坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

礒江毅展 生の深淵

2011年07月23日 | 展覧会
マドリード・リアリズムの俊英画家として高い評価を受けた礒江毅さん(1954~2007)の初期から絶作まで代表作約80点による本格的な回顧展に行ってきました。色彩を抑えたモノクロームの諧調による身近な静物や人物像の大作が並び、作品の一つひとつには静かな時間の流れが刻まれていました。
1974年19歳の礒江は、国内の美術学校に進学するのではなく、スペインのマドリードで本場の油彩の修業の道に励みます。国立美術学校の夜間のデッサン教室で、日々モデルを前にクロッキーと鉛筆画を重ねていきます。今回は修業時代のデッサン群も資料として展示されていました。プラド美術館ではデューラーの模写などフランドル絵画から技法を学んでいきます。
鳥の巣やアトリエに置かれた誇りをかぶった瓶やカリフラワー、皿に置かれた野菜や皮がはがされた鶉や兎など、日常の生活の断片とも言える対象に深い眼差しを向けていきます。
モチーフは特別に用意されたものではなく、構成的な絶妙な手腕が表現の求心力を高めています。画面の空間への配慮です。黒やグレーの微妙な空間をつくりだすグラデーションは、東洋的な余白の間のリズムや余韻を映し出します。
礒江にとって、対象はすべて等価であるように客観的視点で描きこみ、超絶技巧の写実技法で完璧な密度感を高めています。
掲載作品は、「深い眠り」1994-95年で、鉛筆と水彩、アクリル、墨が使われています。構図的にはアンドリュー・ワイエスの「黒いベルベット」と近いものがあり、オマージュ的な作品だと言われています。
白い裸体を横たえて眠る女性を漠とした空間にとらえています。その美しさとともに生のリアリズムが心に訴えてきます。

◆礒江毅=グスタボ・イソエ/開催中~10月2日・練馬区立美術館  10月22日~12月18日・奈良県立美術館