続・黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

上野国山上・葛塚城堀之内に住んでます。ひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

北仙台東昌寺・支倉常長の墓

2023-11-25 13:49:01 | みちのく紀行

寒い寒い朝です。

ひめちゃんは天神田を歩きます。

カラス以外は、もうまったく鳥さんは見かけないね。

 

振り返って赤城山です。

曇に覆われてる。

曇が流れてる。

 

庚申塚古墳を通って帰ります。

やっぱり、赤城山は吹雪いてるようです。

そろそろタイヤ交換を考えないとね

 

ひめちゃんちの枇杷(びわ)の花が咲いてきました

今年はいっぱい実を付けてくれました

来年も、よろしくね

 

 

 

仙台3日目、ホテルをチェックアウトして、仙台駅に向かいます。

市バスのデザイン、昔のままです

午後の新幹線まで、もう少し仙台を探索です

 

 

まず、その存在は知っていましたけど、今だに行ってない支倉常長(はせくらつねなが)の墓に詣でましょう。

支倉常長の墓はいくつか説があるようですけど、北仙台駅近くのお墓を訪ねます。

 

駅でコインロッカーに荷物を預けて、仙山線で北仙台に向かいます。

仙山線で2つめ、東照宮の次の駅が北仙台です。

支倉常長の墓の案内は一切なしです

 

ストリートビューの記憶を頼りに、進みます

東昌寺の境内に到着です。

ここにも、案内はありません

 

見当を付けて、奥へ進みます。

やっと支倉常長の墓⇒がありました

説明板と大きな碑があります。

支倉六右衛門常長は、伊達政宗の命を受け、慶長18年(1613)に慶長遣欧使節として180余人の使節団を率い宣教使ソテロを案内人として、牡鹿郡(現石巻市)月浦を出帆、太平洋と大西洋を横断して元和元年(1615)スペインのマドリードでイスパニア国王フエリペ3世に謁見しました。・・・・・・

 

碑の文字はよく見えませんけれど、彼の事蹟が記されているのでしょう。

鎖国へと向かっていた時代、帰国後は大変だったでしょう。

でも、広い世界を見て来た彼は、不遇でも冷静に過ごせたことでしょう。

合掌

 

側の碑にソテロの文字があります。

支倉常長らを案内して、太平洋・大西洋を渡ったのですね。

鎖国・キリスト教禁止の中で、後に彼も捕らえられて処刑されたとか

 

前日、仙台駅の書店で、『宮城の教科書』(JTBパブリッシング 2023年6月1日初版発行)という本を購入してました。

その中に、慶長遣欧使節のルートがあります。

400年前に、こんなに広い世界を旅してきたのです

 

『群馬の教科書』も、ありそうです。

先日、やっと見つけて購入しました

知っているようで知らない地元の事が、分かり易くコンパクトにまとまっています

 

 

駐車場の奥には、子育て観音かな?

合掌

 

北仙台駅に戻って、東照宮駅で降りて、仙台東照宮に詣でましょう

 

 

(つづく)

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