seishiroめもらんど

流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

ユーリンタウンはどこにある

2009-06-09 | 演劇
 6月5日、高円寺に新しく出来た劇場「座・高円寺1」にて流山児★事務所公演「ユーリンタウン」を観た。
 オフ・ブロードウェイのアングラ小劇場で爆発的なヒットとなり、2001年にブロードウェイ進出、2002年トニー賞を脚本・楽曲・演出の主要3部門で受賞したミュージカルの名作を坂手洋二の上演台本、流山児祥の演出により、小劇場の役者、ミュージカル俳優50名が入り交じって創り上げた「オレタチのブロードウェイミュージカル」である。
 脚本・詞:グレッグ・コティス、音楽・詞:マーク・ホルマン、翻訳:吉原豊司、音楽監督:荻野清子、訳詞・演出補:浅井さやか他。

 「ユーリンタウン」とは、直訳すると「ションベンタウン」なのだそうである。
 舞台は近未来の架空都市。地球が旱魃に襲われ、水飢饉のなか節水のために水洗トイレが廃止され、誰もが有料公衆トイレの使用を義務付けられた監視社会。それを変革しようとするホームレスたちが自由を求めて立ち上がる。
 すべてのトイレを管理しているのはUGC社。そしてこの恐ろしい監視システムを賄賂によって作り上げたのがUGC社長クラッドウェルその人である。
 貧民街では、金がないためにトイレを使用できないホームレスたちが大騒ぎ。そんな彼らを管理人ペニーは容赦なく取り締まる。そんななか、ペニーの助手ボビーの父親が立ちションをして逮捕され、「ユーリンタウン」に送り込まれてしまう。失意のなか、ボビーは美しい娘ホープに出会い、「革命」に目覚めるのだが、ホープはクラッドウェルの愛娘なのだった・・・。

 率直に言って、この舞台は傑作であると断言してよいと思う。
 実はフレッド・アステアをはじめとする往年のミュージカル映画大好きの私なのだけれど、日本のミュージカル、とりわけいかにも音楽大学で正規の発声を学んできましたという感じの個性もなにもないのっぺりした舞台には辟易していた。
 この作品はそんなモヤモヤ感を吹き飛ばしてくれる舞台である。踊れない俳優、歌えない俳優がいたっていいのだ。このミュージカルには熱い志が横溢している。
 好演者の多い流山児組の俳優たちだが、なかでもクラッドウェルを演じた塩野谷正幸が奇怪な存在感を発揮して出色である。決して器用な俳優ではないのだが、最近の彼の舞台のなかでも得がたい役どころだったと思われる。

 実はこの作品にはいくつもの先行する作品のパロディーが楽曲に潜んでいるようなのだが、それを読み取る、あるいは聴き取る力が私にはない。
 けれど、ミュージカルという形式そのものをひっくり返すような仕掛けがこの作品には仕組まれているのだ。メタ・ミュージカルとでも言えるような、ミュージカルの常識を裏切った構造が露呈するエンディングは爽快ですらある。
 それでいて、ちゃんとミュージカルとしての見せ場もしっかりと作りこまれている。50人の俳優の群集劇として成立させた演出の手腕、舞台上の俳優たちがいくつかのパートに分かれながら同時にさまざまな感情を表出させるシーンのハーモニーの美しさはミュージカル=音楽劇ならではのものだ。

 私が訪れた日は平日だったので観られなかったのだが、週末には開演前、劇場の内外で高円寺阿波踊りや中野エイサー、大道芸人、パフォーマー、ダンサーたちの繰り広げる「祭り」も同時開催されているそうだ。
 「劇場は市民のための広場であり空き地である」と言い切る流山児祥の志と仕掛けにも拍手を送りたい。
 青白いアート至上主義に引き籠もるのではなく、大衆受けに迎合するのでもない、聖も俗も併せ呑みながら、あらゆるものを巻き込む熱としたたかな戦略がそこにはある。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