鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

Freude ! 楽天GE

2010-06-05 21:53:55 | お知らせ

 なんですか、東北楽天ゴールデンイーグルスはセ・パ交流戦でトップ、第一位、てっぺんに上り詰めてしまったとか?!信じられない、これこそ Freude !そのもの。

 ま、このまま続くとはとても思えませんが、それでも久々に嬉しいことです。明日から巨人戦ですか。ここで勝ち進めば本物かもしれません。

 今月の1日に舞踏家”大野 一雄”さんがなくなったと知りました。今日の朝日新聞でも、「大野一雄氏を悼む」と題して、細江英公という写真家、石井達朗という舞踏評論家が追悼文を書いています。

 肉体は衰えても冴えていく表現(細江)、いのちを慈しみ作為とは無縁に(石井)

 身体を真っ白に塗って踊る姿が写真に載っていますが、その姿を見ているとどうしても数十年前のことを思い出します。大野さんは103歳で亡くなったということですが、それから逆算すると50年以上は前のことということになるでしょうか。55年以上前かな。とっても不思議なことを経験したのです。その印象が強烈なため50年以上も経っている今も意外とはっきりと覚えているのです。その人が大野さん本人かどうかは分かりません。そのとき話をしたわけではないし、ましてや名前を聞いたりしたわけではありませんし。でも、私の中では同じ人ではないかなあという思いが強くあるのです。でもそのときの、その人の年齢は50歳前後とは見えなかったようにも思うので悩んでいるところなのですが。前置きがまたまた長くなってしまいました。

 10歳未満、小学校の低学年の頃だったと思います。季節は分かりませんが、冬ではなかったです。暑くもなかったように思います。場所は広瀬川の河原です。丁度このブログで何度も紹介している澱橋の上流付近だったと思います。悪がきどもで屯(たむろ)して河原で遊んでいました。

 そのときどこからともなく音楽が流れてきて、しかもその音楽がクラシックはもとより童謡でもなく、演歌でもポップスでもない不思議としかいいようのない自然とマッチしたような音楽が流れてきました。ラジカセのようだったと思いますが、その当時ラジカセがあったのかどうか、定かではありません。でも音楽が流れてきたのは確かなことで、誰かが生演奏しているものでもありませんでした。

 そして、ビックリしたのが全身を真っ白に塗りたくった男、痩せ型の男が一人、河原のなかにそれこそ躍り出て、音楽にあわせて何やら踊りだしたのです。いわゆる普通のダンスや踊りというものではありません。何か自分の体の中から出てくるもの、感じているもの、表現せざるを得ないようなものを手や足、身体を使って踊りだしたのです。身体をクネクネ動かし始めたといってもいいのかも。

 裸に真っ白ということではなく、当然顔は真っ白でしたが、手や足も真っ白だったです。白い着物を着ていました。草が生えているところで自然に踊りだしたのです。人集めの宣伝はしていません。どこからともなく聞こえてきた音楽にあわせて身体を反応させ始めたと言ったほうがいいのかも。

 どんな音楽だったのか、どんな踊りだったのかは分かりません。しかし、感じたのは全く今まで感じたことのない踊りだったのです。半ばビックリしながら、何だ何が始まるのだといった野次馬感覚でその人の周りに集まりました。いろんな人が集まってきました。彼を中心にして、遠回りに円陣を組むような感じで見つめる、凝視する感じで子どもも大人も集まっているわけです。

 そのときの周囲の様子は、誰も声を発することもなく、ただただ静かに、ある意味圧倒されたかのように佇んで見守っているわけです。

 何分くらい踊ったのでしょうか。長かったような短かったような何ともいえません。ただ確かに周りの人たちは静かに見ていました。引き込まれていたということでしょうか。これが、それが何とも不思議なことなのです。変な人だなあとは当然思ったと思います。でも、それ以上に何か周りの人に訴えてくるものがあり、それが静寂さを要請していた、強制していたのかもしれません。

 そして踊りが終わったあとは、周りにいた人たちが小銭を投げ入れたわけです。私も貧乏な生活の中でいくらかは寄付したと思うのですが、いくらだったかは覚えていません。というかそれ以上に、そのときポケットにお金がなかったので家に帰って小銭をもってきて差し出したような気がしているのです。その当時そこまでするかといわれれば自信は揺らいでくるのですが、それだけそのとき周りの人たちを圧倒したのだということだけは確かだと思います。何とも不思議な「気」というべきなのか、格好よく言えば「感動」、それも魂を揺さぶるような感動を、有無を言わせずに与えてくれたというのかもしれません。

 ここまで長々と書いてきましたが、読んでいてそのときの雰囲気が何となくお分かりになったでしょうか。無理でしょうね、私の文章力では。すみません。

 細江さんはいいます。「大野さんは、指先だけで森羅万象を表現できるアーティストでした。」

 石井さんは、「大野さんは、ひとつひとつの動きのなかで、魂を、いのちを慈しんでいた。作為とは無縁。」と。

 二人の追悼文というか解説を読んでいくと、ますます確かにあのときのあの白装束の男の人は亡くなった大野さんではなかったかと思ってしまうのですが。考えすぎでしょうか、思い上がりでしょうか。

 久し振りに文章だけでわりと長く書いてきました。このところこのブログは長期低迷しています。それが実力?なのでしょう。民主党は、鳩山から菅に代わって支持率はどこまで回復するのか、興味がありますが果たしてどうなるか。お裾分けをしてくれるのか、そんなわけないのに。ここまで読んでくれたみなさん、ありがとう、本当にありがとうございます。本番のアユ釣り解禁まであと25日、今年のアユ釣りは一体どうなるのか、心配でもあります。でも解禁日からがこのブログの本領発揮となるはずで、7月から9月までの3ヶ月間、これこそが真剣勝負なのです。その節はよろしくお願いします。

 

コメント (2)
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