なんか変わっている雲じゃないですか?
どうやってできるのか??
きのうは何とも気温の低い一日でした。正午で21.1度でした。前日は27.9度でした。そして、今日の正午は23.1度となっています。午後になって日差しが強く感じるようになってきました。
きょうから10月です。神無月です。今年もあと残すおころ3か月、たったの3か月となりました。ついきのうまで川に入った鮎釣りに夢中になっていたというのが信じられません。暦の感覚というか、時間の感覚というものは何とも不思議なものです。
自称私自分でも生まれてから後期高齢者分以上に一年というものを経験してきているわけで、その結果がこの自分であるというのがなんか嘘のようでもあり信じられません。その70有余年の積み重ねの結果がこの自分なのですよね。その間細胞は何回もすっかり生まれまわっているようですが。
きのうのことです。夕方に牛越橋の方へ行ってみたら、やっていました、そうです、芋煮会です。若者たちの特権化のようになってしまっていますが、けっしてそんなことはありません。老いも若きも男も女も河原での芋煮は楽しめます。
きのうの夕方近くの気温は21度ですか。河原としては決してあったかくはないですが、石を回してかまどを作り、大きな鍋を使っての芋煮作り、作りながらはお酒も入るでしょうから周りの人たちは寒くはないかな。
(上と同じ場所です。)
そういえば、毎年服を着たまま川に入ってバカ騒ぎをする若者たちがいたなあ。そういうバカ騒ぎをする若者たちはこれから出てくるのかな、天気次第でしょうが。
これは牛越橋からの帰りの風景です。こういう家族の風景はあまり見なくなりましたねえ。
スマホというのが今時です。
堤防のコスモス・秋桜もきれいです。オオスカシバも好きなようですし。
秋桜というと山口百恵さんの歌が有名ですね。絶好調の時に突然マイクを置いてしまいました。あの潔さには脱帽ですね。世の政治家のというか2代3代と家業として引き継いでいる政治屋の皆さん、少しは見習ってほしいものです。
こんなこと言う方がおかしいと一蹴されそうですが、今ほどいろんな場面で無責任な時代はないですよね。その筆頭は、先頭を走っているのは鉄面皮の家業としての政治屋のみなさんでしょう。
何をしても何を言っても政治屋は許される、という責任なんて言う言葉ほど無縁な存在の家業としての政治屋を何とかして一掃したいものですが、如何せんそんな政治屋に投票するのもまた哀れな国民、結果として自分で自分の首を絞めているのですからね。何をかいわんやです。
こんな日本に嫌気がさして人口も減っていこうとするわけです。百恵ちゃんの後は政治屋のことを書くつもりはなかったのです。もうひとりのもったいない歌手”ちあきなおみ”さんのことをちょっと触れようかなと持った次第です。
ふとしたことから聞く機会がありました。YOU TUBEですが、『ねえ、あんた』という歌、いやあ参りました、圧倒されましたね。8分か10分近くの長い長い歌なのですが、開戦直後の日本の女が生きていくために、いかに苦労したか、好きな男につくすことにどれだけ神経をすり減らしたか・・・・・。
なんという情感の込め方というべきか、心臓をつかまれたような気がしました。これぞ歌の歌い方という見本か。いやそれを超えています。戦後のごたごた、社会での女の位置づけ、扱われ方、身を売らなければ生きていけなかった当時の状況、赤線というものがまだ存在していたことを知っている最後の世代かなあ、もしかしてわれわれ団塊の世代は。
アメリカと戦争をしたことさえ知らない世代があるということを聞いたのはもう割と前のことですね。今はどうなっているのか?