
神さま
アドルフは今
何をしているの?
まだ
ひとりぼっちなの?
それとも
だれかと いっしょにいる?
アドルフのいるところは
寒くて 暗いのだろうね
血や 泥や 腐った脂の匂いが
記憶の風の 果てない残響に
霜のように 凍るんだ
そして割れたむき出しの魂に
ぴりぴりと ひりついてしまう
(ああどんなに痛いだろう!)
でも彼は 気づいているだろうか
それらの
凍りついた匂いのすべてが
今はもう彼そのものだってこと
神さま
アドルフのために
何か 考えてあげて
地球上の人はみな
彼を ののしるけれど
(だって彼は
なんぜんなんまんの 人の
美しい時を
火にくべて 燃やしてしまったの
なんまんなんおくの 人の
あたたかな心臓を
りんごのように つぶして
たぎるるつぼの中に 放り投げたの
絶望さえも愚かな 深い闇に向かって
猛スピードで 落ちていきながら)
だから 人はみな
彼に悪夢の刻印を焼いて
忘却の薬と 暗夜の絹で
厳重に塗りこめて
深海の底で ひからびた水母よりも
もっと遠い死の彼方へ
追いやろうとするの
でも
神さま
できるなら
彼を ひとりぼっちには
しないであげて
人々はみな彼を見捨て果てても
神さまだけは
そばにいてあげて
無限の虚空に とりのこされた
たったひとつぶの 水素より
もっとかすかな
その人の ため息を
きっと 逃さないで
どんな 罪人にも
いつかは 許しあえる
未来が 用意されているのなら……
彼のことも
忘れないであげて
(2002年4月13日、種野思束詩集「種まく人」より)