ロック探偵のMY GENERATION

ミステリー作家(?)が、作品の内容や活動を紹介。
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ジョン・レノンの名曲を振り返る。

2019-05-18 20:25:54 | 過去記事
過去記事です。

去年相次いだ公文書などの問題について書いた記事です。

最近の報道によると、全政府統計の6割強で問題点が見つかったといいます。
にもかかわらず、もはや不適切な統計が当たり前になってしまったかのように、騒がれていないという……
本気でもう、この国の社会システムは崩壊状態にあるといわざるをえません。どうにかしないと、日常生活にまでこの崩壊の影響が及んでくるのは時間の問題でしょう。


真実が欲しい

ここしばらく、公文書の問題や、それにかかわる問題の報道が相次いでいます。以前このブログでは、「家で一匹のゴキブリを見かけたら、30匹はいると思った方がいい」という金言にもとづい......


エドウィン・スター「黒い戦争」(Edwin Starr, War)

2019-05-17 15:26:20 | 音楽批評
先日、戦争ファンタジーという記事を書きました。

そこで、リアリティを欠いた戦争観を批判しましたが……今回はその延長で、戦争の愚かさを歌った歌を紹介します。

エドウィン・スターの「黒い戦争」です。
原題は、War
一単語で、ずばり、「戦争」。
そのタイトルにも示されているとおり、これ以上ないぐらいストレートな反戦ソングとなっています。

以下、歌詞を抜粋して紹介しましょう。


戦争
そいつにいったいどんないいことがある?
まったく なにもありゃしない


戦争 俺は軽蔑するよ
だってそれは 罪のない命を奪うことだから
戦争 それは 
息子たちが戦場へ行って命を失ったときに
数えきれない母親たちの目に浮かぶ涙

戦争 そいつは心を引き裂くものでしかない
戦争 葬儀屋だけが友だちさ
戦争は すべての人類の敵なんだ
戦争は 若者たちに不安を与え
そして破滅を招く
いったい 誰が死にたいっていうんだ?

戦争は多くの若者の夢を鎖し
傷痕を残し 人生を台無しにしてきたんだ
人生は 戦争に費やすには あまりに短くて貴重だ
戦争は命を与えはしない ただ奪うだけさ

自由を守るために戦わなければならないと
やつらはいう
だが、神様はご存知だ
もっといい方法があるはずさ


こんな歌です。
付け足すことはなにもありません。
この歌はブルース・スプリングスティーンがカバーしていたりもしますが、さすが、“ボス”のお眼鏡にかなった名曲といえるでしょう。

喉元すぎれば……ということなのか、大戦から時間が経つにつれて、「戦争しても別にいいじゃん」みたいに考える人が増えているように思われます。
戦争になったら、何が起きるのか――そういう想像力を欠いた安易な戦争容認・期待論は、実際に戦争が起きたときになって「こんなことになるなんて」「こんなはずじゃなかったのに」という事態を生じさせる可能性が高いでしょう。
繰り返しになりますが、戦争なんていまの日本では絶対にできないし、選択肢としてまずありえないんです。

戦争ファンタジー

2019-05-15 16:50:35 | 時事
丸山穂高議員が、維新を除名処分となりました。

北方領土問題で、ロシアとの「戦争しないととりかえせないのではないか」といった発言が問題視され、離党届を提出したものの受理されず、除名ということになりました。

これは、当然の判断でしょう。

ことさらに憲法9条を持ち出さずとも、政治家が軽々しく戦争を口にするのは大いに問題があります。議員も辞職してしかるべき案件です。


この人は、ちょっと前に、ツイッターで一般人のアカウントに粘着質な書き込みをしたという騒動がありました。

私はたまたまそのツイートを見ていたんですが、実にねちねちとして、“心のゆがんだエリート”感がにじみ出ているツイートでした。
ああ、こんな人が国会議員になってしまうぐらいに日本の政治は劣化してしまってるんだなあ……という感想をもったものです。

