ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ます。
ひめちゃんは、さっそくご褒美の催促です。
タバちゃんが出たから、アタチがもらうのでふ
何時の間にかへんな習慣が出来てしまいました。
天神田を歩いて帰りました。
ムーハウスガーデン、花盛りです
ボタンの花芽も膨らんで来ました
サクラソウも咲き始めました
他の色もあったと思うけど
先日、高津戸の阿弥陀堂を参拝しました
自音寺の和尚さんのありがたい法話も聞けました
以前、自音寺は昔、粕川村の田面(たなぼ)にあったと聞きました。
そして、村主神社で出逢った老人に、自音寺沼の場所を教わりました。
ちょうど5年前の春、自音寺沼にたどりつきました
自音寺沼にたどりつきました
久しぶりに行ってみよう
4月11日、上毛電鉄・膳駅の脇を南に下ります。
まもなく神社があります。
「ちょっと失礼します 後で参拝します」
駐車して、記憶を頼りに沼の方に進みます。
沼の管理用のボートでしょう。
桜の向こうの沼は、戦後水不足を補うために掘ったとか。
ここではなく、北側の沼が、自音寺沼だと教わりました
北側の沼、周囲が歩けそうだけど、固く門戸を閉ざしています
伊勢の森沼ですって
何時の間にか、名称変更です。
すぐ北を走る道は、県道3号線です。
厩橋城(群馬県庁)から、ひたすら東に走ります。
『大間々町誌基礎資料・大間々の社寺』には、
「自音寺伝記」によれば、自音寺はもと勢多郡粕川村田面にあった寺院で、建長二年(1520)に創建された。その後、永禄十年(1567)に上杉・武田が度々合戦に及んだとき、上杉方の武将安田左馬之助が渋川義将に敗北し、厩橋城に戻る途中自音寺に宿陣した。そのことを知った渋川は自音寺に放火し~(中略)~粕川村の旧自音寺跡地には「自音寺跡」の標識が立っており、近くには自音寺沼がある。
との記述があります。
県道3号線は、文化と軍隊の来た道なのです
さて、戻りましょう。
南の沼の南東に碑が見えます。
なんとなく「伊勢森」のような
そこの神社は、たしか神明宮でした。
神明宮の森で、伊勢の森かな
あの時あのおじいちゃんに逢わなかったら、自音寺沼にたどり着けませんでした。
奇跡の出合いだったかも
(つづく)