ゆきしろとばらべには、熊が怖くはないことがわかりましたので、こわごわと、熊の毛皮に触ったり、小さなその瞳をそっとのぞき込んだりしました。するとその目の中には、暖炉の明かりが映り込んで、それはあたたかな、星のようにきれいな心が見えていました。ゆきしろとばらべには、すっかり安心して、とうとう、熊の耳をひっぱったり、くすぐったりしてしまいました。それでも、熊が何も言わず、ただ笑っているので、しまいにいたずらっけを起こして、ちょっと蹴飛ばしてみたり、転がしたりしてしまいました。すると熊は困って、「おいおい、ゆきしろよ、ばらべによ、かんべんしておくれ。死んでしまったら、君たちと結婚できなくなってしまうよ」と言いました。
ゆきしろも、ばらべにも、このおどけたやさしい熊が、大好きになりました。そして熊は、冬じゅう、毎日のように、家にやってきては、ゆきしろとばらべにと、遊んだり、話をしたりしました。そして、一冬は、とても楽しく、幸せに過ぎていきました。
そうして、やがて雪が解け、春の風が森に吹きこみ始めたころ、熊はふたりに、言いました。
「ゆきしろ、ばらべに、ぼくはそろそろいかなくてはならない。春になると、冬の間は眠っていた悪い小人が目を覚まして、ぼくの宝物を盗みにくるんだよ。ぼくはその小人から、宝物を守らなくてはならないんだ」
ゆきしろとばらべには、熊が行ってしまうのを、さみしがりましたが、冬になったらまた来ると、熊が言ってくれたので、安心して、言いました。
「また来てね。暖炉の薪は、いっぱい集めておくわ」
「今度の冬には、栗の実で、おいしいお菓子をつくってあげる」
ふたりは手を振って、森の奥へと去ってゆく、熊を見送りました。
それからしばらくたった、ある春の日のことでした。おかあさんは、ふたりを、森へ芝を集めに行かせました。ふたりが森の中をゆく途中、大きな木が倒れているところがあって、その上で、何かが飛び跳ねているのを、ふたりは見つけました。近づいてよく見てみると、それはひとりの小人でした。小人は青っぽいおじいさんのような顔をしていて、しわくちゃの長い白い髭を、倒れた木の割れ目に挟まれて、それをどうしても抜くことができなくて、かんしゃくを起こして暴れていたのです。
小人はふたりを見つけると、いまいましそうに言いました。
「何をじろじろ見ているんだ。このうすのろの馬鹿め! このおれさまを助けることもできんのか!」
それを聞くと、ふたりは大急ぎで小人に走り寄り、言いました
「いったいどうして、こんなことになったの?」
「うるさい! とんまなちびっこめ! おれさまは薪をとろうとして、この馬鹿な木に髭をとられただけだ!」
ふたりはなんとかして、小人の髭を木の割れ目からとろうとしましたが、くしゃくしゃの髭が木の割れ目にからみついて、どうしてもとることができませんでした。そこで、ゆきしろは、ポケットから小さなハサミを取り出すと、小人の髭の先っちょを、ちょんと切ってしまいました。小人は、木の割れ目から解き放たれるや否や、耳に刺さるような甲高いぐちゃぐちゃした声で、わめきたてました。
「この馬鹿娘! おれさまの立派な髭をよくも切ったな! おまえなんぞ、カッコウのえさにでもなってしまえ!」
小人はそう言うと、あっという間に、森の奥に走って逃げていってしまいました。
ゆきしろは、ちょっと悲しい顔をしました。いつもお母さんに、困っている人は助けてあげなさいと言われていたので、なんとかしてあげたつもりだったのだけど、あまりに、ひどいことを言われてしまったので、かえっていけないことをしてしまったのかと思ってしまったのです。すると、ばらべには、すぐにゆきしろの心がわかって、言いました。
「気にすることはないわ。小鳥が言ってたもの。悲しいことがあっても、勉強なんだと思えば、なんでもいいことになるんだって」
するとゆきしろは少し微笑んで、ばらべにに、「ほんとうにそうね」と言いました。
それからまた、何日かが過ぎました。ふたりは今度は、夕御飯の魚をとるために、つりざおを持って、森の中の小さな池に出かけました。池のほとりにつくと、そこにはまた、あの小人がいました。小人は木にしがみついて、何かわけのわからないことを言いながらひいひいと悲鳴をあげていました。よく見ると、小人は、長い髭の先を、池の中の大きな魚にくわえられて、今にも池の中に引っ張り込まれてしまいそうになっているのです。
ふたりは、目を丸くしながら言いました。
「いったいぜんたい、どうしてそんなことになったの?」
すると小人は、ふたりをぎろりとにらんで、ぐしゃぐしゃな声で、またわめきました。
「うるさいうるさいうるさい! このうすらとんかちのでっかいだけの能無しの馬鹿な魚が、おれさまの髭をうらやんで気に入りよったんだ!」
ばらべには、小人の髭をひっぱって、どうにかして魚の口から髭を助けようとしましたが、魚はいよいよ強く引っ張るばかりで、小人の髭をどうしてもはなしてくれませんでした。そこでばらべには、ポケットから小さなハサミを取り出して、仕方なく、小人の髭をちょんと切ってしまいました。魚は、小人の髭の先を加えたまま、どぼんと池に沈んで見えなくなりました。小人は、何とか助かって、ほっと息をつきましたが、すぐに目をぎらつかせて、娘たちをにらみました。
「なんて頭の悪いやつらだ! またおれさまの髭を切りよって! ほかにもっとましなことはできんのか! 馬鹿でのろまな女のちびっこめ、魚に食われてくそにでもなってしまえ!」
小人は、そう言うと、池のほとりにおいてあった袋を大急ぎで担ぎ、すぐに森の向こうに走って消えていきました。
(つづく)