それにしても、北方領土をとり返すために戦争というのはありえない話です。

丸山議員本人だけでなくこの論を擁護している人たちの多くにしてもそうですが、そもそもなんでまず勝てる前提で話してるのかということもあるんですが……
勝ち負け以前の問題として、領土問題を武力で解決するという発想自体が、もうアウトなわけです。
人の命が犠牲になるということももちろんですが、あと、経済のことも考えないといけないですね。
ただでさえやばい日本の財政で、戦争なんかやったら、それが財政破たんの引き金になる可能性もあります。それに、為替とか株価とかはどうなってしまうのか。そういったことを考えたら、戦争なんてありえない話です。
勇ましいことを軽々しくいってしまう人たちは、総じてそういうリアリティが欠如してると思います。
本当に戦争になったらどういうことが起きるのかという想像力の欠如。まるで、太平洋戦争を描いたシミュレーション小説のように、一種のファンタジーとして戦争を考えているんじゃないでしょうか。
今の日本で戦争なんて、現実的に不可能です。軍事的にどうかは別として、政治的、経済的にどうみても無理なんです。そういう現実を認識できない人が政治家になって、稚気じみた勇ましさで実際に戦争をはじめかねない。そしてその結果、取り返しのつかない事態を招きかねない……そんな恐ろしさを、今回の騒動で感じました。

Caetano Veloso, Love Me Tender

2019-05-13 23:11:37 | 音楽批評
今回は、音楽記事です。

前回、ロバータ・フラックの「愛は面影の中に」について書いた記事で、「ラブ・ミー・テンダー」に触れました。
そこで今回は、この「ラブ・ミー・テンダー」について書こうと思います。

Love Me Tender――
いうまでもなく、エルヴィス・プレスリーのヒット曲です。

しかし……意外と知られていないことだと思いますが、実はこれは“カバー曲”なのです。
「オーラ・リー」という曲がもとになっています。「オーラ・リー」は19世紀、南北戦争が起きていた頃のアメリカで作られたもので、実は相当古い曲なのです。小学校の音楽の教科書に載っていたりもするので、リコーダーで吹いたことがあるという人も少なくないんじゃないでしょうか。

その「オーラ・リー」に新たに歌詞をつけて歌ったのが、エルヴィスの「ラブ・ミー・テンダー」。
シンプルで美しいメロディに、シンプルな歌詞がつけられています。そのシンプルさゆえに、それからも歌い継がれ……この歌をカバーしているミュージシャンは、相当な数にのぼると思われます。
真っ先に思い出すのは、忌野清志郎ですね。
キヨシローは反原発ソングとしてこの歌を歌い、それが、このブログで何度か言及してきたアルバム発売中止騒動やFM東京事件につながっていくのです。
リアルなロックンローラーだからこそ、惹かれるものがあったのでしょう。このラブ・ミー・テンダーという曲がもつ普遍性に……

と、まあ、このブログではしばしば忌野清志郎のほうに話が流れていってしまうんですが……今回は、キヨシローの話ではありません。

同じくラブ・ミー・テンダーをカバーしたミュージシャン、そして、リアルをみせてくれるミュージシャンの一人として、カエターノ・ヴェローゾという人を紹介したいと思います。

カエターノ・ヴェローゾは、ブラジルのレジェンド的ミュージシャン。

ボサノヴァの創始者として知られるジョアン・ジルベルトの後継とも目される人物です。ミュージシャンとして前衛性・革新性を持っていて、そのアヴァンギャルドはアート・リンゼイとさえ一緒に仕事をするほど。かと思えば、ブラジルの伝統的な音楽を取り入れたりもしていて、これはキヨシローが法螺貝を吹いたりするのと通じるところがあるでしょうか。

彼はまた、キヨシローと同様に、音楽以外の面でもリアルをみせてくれます。

ブラジルには、かつて軍事政権が支配していた時代がありますが、そんな時代に軍政と対立し、投獄された経歴を持っているのです。
ブラジルの軍事政権は、南米に共産主義が広がるのを阻止しようとするアメリカの意向を反映する形で登場し、与党と「公認野党」以外の政党を解散させ、報道を規制し、政府に批判的な意見の持ち主を「危険人物」として令状なしに逮捕、拷問するなど、抑圧体制を作り上げていきます。この「鉛の時代」に、カエターノは決然と軍政を批判。「禁止することを禁止せよ」という歌を歌って、最終的には亡命を余儀なくされるのです。
こういうところがロックで、キヨシローのセンスに近いものを感じさせます。
キヨシローも自分を黙らせようとした権威を相手に徹底抗戦していますが、カエターノの場合は、リアルに生命の危険もある、命がけの戦いでした。

