坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

アメリカで発見され、ダ・ビンチ「救世主」と確定

2011年07月13日 | アート全般
ルネサンスの三大巨匠の一人、レオナルド・ダ・ビンチの油絵作品は寡作として知られ、超完璧主義であったダ・ビンチは、もっとも完成作の少ない巨匠と言えるでしょう。
万能の天才といわれ、天文、風や水の動態、動力、鳥の生態、人力飛行機の考察など、有名な『手稿』には人体や自然を観察した結果を写し出すだけでなく、まだ形になっていないアイデアを視覚化するために素描が多く残されています。
宮廷画家として、また都市計画、軍事兵器なども研究し、安定した宮廷芸術家としての職を求め、ミラノからフィレンツェ、そしてヴァティカンを経て、晩年はフランスへと遍歴をかさねたことも知られています。
このほどアメリカで発見されたダ・ビンチの「サルバトール・ムンディ」(救世主)は、彼の真作と確定され、ロンドンのナショナル・ギャラリーで11月に展示されることになりました。
この作品は、キリストが右手を天に向け、左手に水晶玉をもつ胸像で、制作年は、1500年頃となり、あの「モナリザ」が描かれる3年前のフィレンツェ滞在中と思われます。
17世紀イギリスのチャールズ1世が所有し、18世紀半ばに競売にかけられ、1900年には作者不明のままイギリスのコレクターが所蔵していたそうです。2005年にアメリカのオークションで現在の所有者に渡り、専門家が調査しダ・ビンチ作品と確定しました。

ポール・セザンヌ「赤いチョッキの少年」

2011年07月12日 | 展覧会
現在、国立新美術館で開催中のワシントン・ナショナル・ギャラリー展は、数日前に入場者数10万人を突破ということで、やはり印象派・ポスト印象派のビッグネームが並ぶ展覧会は根強い人気だと感じました。
コローの〈うなぎを獲る人々〉の深い森の川辺で漁をする家族の様子をとらえた作品から、ゴッホの〈薔薇〉の緑の筆線と白の対比が鮮やかな作品など、ほぼ50年の間に印象派の誕生から絵画の近代化が進み、次なる新しい視覚への冒険であるモダニズムの歴史がひも解かれます。
絵画は対象のイメージを再現するだけでなく、線と色彩の自律したコンポジションへと20世紀の橋渡しをしていきます。その大きな存在となったのが、ポール・セザンヌです。富裕な銀行家の息子として生まれたセザンヌは、プロヴァンスに引きこもりエクスの山のシリーズや夫人の肖像画をもとに、印象派の光の移ろいを重視した方法論を土台に、より構築的な絵画構成を目指していきます。
掲載の「赤いチョッキの少年」1888-1890年。この作品は、美術史上においても重要なポイントになる作品です。イタリア人少年をモデルにパリに滞在していたときに制作した4点の油彩画の中でもっとも大きな画面の作品です。鮮やかな赤のチョッキが周囲の寒色系の色調にアクセントとなしています。片方の足に重心を置き、腰に手をあてたポーズは古典的なスタイルの肖像画のものでありながら、平面化された室内空間における色彩のタッチとほとんど抽象化された背景は、抽象化が進むリンゴの静物のシリーズへと展開していく要素をはらんでいます。
同展は、美術史的な重要な作品というだけでなく、好きな作品を1点選ぶとなると困ってしまうほど、見どころの多い内容となっています。

◆ワシントン・ナショナル・ギャラリー展/開催中~9月5日・国立新美術館 
 9月13日~11月27日・京都市美術館

歳時記と日本画

2011年07月11日 | 展覧会
やまと絵や花鳥画、季節の移ろいのなかで伝統的な行事にテーマをもとめてきた日本画は、現代においても四季の自然の移ろいは重要なモチーフとなっています。
七夕は過ぎてしまいましたが、掲載の宮北千織さん(1967年~)の「天の川」は、笹に願いをかいた短冊をつるし、若い女性が両手をそっと合わせています。日本画の印象派とも言うべきロマンチックな色彩のにじみを生かした筆触で、女性の心を映し出すようです。
宮北さんは、日本美術院を舞台に活躍されている実力画家で、何気ない日常の一こまの女性像など陰影に富んだ色彩で現代の日本画の新しい雰囲気を盛り込んでいます。
この作品は、日本庭園でも有名な島根県の足立美術館所蔵の作品で、現在その新館で開催されている展覧会に出品されています。

◆現代日本画名品選Ⅰ/開催中~9月27日/足立美術館新館(島根県安来市)

