初めてのパリ旅行で泊まったホテルは、セーヌ川にかかるビル・アケイム橋近くのオテル・ニッコー・ド・パリ(日航パリホテル)だった。
たまたまだが、「太陽がいっぱい」の続編にあたるパトリシア・ハイスミスの小説「贋作」をヴィム・ベンダースが映画化した「アメリカの友人」に登場する。
設計は故黒川紀章大先生だ。
カーテンを開けると、セーヌ川を挟んだ対岸に巨大な円形の建物がそびえている。
あれがゴダールの「アルファヴィル」の舞台となったラジオ・フランス(国営ラジオ局)か。
訳もなく高揚してきた僕はひとり薄暮の街に出た。
少し歩くと、小さな書店があった。
面白そうな表紙の本が並んでいたが、当然中身はフランス語で、セルジュ・ゲンズブールの上下2巻の歌詞集だけ買って出ようとした僕は、出口近くに置かれた大判の本に目を奪われた。
「ローラ殺人事件」(1944年)のヒロイン、ジーン・ティアニーのフィルモグラフィー(作品解説書)だった。
まだインターネットは普及しておらず、もちろん、アマゾンもなかった。こういった本に出くわすのは、まさに運だと言ってよかった。
特に、ジーン・ティアニーは日本未公開の出演作が多く、80年代半ばに突如再評価のブームが起こったエルンスト・ルビッチ監督の「天国は待ってくれる」(1943年)や日本未公開だったのがやはり突然劇場公開されたジョン・フォードの「タバコ・ロード」(1941年)、あとは「地獄への逆襲」(1940年、主演ヘンリー・フォンダ)、「剃刀の刃」(1946年、タイロン・パワー)、「幽霊と未亡人」(1947年、レックス・ハリソン)、「街の野獣」(1950年、リチャード・ウイドマーク。デ・ニーロ主演でリメイクされている)といった、名優の相手役としての出演作がちらほらと観れる程度だった。
それがこのフィルモグラフィーによって彼女のキャリアの全体像を俯瞰することが可能になったのだから、本当に嬉しかった。このあとどれほど役に立ったことか。
時は流れ、現在、毎日弱々しくため息をつきながら書斎の処分を進めているのだが、たぶんこの本は最後の一握りにまで残るのだろうな。
「アルファヴィル」(1965年)
1988年公開時のパンフレット(日比谷シャンテ)
南部のプア・ホワイトの娘役。