昨日から降り続いた雨で天の川は茶色い濁流となっていた。
河原に置かれた近所の子供たちの遊具が気になって朝早く家を出てきた私は、川上から流れてきた黒い物体に目を見張った。
牛だった。
私はたまたま岸辺近くまで流れ着いた、牛の鼻輪についた長い縄の端を膝まで水につかりながら掴むと、力の限りそれをたぐり寄せた。
運よく牛は私を起点として川の真ん中から弧を描くようにして岸辺の先へたどり着くことができた。
駆け寄ってみると、牛は目に涙とともに感謝の色を湛えていた。
私は愛おしくなって彼の背中を何度もさすった。
すると私の背後から、ずぶ濡れの男が近づいてきた。
ありがとうございます、ありがとうございます、と男は繰り返し頭を下げた。
「これはきみの牛か。」
はい、私は向こう岸に住んでいる牛飼いの牽牛と申します。
「ああ、きみが有名な牽牛か。
そういえば、たまに向こう岸でぶらぶらしているのを見るな。」
自然と私の口調は厳しくなっていた。
「きみ、今は七夕でもない10月だっていうのに、こちら岸に渡ってきたら、厳罰ものじゃないのか、こうして牛も死にかけて、これでは織女に1年に1度どころか二度と会えなくなってしまうぞ。いったいどういう考えなのだ。」
すみません、今朝テレビを点けたら彼女の住む町の役場が水没しているってニュースで見て、いてもたってもいられなくなったんです。
そうしたらこの牛が、自分は泳ぎが得意だから背中に乗れ、というもので。
私がにらみつけると、牛は目をそらし尾を振りながらその大きな体を縮めた。
「そうだったのか、そんな事情なら、私も納得できる。若さっていいな、こんな無茶ができて。それにしても、きみをそれほどまでに夢中にさせる織女さんって、どれだけ魅力的なのだろうね?」
彼は顔を赤らめるばかりで、口を開かなかった。