空を描くこと 空を見せること 東亭 順

2011年07月09日 | 展覧会
東京画廊+BTAP(銀座8丁目)では、現在福岡道雄さんと成田克彦さんの個展が開催中ですが、ギャラリー関連のアーティストの東亭順さん(1973年~)のグループ展が北海道、美唄市のアルテピアッツァ美唄(札幌から車で約30分)で開催されています。
このギャラリー空間は、廃校となった小学校を再利用したもので、大自然の息吹の庭園と彫刻群が点在する敷地にあります。
東亭順さんは、〈記録としての写真〉を元にアクリル絵画を塗り、下地からヤスリを使って磨き上げ、ラッカーをかけては磨き上げという繰り返しで表面がつるつるしているのが特徴です。空を題材にした作品で注目されました。
無意識に撮影した写真をひとつの絵画性をもたせることで、主観的な要素が加わり、独特の色合いが生まれています。空をみることを意識させてくれる作品です。

◆福岡道雄展 成田克彦展/7月31日/東京画廊+BTAP
語り合う相手としての自然/開催中~7月24日/アルテピアッツァ美唄 Tel 0126-63-3137

古代ギリシャ展 2千年前の神々と人の躍動

2011年07月06日 | 展覧会
鍛えられた人間の身体の躍動美、これぞ正統な美の規範!と現代の私たちにも神聖なる美を投げかけるアフロディテ(ヴィーナス)像。大英博物館が所蔵するギリシャ・ローマコレクションから厳選された約130点で辿る「古代ギリシャ展」の開催が、国立西洋美術館で始まりました。
私たちが美しいと感じる美の基準、比率などは2千年前の古代文明に遡ります。ルネサンスによりギリシャの正統美が再復活して、よくご存じのラファエロの聖母子像やボッティチェリの三美神など古代のおおらかな人間賛歌への敬意が示されました。
古代ギリシャ美術のおおらかさと言えば、ギリシャの神々はとても人間的。浮気をしたり、盗みを働いたりと。かの有名なスーパーヒーローのヘラクレスは、神ゼウスと妻ではない人間の女性との間に生まれ、腕力に秀でて、その力と勇気で数々の難行を成し遂げました。それらの場面がアンフォラという黒地の焼き物の壺に描かれているなど、オリンピックに参加した選手の競技場面など壺絵も充実していました。
・掲載の「円盤投げ(ディスコポロス)ハ、原作は前450~前440年ごろですが、ローマ時代の後2世紀に復元された貴重な作品です。側面からみられるように作られ、シルエットが美しい作品です。このように原型が失われたものをローマ時代に復元された作品はローマンコピーと言われ、ギリシャ美術の魅力を後世に伝えてきました。
ヘレニズム時代に入ると、ギリシャ神話の彫像はより複雑に構成され、全方位的にみられるように作られました。
装飾的なデザインやリアリズム表現など奥深い古代ギリシャの魅力の一端をみることができました。

◆大英博物館 古代ギリシャ展/開催中~9月25日/国立西洋美術館(上野公園)

祐成政徳「under my table」

2011年07月05日 | アーティスト
展示空間から飛び出すような巨大な物体が眼前に唐突に出現します。ギャラリー現(銀座1丁目)で開催された(7月2日まで)個展でのタイトル通り、その大きさを逆手に取った逆転の発想で意表をつきます。
高さ2.32㍍、横幅3.09㍍。写真では、収めきれないほどですが、ピカピカに磨かれたポップなカラーが、その物体の定義を曖昧にさせます。祐成さん(1960年~)は、これまで、〈建築と彫刻のはざまにある構造体〉をさまざまな手法で設置してきました。
2008年の国立新美術館のArtist File展では、エントランスの上空にオレンジ色のナイロン製の雲のような物体を空中に吊して観客を驚かせました。
この作品の脚の部分は中ほどがわずかに膨らんでいて、ギリシャ建築の様式を思わせます。設置は二人がかりで微妙なバランスを保っています。

保井智貴「Tranquil Reflection]

2011年07月02日 | アーティスト
保井智貴さん(1974年~)の昨年に続く個展が、現座のMEGUMI OGITA GALLERY(2日まで)開催されました。
ベルギーで生まれた保井さんは幼いころから他民族に接し、人間の姿や行動とその背景にある文化の関係性を意識するようになりました。国内では中原悌二郎賞を受賞するなど気鋭のアーティストとして注目されてきました。
彼が生み出す人物像の独特の雰囲気が一つの特徴となっています。遠いまなざしを向けた、どこか仏像を感じさせる正面性の立像。それは伝統的な手法とつながりがあります。興福寺の阿修羅像などに代表される乾漆という、石膏型の内側に何層にも漆と麻布を張り合わせて本体を作りあげていく工程を踏むことで得られる光沢感や質感を大事にしています。そして今回の装飾性は、前回が琳派的な和の美学を融合させていたのに対し、色彩のアラベスク的な構成と細やかな袖などのレース的な工芸性がより緻密に高まっていました。
材質的には、半気石、螺鈿、色漆、蒔絵、岩絵の具などが細かに繊細に組み合わされています。今回は3体の人物像が空間に配置され、この空間だけは銀座の雑踏とはかけ離れた静かで遠い記憶に誘ってくれるような気配を感じました。