お昼のテレビのニュース速報で、水木しげるさんが93歳で病院で亡くなったことを知りました。 心不全とのこと。 恐れていたことがやはり起きてしまいました。 高齢だからいつまでも長生きすることはあり得なのですが、でもまだ生きていてほしかった。 亡くなるのはまだ早かった。 こういう時代だからこそもっと長生きしてもらって、戦争体験者としてもっともっと発言してほしかった。 惜しい、悔やまれます。
水木しげる(以下呼び捨てをご容赦ください)との付き合いは子どもが小さいときの「墓場の鬼太郎」、そして何といっても「ゲゲゲの鬼太郎」でしょうか。 一緒にマンガも見たし、テレビ放送も楽しみに見ました。
そしていつしか鬼太郎や一反木綿、塗り壁とかの絵も、子どもには自慢できるくらいに上手く描けたりしたものでした。子どもと競い合って「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる妖怪たちの絵を描きました。 懐かしい思い出ですが、その後子どもたちは「鬼太郎」を卒業して、別の漫画の主人公等に興味が行ってしまいました。
でも私は”水木しげる”本人に興味を示し、著作を購入したり、ときどきの発言に注目していました。アジア太平洋戦争では南方戦線で筆舌に尽くせぬ苦労をして、片腕を無くしての生還。その経験からつむぎだされる戦争の非情さ理不尽さをマンガという媒体を使って発信してきました。稀有な漫画家ですし、神秘家というか幽霊やお化けを身近なものとして紹介してくれたことはとっても大きな功績(失礼ですが)でしょう。
茶の間のそばにある本棚を探しただけでもこれだけの本が見つかりました。 順不同で紹介しますと以下の通りです。
角川ソフィア文庫 ①~④
角川ソフィア文庫
講談社文庫 「戦記ドキュメンタリー」から
確かもっとあって、「総員玉砕せよ!」という本もあったはずです。
河出文庫
これは全8巻の大著です。 講談社文庫 1994年発売
これは今年の秋の出版ですが、帯に書かれているとおり、戦後日本の姿がマンガで辿れるようになっています。 13人の漫画家が戦後のじだいを象徴的に描いています。 一見の価値があります。
これは今年の6月11日の朝日新聞の記事です。召集されラバウルに派遣される直前に書いた20歳の時の日記が見つかったというものです。 ご本人は書いたことをすっかり忘れていたと言っているようですが。
長女が古い手紙を整理してる時に見つかったとのことです。
取材に対して、このように言っています。
『知り合いが次つぎに戦死するなかで、旗を振って見送られるのを想像すると、何か書いていなければ不安に押しつぶされそうだった。』
『「お国のために」という言葉のもとに、まともに物を考えることを封じられている時代だったからね。』
『殴られても、低能と言われても、自分の頭で考えることだけは、やめなかった。』
そしてこれが新聞記事になった20歳の手記の全文が掲載されている角川新書です。 今年の9月10日初版発行です。
第一章が「水木しげる出征前手記」で、第二章は「青春と戦争・・・水木しげる出征前手記の背景」、第三章「水木しげるの戦中書簡」、第四章「年表 水木しげると社会情勢」という構成になっています。 荒俣 宏さんは水木しげるを師と仰ぐ作家です。
(都合によりここでいったんアップしておきます。スミマセン。)
1942年(昭和17年)10月に、2日から日数にして19日分、17日はこの新書で9ページ分もあるかと思うと、20日のように1行だけの日もあります。
ニイチェやキリスト(教)、釈迦(仏教)、ゲーテの言葉の意味を激しく推敲し、論じる姿はまさに求道者そのものです。そして哲学や芸術論も論じます。 漱石やハムレットも出てきます。
【二日】 今日も恥多き日だった。結局人間は馬鹿だ。 人間を去れば恥も失せるだろう。 (という文言からはじまります。以下略)
【六日】 ・・・・・・。
毎日五萬も十萬戦死する時代だ。芸術が何んだ哲学が何んだ。今は考へる事すらゆるされない時代だ。
画家だろうと哲学者だろうと文学者だろうと労働者だろうと、土色一色にぬられて死場へ送られる時代だ。
人を一塊の土くれにする時代だ。
こんな所で自己にとどまるのは死よりつらい。だから、一切を捨てゝ時代になってしまふ事だ。
暴力だ権力だ。そして死んでしまふ事だ。
それが一番安心の出来る生き方だ。
音楽や絵画の余地はない。
泣く余裕もない。青ざめて戦ふ事だ。勝つ事だ。
(之は国家の事ではなく個人の事だ)
将来は語れない。考へられない。後は後の事だ。
過去も未来もない。現在を唯戦ふ時代だ。 (以下略)
【十六日】・・・・・・。
時は権力の時代だ。独ソ戦を見よ。大量に人を殺してしまふ。
こんな時代に自己なんて言ふ小さいものは問題にならぬ。
希望だ理想だ、そんなものは旧時代のものだ。
現在と言ふ現実をみれば、どんな将来の希望も吹つ飛んでしまふ。だからこんな時代に自己にとどまつて反省なぞと言ふやうな事をしていれば不安で仕方がない。
時代は勇気だ。馬鹿でも何でもいゝ。
時代に順ずるものが幸福だ。
現実をみよ。
個人の理想なんて言ふものは、いれられるものではない。
恐ろしい時代だ、四方八方に死が活躍する。
こんな時代には個人に死んでしまふ事だ。
そうでない限り、不安で不安で仕方がない。
キリストやゲーテの時代をみるな。又彼らの語に従ふな。それより現実をみよ。
ヤケになる事が救ひだ。 (以下略)
・・・・・・・
・・・・・・・
そして最後の十一月七日の最後の言葉はこうです。
『幾萬と重なる罪業の負債を、生ある限りをつくして支払ふならば死ぬ資格もあらう。』
どうですか、読んでみたいと思いませんか?
水木しげる(武良 茂)さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。 合掌