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有本芳水の詩「大和めぐり」

2015年03月05日 | 読書日記

大和めぐり

春は来(きた)りぬ山越えて
大和(やまと)に入(い)ればなつかしや
吉野の川の川上(かはかみ)に
笠(かさ)きて下(くだ)る筏士(いかだし)が
笠の上にもはらはらと
雪の如くに花が散る。

馬に続いて二つ三つ
えいえいえいの声たかく
京人(きやうびと)乗せし駕籠(かご)が来(く)る
ここは野崎(のざき)のかへり路(みち)
堤(つつみ)づたひにくるくると
赤い日傘も舞(ま)つてゐる。

渡し舟待つつれづれを
旅なる人(ひと)は三四人(にん)
柳がくれの掛茶屋(かけぢやや)に
旅の話をものがたる
黒漿(おはぐろ)つけて眉(まゆ)青き
茶屋の女房(にようぼ)は笑顔よく。

わかれ路(ぢ)に立つ路(みち)しるべ
染めたる筆の跡見れば
左へ三里 三輪の茶屋
菜の花つづく野の路(みち)に
朱塗(しゆぬり)の塔の見えがくれ
長谷(はせ)のみ寺も遠からず。

里の童(わらべ)は五六人(にん)
長者(ちやうじや)軒(のき)に打ち集(つど)ひ
めんない千鳥(ちどり)して遊ぶ
鬼になりたる子を見れば
顔色白(しろ)う七つ八つ
稚児髷(ちごわ)に結(ゆ)へるも美(うつく)しう。

妹山(いもやま)かすむ畷路(なはてぢ)の
松の並木の根に憩(いこ)ひ
脚絆(はばき)の紐をはらひつつ
袖のひまより打ち見れば
畝傍(うねび)、耳無(みみなし)、当麻寺(たいまでら)
初瀬(はつせ)の里も程ちかし。

ほんに思へばこの日頃(ひごろ)
母に聞きたるなつかしき
阿波(あは)の鳴門(なると)の巡礼は
負笈(おひづる)負(お)ひてとぼとぼと
長い並木にかかり来る
どれどれ奉謝(ほうしゃ)進(しん)ぜよう。

名も無き村に入(い)りぬれば
少(ち)さき少女(をとめ)は縁先(ゑんさき)に
凉しき唄の音(ね)もたかう
からりはたはた機(はた)を織る
外(そと)には老(お)いし虚無僧(こむそう)が
笛をほろほろ響かせて。

白壁(しらかべ)つくり酒倉(さかぐら)の
軒(のき)をはなれて立ち出(い)づる
燕(つばめ)の背(せな)に春の日は
紺と銀とに光りぬる
暖簾(のれん)のかげにもちらちらと
花はこぼれて散りかかる。

奈良の旅籠(はたご)にとまらうか
おつつけ暮れて来るであろ
山 紫(むらさき)に水 清(きよ)う
大和(やまと)は歌によきところ
行(ゆ)けば行(ゆ)くほど花がちる
あれまた寺では鐘の音(ね)が……。

(有本芳水「芳水詩集」より)

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