オカ姉のためいき日記

人生色々、ためいき色々。今日はどんなためいきつくのやら・・・?

3月11日からの日々(3)

2011-03-20 15:22:01 | できごと
帰宅困難。

大都市災害の問題点。鉄道各社運転休止。

その日、michaの友人も帰れず我が家にたどり着いた。
ダンナの君も霞ヶ関からの帰宅を諦め会社に泊まることになった。

我が家は築年数が古いせいか揺れがひどかったようだ。
後で聞いたが、物が落ちたり割れたりはないという人が多かった。
羨ましい。

そんな訳でmichaも友人も揺れのひどい我が家にいさせるのはいけない。
michaの自宅はというと、今まで全く地震というものを感じたことがないという。
建築業の大家さんが居を同じくしている。きっと耐震もしっかりと造ったのだろう。

とにかくあんな怖いおもいはさせたくないとmichaも自宅へ帰すことにした。
と、同時に自分もここにいるんだとしたら?と思うと震えがきてしまった。
むり、ムリ、無理!絶対眠れっこない!
私もmichaのところに行く〟と云うと、オトンは???という様子で
〝もう大丈夫だろ?なんでそんなこと云うんだ〟と呆れ顔だ。

〝ママはおかしくなってるよ。目がいっちゃってるもん〟とmichaが説得して
くれたおかげでオトンも納得してくれた。

オトンは強い。 いつもはお互いにけなしあってバトルしてるけど今回は
地震発生の時にいてくれて本当によかったと思う。
強くてドライなのは状況に応じては心強い。
けれど私の今回の〝弱さ〟はオトンにとって意外であったらしく理解するのに
時間がかかったようだ。

micha宅は思った通り人形ひとつ倒れておらず、その夜もほとんど揺れを
感じることはなかった。・・・・でも眠れなかったけど・・・・

深夜に動きだした交通機関で君も2時近くに帰宅した。
自分も疲れているだろうに〝お母さん、ゆっくり寝てください〟と言われ
なぜか急にホッとして眠ることができた。

その君が、あくる日〝ムッとした〟こと。
土曜の夜もmicha宅へ泊まることになり〝オトンもY君も一緒に行って〟と
云う私に、オトンは〝やだよ~だって枕違うと寝られないもん〟と。

<お母さんの気持ちを全然わかってやってないじゃないか~>とだったそうな(笑)

しょうがないやね~~ドライだから、うん!!
・・・・それより、自分。早くなんとかしなくちゃ・・・・
被災した方々に比べたら・・・・です。


3月11日からの日々(2)

2011-03-20 14:26:11 | その他
阪神大震災を上回るM8,8。その後M9,0に・・・・

テレビからは想像以上の大津波が襲い、言葉も出ない映像が流れる。
心の中で、逃げて逃げて逃げてと祈る。

そんな中強い余震が繰り返し、自分の心臓の音でも揺れているようで
もう感覚がおかしくなった。

いろんなことがあった。

・・・・激しい揺れの時・・・・・
飾りだなの上の観葉植物の鉢がずれてきた。
michaが〝ママ~頭にぶつかるよ~〟と叫ぶと、オトンは・・・・
〝大丈夫だ。軽いから〟 こ、このヤロ~~~~

・・・・直後の強い余震の時・・・・
君の作業所から「連絡網を回して」と電話が入る。
更に「迎えに来られない人はこのケータイ番号に連絡して。メモしてください」と。
勘弁してくれ~~~グチャグチャなのにメモする余裕なんてないよ!!!!
みんな~なんでもかんでも迎えにいけ~~~と喉元まででそうになる。
案の定、電話もケータイも繋がりっこない。もうぉぉ各自判断しようよ~~

・・・・余震の中・・・・
もう血の気がひいているのがわかる。
しかし、それから3時間、とりつかれたように片付け動き続けた。一時も休まず。
オトンは時折ソファにデンと座り〝とにかくさ~台所だけ先に片付けてよ〟とせかす。
なんでか?って・・・・
彼の頭の中はすでに〝夕食〟のことを考えていたんだ。
michaの集まりも取りやめになったため、夕食はこの〝おいなり〟でよい。
そーしたら、なんとオトンはみそしるなど作りはじめたのだ。

こんな時に、よくみそしるなんて作る気になるね!!
てっゆーかとか使う気になれないっつーの!

食べておかねばと思ったけれど喉に通らなかった。

ここらへんから私とオトンの精神状態の違いが大きいものだと気付くのだった。


3月11日からの日々(1)

2011-03-20 12:45:52 | その他
未曾有 こんなことばは聞きたくない、使いたくない。

3月11日 2時46分現実におこってしまった。

長い一週間が過ぎ、やはり書き留めておかねばと、昨夜PCにむかったものの
動悸が激しくキーを打つことができなかった。

その日、昼食を終えて自分の部屋で化粧をしていた。眉を片方描いた所で。
michaは友人達と集まるために〝一品〟持ち寄るということで、オトンと共に
いなりずしを作り終えたところだった。

とにかく地震には敏感な私は即座にストーブを消し、居間に戻った。

長い、おさまらない・・・今回の揺れははっきりと3段階にわかれていたように思う。
これはちょっと違う!と、とっさに飾りだなとテレビを押さえた次の瞬間
揺れにスピードが加わり、今までにない激しさになった。

michaは?サクヤは?と振り返ると同時に
物が落ちる音と食器の割れる音が家中に響きわたり〝もうダメかも!!〟と!

そう思って、一瞬冷静になったのか再度振り返ると部屋が引っ張られるように
動いているのが見えた。
まさに外から地震の鬼が〝どーだ、これでもか〟と嘲笑って引っ張っているようだった。

こういう時は〝キャー〟とか出ないものだ。50音の代表ア~~しか出ない。
地震の鬼を感じた瞬間、私は

くそぉぉ~  どーして~~〟と叫んでいた。

ようやく揺れがおさまるまでどのくらいかかったか・・・・
震える膝で他の部屋を見ると、物で埋まって入ることもできない状態だ。
観音開きの食器棚からは半分くらいの食器が飛び出して粉々!
テレビは転がり、家具もズレ動いていた。

今まで体験したことのない揺れであったが、頭のどこかでは
関東近辺が震源地であったなら、こんなものですむはずがないとも思った。

案の定、震源は東北太平洋。
我が家の地域は震度5弱。
だとしたら現地の状況は???未曾有の大地震だった。