもあるはずだ。だんまりを決め込んで、風向きをうかがっている為政者たち。まったく情けない、の一言に尽きる。」

この日記のページで、日本の仏教者がテレビで意見表明されていることを紹介してくれている。
この映像がユーチューブにアップされているということなので、このブログにも貼り付けさせてもらいます。
日本仏教は既に死んでいると思っているのだが、まだ、こういう人もいたのか・・・・。
このような勇気ある発言を聞いた日本の他の仏教者は、どういう思いでいるのだろうか。共感を覚える人も多かろうが、直ちに、頭の中で、損得勘定が迅速になされて、チベットも大変だが、われわれも将来の生活を考えていかねばならない。ここで、拙速な行動をとって中国のご機嫌を損ねては駄目だ。やはり、沈黙しておくのが得策だ。・・・・まあ、こんなところがほとんどではないでしょうか。

天台宗別格総本山書写山圓教寺大樹玄承執事長よりの声明



「いま私たち日本の仏教者の真価が問われています。
 チベットでの中国の武力行動によって、宗教の自由が失われる事に、心から悲しみと止むに止まれぬ抗議を表明せずにはいられません。私たちはあくまでも宗教者、仏教者として僧侶をはじめとするチベット人の苦しみをもはや黙って見過ごす事ができません。チベット仏教の宗教的伝統をチベット人の自由な意思で守ると言う事が大切な基本です。

 皆さんは日本の全国のお坊さんがどうしているのかとお思いでしょう。日本の各宗派、教団は日中国交回復の後、中国各地でご縁のある寺院の復興に力を注いできました。私も中国の寺院の復興に携わりました。しかし、中国の寺院との交流は全て北京(政府)を通さずにはできません。 ほとんど自由が無かった。

 これからもそうだと全国のほとんどの僧侶は知っています。そして日本の仏教教団がダライ・ラマ法王と交流する事を北京(政府)は不快に思う事も知られています。あくまでも、宗教の自由の問題こそ重大であると私は考えています。しかし、チベットの事件以来、3週間以上が過ぎてなお、日本の仏教界に目立った動きは見られません。中国仏教会が大切な友人であるなら、どうして何も言わない。しないで良いのでしょうか?

 ダライ・ラマ法王を中心に仏教国としての歴史を重ねてきたチベットが今、亡くなろうとしています。私たちは宗教者、仏教者として草の根から声をあげていかなければなりません。しかし、私の所属する宗派が中国の仏教会関係者から抗議を受けて、私はお叱りを受ける可能性が高いし、このように申し上げるのは私たちと行動を共にしましょうという事ではないのです。それぞれのご住職、壇信徒の皆さんがこれをきっかけに自ら考えていただきたいのです。

 オリンピックに合わせて中国の交流のある寺院に参拝予定の僧侶もいらっしゃるでしょう。この情勢の中、中国でどんなお話をされるのでしょう。もしも宗教者として毅然とした態度で臨めないのならば私たちはこれから、信者さん檀家さんにどのような事を説いて行けるのでしょう。私たちにとってこれが宗教者、仏教者であるための最後の機会かも知れません。

          書寫山圓教寺執事長大樹玄承 平成20年4月5日」



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