共産党の新しい会館が完成しました。中村町の現住所での建替えです。昨年の11月から仮事務所
で仕事をしていましたが、4月末完成、連休中の引っ越し作業など経て、新しい会館で業務開始です。
旧館は建築後50年近くたち、暗い上に、雨漏りも目立ち、天井からビニール袋を下げる異様な光
景、耐震上も問題あり、建替えは必須の課題でした。新しい会館で参議院選挙をたたかおうと決断
し、昨年夏ごろから募金運動の開始しました。
新しい会館は鉄筋の3階建て。1階は金沢地区
委員会事務所、赤旗出張所、そしてサロンなどがあります。2階は県委員会事務所と小会議室、図
書室もあります。3階は150人近くが入れる大会議室です。スクリーンもあり、さまざまな会議
もできます。高齢者に配慮して、てすり、エレベーターをつけ、屋上には太陽光パネル設置の予定
。すぐにポスターなど貼りたくなりますが、美観をそこねるので、決まった場所にと建設会社から
もきつい注文。長く、きれいに、大切にです。
15日は竣工記念祝賀会が開催されました。主
催者を代表して、秋元県委員長が経過とお礼そして参議院選挙勝利への決意を申しあげました。私
も挨拶の機会いただきました。実は、会館建設委員会の一員で、党のたたかいと会館・事務所の歴
史も調べました。戦後のスタートは金沢駅前の事務所、労働組合など民主団体の共同事務所。城北
病院の前身であるしろがね診療所も同居し、患者さんと共に青年の出入りする場所でもありまし
た。全国の基地闘争の先駆けとなった内灘闘争支援の基地でもありました。現在の中村町に会館が
建設されたのは1968年。毎月千円づつ募金して(当時は1万ちょっとの給料?)建設を支えた
先輩の皆さん。70年代のオイルショック時には保育所への灯油配達を無料に、洗剤試供品を福祉
施設になど生活防衛に成果もあげました。学生時代に寝泊まりして、宣伝活動に参加した私の青春
の場でもありました。今度の新会館には、大先輩がそれこそ遺言代わりにと募金寄せてくださる、
若い世代に残してあげたいとの思いなど寄せてもらいました。戦争法廃止、安倍暴走ストップの今
度の参議院選挙のたたかいの城となります。
多くの方がお祝いに駆けつけました。井上さと
し参議院議員は「筋の通った共産党、なかなか固くでと言われるけど、スジはよく煮込むと柔らか
く味がしみて美味しい」と共産党の味をアピール。統一候補しばた未来さん、民進党副代表の田中
みえこさんが参加して挨拶、社民党からもメッセ―ジと、現在の野党共闘を象徴するシーンでし
た。北陸信越の各県の党代表、そして県内の民主団体や党員の皆さん、にこにこ顔で明るい党会館
に大きな期待とお祝いの声を寄せて頂きました。ご苦労された名誉役員(かつての党幹部)から
「亀ちゃん(亀田くん)いよいよやな、身体気をつけてな」と声かけられ、背筋がピーンとしてい
ました。新たな思いを固めた竣工記念式でした。
午後は地域の皆さんと路地裏で宣伝と対話活動に。