雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第十回

2015-06-30 09:57:55 | 二条の姫君  第一章
          第一章  ( 九 )


初秋の頃、御所さまの御正妃東二条院さまのお産が、角の御所でなさることになりました。
二条の姫君も女房のお一人として伺候されておりましたが、御歳も四十歳と少しご高齢ですし、これまでのお産でも難産だったことから、お世話の方はじめみなさま大変なご心配で、大法秘法は残りなく行われました。
それらの修法とは、七仏薬師、五壇の御修法、普賢延命、金剛童子、如法愛染王などだということです。五壇の軍茶利の法は、いつもは尾張国の負担で勤められていましたが、この度は格別に御所さまの御志を添えてということなので、金剛童子の修法は二条院の姫君の御父上である久我大納言殿がお世話することとなりました。その御験者には常住院の僧正が参上されました。

二十日ほど過ぎた頃、「産気づかれた」ということで、みなみな大騒ぎとなりました。
「もうすぐだ、もうすぐだ」と言いだしてから、すでに二、三日過ぎておりましたので、誰もが心配で心配で堪えがたいほどになっておりましたが、どうしたことか「ご様子が変だ」と御所さまに申し上げたらしく、御所さま自らおいでなりました。

東二条院さまはたいそう弱っておられるご様子なので、御験者をすぐ近くに召して、僅かに御几帳だけで隔てている様子です。
如法愛染の大阿闍梨として、仁和寺の御室が伺候されていましたが、
「女院はお命も危険な様子に見える。如何すればよろしいのか」
と御所さまが申されると、御室は、
「寿命をも延命させるのは、仏菩薩のご誓願でございます。さらさら大事はございません」
と申されて、ご念誦に添えて、御験者は、同院の開基証空の命に代えられたというご本尊でしょうか、絵像の不動尊を御前に掛けて、「奉仕修行者・・・」と不動経の偈を唱えて、数珠を押しすって、
「我は、幼少の昔は念誦を唱えて床に一夜を明かし、成人となった今は、難行苦行に日を重ねている。ゆえに信心が通じ仏のご加護が空しいことなどあるはずがない」
と、数珠をもみにもんで身を伏せると、すでにご出産の気配が感じられたのに力づけられて、ご祈祷の激しさはさらに増して煙が立ち上る程でありました。

女房たちが単衣襲(ヒトエガサネ)、生絹(スズシ)の衣をそれぞれ御簾の前に押し出しますと、御産奉行が手に取って殿上人に与えます。そして、それを上下の北面の武者が、それぞれご誦経を勤めた僧たちに差し上げています。
階(キザハシ)の下には公卿が着座して、皇子御誕生を待ちかまえている様子です。
陰陽師は庭に八脚(ヤツアシ・神への供え物をのせる台)を立てて、千度のお祓いを勤めています。殿上人がお祓いに用いた形代を取り次いでいます。女房たちが御簾の下から袖口を出して、それを受け取ります。
御随身や北面の武者は、神馬を引いてきます。

御所さまの御拝礼が行われ、祈願を立てられた二十一社へお引かせになられます。
人間としてこの世に生を受け、女の身を得たからには、このようにありたいものだと、つくづく思う光景でございます。

七仏薬師大阿闍梨が召されて、伴僧の三人は特に美声の僧ばかりで、薬師経をお読ませになられました。
「見者歓喜」というあたりを読む時に、ちょうどご出産なさいました。
まず内外の人々が「ああ、おめでたい」と申しているうちに、女御子であることを告げるべく、甑を内に転がしたことは残念ではありましたが、御験者たちに禄が順々に与えられたのは、いつもの通りでございます。

     * * *

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