Dying Message

僕が最期に伝えたかったこと……

「夢」 2009.2.11

2014-02-08 03:03:43 | 小説
 大学卒業を間近に控えた23歳の冬、男は編集部に漫画の原稿を持ち込んだ。自分の作品に一定の自信を持ってはいても、何せ全く実績のない素人。半ば駄目元の特攻であったが、立ち会った編集部員にいたく気に入られ「週刊ホップステップ」誌上にてまさかのデビューが決定した。
 しかし、漫画は日本が世界に誇る一大産業。そう甘くはないということであろう。読み切りで掲載された処女作の「ドザえもん」は読者からの支持を得られず、起死回生の思いで書いた初連載「ペニスのおじ様」も読者投票では下位の常連。1ヶ月で打ち切りに追い込まれた。
 自信作の相次ぐ失敗で絶望に打ちひしがれていたある日、担当者から事実上の最後通牒が言い渡された。
「次の作品で読者ランキング3位以内に入らなければ……」
 その先は聞きたくもなかった。

 仕事場として借りているアパートから逃げるように飛び出すと、彼は公園のベンチに腰を下ろした。砂場ではまだセックスを知らない男女が無邪気に会話を交わしている。
「まさおくんのしょうらいのゆめってなぁに?」
「うーん、おいしゃさんになることかなぁ」
「どうして?」
「校医になってJCのおっぱいを触りてぇ」
 そんな微笑ましい話に耳に傾けるうち、男の中で弱気の虫が騒ぎだした。去年より今年、先月より今月、そして昨日より今日。刻一刻と将来が削り取られてきた延長線上に自分は立っている。幼き少年は努力さえ怠らなければ医者になることもきっと不可能ではないのだろう。しかし、果たして自分が夢を叶えることはできるのか。そもそも俺の夢って何なんだ。
 男は呟いた。
「天才に…なりたい」

 不意に零れた一滴の雫は、彼が一生に口にするまいと思っていた言葉だった。イチローが野球選手になりたいとは言わないように、佐村河内守が作曲家になりたいとは言わないように、真の天才が「天才になりたい」などと言うはずがないだろう。そして、天賦の才とは後天的には身に付かないものなのである。
 男は作品のアイディアが浮かぶたび、自分の才能に陶酔していた。自分には才能があると強く信じていた。しかし、そう信じれば信じるだけ芽生える猜疑心もあった。だからこそのタブーだったのだ。
 男の中で何かが音を立てて崩れていった。

 黄昏れに染まる公園。ジャングルジムの頂きに立った男は、葉桜に咲く一輪の花びらを見つめながら、万年筆で頸動脈を刺した。薄れゆく意識のなか、彼は永遠の未来と熱い接吻を交わした。


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