そんなカエターノが、2004年に、アメリカの音楽をカバーしたアルバムをリリースしています。

ブラジル軍政とアメリカの関係を考えると、どこか意味深でもありますが……

このアルバムでもカエターノは伝統と前衛の両方をみせていて、コール・ポーターの曲を取り上げたかと思えば、ボブ・ディランやスティーヴィー・ワンダーを取り上げ、かと思えばニルヴァーナの Come As You Are をカバーしてもいます。

そしてそのなかに、「ラブ・ミー・テンダー」が収録されているのです。

若干コードが変えてあって、原曲ではⅡのマイナーになるところがメジャーコードになっています。
これは、いつかこのブログで書いたアニマルズの「朝日のあたる家」と同じ変更です。メジャースケールでこれをやるとマイナースケールとはまた違ったいい感じが出ますが、それがうまくはまってます。
19世紀のアメリカで作られた曲が、20世紀のロックシンガーに歌われてヒットし、それを21世紀にブラジルのレジェンドが歌う。かつてアメリカの支援した軍事政権によって弾圧を受けたシンガーが……そういったことも考えながら聴くと、この歌はじつに深淵に響いてきます。
アメリカと中南米諸国との間には幾重にも因縁があるわけですが、シンプルなメロディが、そんな因縁や恩讐を超えた地平に聴き手を導いてくれるようです。
シンプルなのはメロディだけでなく、歌詞もそうです。


  やさしく愛して 永遠に愛して
  きみは僕のものだといっておくれ
  だって 僕はきみのものだから
  僕らは決して離れることはないさ

  

なんら難しいことをいっているわけでもなく、軍事政権を批判するようなことをうたっているわけでもありません。ただの、恋を歌う歌です。しかしそれゆえにこそ、時代を超え、国境を超える普遍性を持っているのでしょう。

そんなわけで……この曲をアンセムとして認定したいと思います。

ロバータ・フラック「愛は面影の中に」(Roberta Flack, The First Time Ever I Saw Your Face)

2019-05-10 22:31:15 | 音楽批評
今回は、音楽記事です。

前回、映画『X-MEN フューチャー&パスト』について書きましたが、その映画を観ていて印象に残った曲について書こうと思います。

ロバータ・フラックの「愛は面影の中に」――原題: The First Time Ever I Saw Your Face です。

前にも書いたように『X-MEN フューチャー&パスト』では、ウルヴァリンの意識が過去にタイムスリップするわけですが……過去に戻ったウルヴァリンが目覚めたときに流れているのが、この曲。
タイムスリップで戻った先が1970年代初頭で、ちょうどそのころこの歌が大ヒットしていたということなんです。ロバータ・フラックといえば「やさしく歌って」が有名ですが、この「愛は面影の中に」も、代表曲の一つでしょう。



聞くところによると、NASAの運用する宇宙船には、ウェイクアップコールというものがあるそうです。
宇宙飛行士たちが目を覚ますときに流れるモーニングコールのようなもので、リクエストによって曲が決まるといいます。

以前、そのウェイクアップコールを扱ったテレビのドキュメンタリー番組を見たことがあるんですが、そこでこの歌が紹介されていました。
その番組によれば、人類が宇宙に出て、はじめて宇宙から地球を見た日に、ウェイクアップコールとしてこの曲が流れていたんだそうです。


  はじめて君の顔をみたとき
  思ったんだ 君の瞳に太陽が輝いていると
  そして月と星は贈り物
  この暗く虚ろな空への


まさに、人類がはじめて地球をみた日にふさわしい歌といえるでしょう。
歌詞の中には、the earth という言葉も何度か出てきていて、それもあってこの歌がリクエストされたのだと思われます。
この歌には、ジョージ・マイケルがカバーしたバージョンがあり、実をいうと私は最初にそっちで知りました。そのバージョンでも、神々しいまでに美しい曲になっています。また、私は聞いたことがないんですが、エルヴィス・プレスリーが歌ってるバージョンもあるらしいです。こうして歌い継がれているということは、やはり名曲ということなんでしょう。
ただシンプルに恋を歌う歌が、シンプルであるがゆえに普遍性を持つということがときにあります。
同じくエルヴィスがとりあげた「ラブ・ミー・テンダー」もそうかもしれません。「スタンド・バイ・ミー」もそうかもしれません。
そして、今回の「愛は面影の中に」も、そんな歌の一つでしょう。
そんなわけで、この曲をアンセムとして認定したいと思います。ロックではありませんが……