ミューズの声聞こゆ

なごみと素敵を探して
In search of lovable

このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。

大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。 また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。

名刺

2018年02月08日 | 珠玉

 やはりこのひとだった。

店のドアを開け、私の顔を見ると軽く頭を下げて、いいですか?と訊いた。

バーバーチェアに掛けた彼に、私は先日留守にしたことを詫びた。

いえいえ、せっかくなじみになったところなので、辞められたのなら残念だなと思って、ピンチヒッターの方に尋ねたんです。

私は手を動かしながら、この店に来た経緯を話した。

「実は僕も隣町から週に一回、土曜に来ています。こちらにある会社から書類の整理を依頼されていて、本来休みの土曜日を利用して。

それがだいたい午前中で終わるので、そのあとゆっくりお昼をとったり、散髪したり、気が向くと映画を観たりして、すぐには帰らないかな。」

そうでしたか、こんな偶然もあるのですね、と私は答えた。

じゃあ、これからはきみの実家のお店へ行った方がいいだろうか、と尋ねられたが、なんとなく母や同僚たちに引き合わせるのがためらわれ、引き続きこちらのお店へいらしてほしい、と私は言った。

そして思い切って、これまでほとんど使ったことのない店名入りの名刺を差し出した。

「こないだのように留守にしては私の一番の常連さんに申し訳ないので、今度からはいらっしゃる前の日にでも予約の電話をいただけませんか。」

鏡の中の彼の目が心持ち大きくなった。

これは大変失礼した、こういう大事なことは本来、男性である僕の方から申し出るべきなのに、申し訳ない。

そう言って名刺を取り出そうとした彼は、今、自分がエプロン姿なのに気づいてバツが悪そうな顔をした。

コメント
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