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志情(しなさき)の海へ

かなたとこなた、どこにいてもつながりあう21世紀!世界は劇場、この島も心も劇場!貴方も私も劇場の主人公!

まだ落ち込んだ気分で与那原恵の【美麗島まで】を読むと近代沖縄、台湾、東京の色が見えてきた!

2011-04-06 11:13:09 | 書評
おそらくわたしの現在は落ち込みの中に在り続ける。そのままどこまで押し流されていくのだろうか?小さい頃川の近くに住んでいた。そして大津波で家の中の家財のほとんどが流される体験をしたことがある。「あの頃大事な写真がその時に消えちゃったね」と、母が言った。つなみの恐ろしさは直に体験したはずだったが、川から押し寄せてくる水は子供のころは恐怖ではなかった。引っ越しと暗い避難場所の祖母の家での子供の遊びが念頭に浮かぶ。つなみが去ってその後、道より低い位置にあった家は中学生がやってきて家の中を片付けてくれていた。おだやかな川にマングローブが繁り、時にその川で泳ぎ、白鷺の足を捕まえようと遊んでいた小さい頃の思いでーー。(幼い頃の自然との戯れについては書き留めたいと思う)

しかし、なぜか世の中が自粛ブームなのも理解できる。心が晴れないのは、すでに既視体験となってしまった映像が何ども浮んでくるからなのかもしれない。現代文明・利器がもたらした集合的感染の影響かもしれない。かなたとこなたは遠くて近い!

日々変わってくる報道(それもじっくり見てはいない)があり、もはや世界は物凄い早さで連動しあっている、その事が大きい。日本の原発報道より海外の報道が信頼できそうな気配の中にある。

1年の全てのプログラムが始まる4月・春の到来である。しかし気分は盛り上がらない。ただいろいろとこの地球に住んでる、生かされていることを根から問い直す時なのだと考えたりしている。

さて冒頭の文庫本を読んだ。以前にも読みたいと思いつつ結局目を通さなかった与那原恵の主に家族の系譜をたどったエッセイだが、興味深くさらっと読めた。戦前の沖縄の首里士族の一つの家族の物語で、私が研究対象としている芸能や演劇の歴史も断片がキラキラとここそこで何かを暗示させる。

舞台女優だった南風原夏子の存在がある。松井須磨子と舞台に立った近代沖縄の最初の女優の姿が浮かぶ。そして台湾の物語が重なる。植民地台湾の歴史が興味深く、戦前多くの沖縄人がまた学校の教員として、軍人として、女中として働いたという台湾の姿が顕れる。与那国と台湾のつながりの歴史も含め、もっと台湾と沖縄の関わりを知りたいと思った。

台湾でやはり教育に従事していた先祖がいて、また父は台湾で軍人としての日々を送っていた。琉球人と台湾人の絡み、日本人とは異なるからみあいの妙味など、もっと掘ってみたいと思う。

医者として台湾で羽振りの良かったような恵さんの祖父南風原朝保の63年の生涯もハイカラなイメージの中で沖縄の謂わばエリート層の人生が滲んで見える。その弟朝光は真喜志康忠さんのお話の中にも出てきた。南風原朝光が建てたという劇場の事などがあり、なおさら興味を惹いた。画家の南風原朝光が真喜志康忠にほれ込んだというエピソードなどいいね。東京で演劇を良く見ていたのらしい朝光がいる。

与那原恵さんのこの書物は、53歳の若さで病死したお母様の里々さんにたどりつくためのような、自分のルーツ探しのようなエッセイ集である。それが沖縄・台湾の近現代史を彷彿させる。一部訂正した方がいいのではと思える文面もあるが、その辺はこちらで埋めることが必要なようだ。

表紙の女性、恵さんのお母様の表情は憂いが漂っている。2歳で母夏子を失った里々(りり)がいて、また5人目の子供を産んでその子が12歳の時に病死した里々がいる。沖縄島に来たら自分と似た人間が一杯いて、という恵さんの率直な声がいい。東京に住む沖縄ディアスポラ・与那原恵さんの心根が懐かしく感じられる。

それにしても人が次から次へと死んでいくという単純な事実の前で、あなたもわたしも死ぬ人なのだが、なぜかむなしさのようなものに包まれる。

自らを求める旅、人其々の旅、永遠の旅、永遠の生、永遠の死がある。
与那原さんはこの書で祖母・夏子、母・里々の人生を永遠の中に留めたのである。もちろん南風原朝保・朝光もーー・

単に一つの家族の物語が他者と共有できる物語になるために苦労されたのだろう。示唆的なノン・フィクションである!


家の中から外を見ると桜の若葉とブーゲンが春を感じさせた!

今ブーゲンのピンクや赤の色が目を楽しませる4月

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