雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第九回

2015-06-30 09:58:54 | 二条の姫君  第一章
          第一章  ( 八 )


二条の姫君は、以前と同じように出仕することとなりました。
すなわち、身分は上臈女房ですが、四歳の頃から御所さまから可愛がられており、まるで御所さまの姫さまと思われるような他の女房方とは少し違うお立場だったのです。そのことは、周りの女房方みんなが認めていることでありました。

以前と同じようなお立場に戻られはしましたが、御所さまは毎夜姫さまを寝所にお召しになられました。
それは十日ばかりも欠けることなく続きました。
ご実家では涙ばかりの新枕でありましたが、姫さまのお心も、そしてお身体も少しずつ和らぎ始め、御所さまをますます夢中にさせていったのでしょう。
姫さまのお心の中には、なお『煙の末』と詠われた御方のことがありましたが、さすがにそのお気持ちを消し去ろうと務めておりました。

しかし、御所さまには何人もの御寵妃がおられ、女房方も数多伺候されているのですから、御所さまが毎夜毎夜姫さまをお召しになれば、噂が立つようになるのは当然のことでございます。
この噂は、姫さまの御父上の大納言殿にも達することとなり、もちろん姫さまのお身を心配してのことではありますが、御所さまにとっても芳しくない噂でもあり、姫さまの宿下がりを強く申し出られました。
お二人の間で幾度かのご相談があったようですが、なかなかに難しい問題もありまして、結局姫さまは御所を退出することとなりました。

いざ、実家に戻られますと、やはり家の方々や家人たちの目も何かと煩わしく、姫さまはお部屋に籠ってしまうようになりました。
ところが、さほどの日も経たないうちに、御所さまからの御手紙が届きました。
「この間からの日々が懐かしく、逢わない日がつもり積った気がしている。すぐに戻って参れ」と書かれていて、御歌は、
『 かくまでは思ひおこせじ人しれず 見せばや袖にかかる涙を 』
とあります。「これほどわたしがそなたのことを想っているなどと、そなたは思ってもいないだろう。わたしの袖にかかる涙を、そっと見せたいよ」といった内容の御歌で、姫さまを一人前の女として見ている内容のものでした。

姫さまも、最初の時はあれほどうとましく感じていましたのに、今回の御手紙は心待ちしていたようで、上気した表情を隠そうともなさらず、ご自分でさえ少しばかり行き過ぎかしらと思われるほどの内容のご返事をお書きになられました。そのご返歌は、
『 我ゆゑの思ひならねど小夜衣 なみだと聞けば濡るる袖かな 』

それから幾日も経たないうちに、姫さまは以前と同じような立場で出仕されました。
けれども、すでにさまざまな噂が立っているらしく、何となく落ち着かないうえ、「あの人は久我大納言の秘蔵っ子で、女御として入内する形式を取って、御所さまに差し上げたそうよ」と悪意に満ちた噂もあって、はや正妃である東二条院さまのお耳にまで達していて、たいそう不快なご様子ということも聞こえてきておりました。

姫さまにとっては、とても居心地の悪い状況の中、依然女房とも御所さまの思われ人とも明らかにされないままの出仕が続きました。
御所さまからお召しのある夜は、人目を気にしながらも、御所さまを受け入れることに辛さがなくなり、変わらぬ優しいお振舞いに夢のようなひとときを送ることが出来るようになりましたが、最初のように毎夜毎夜ということではなくなりました。

いつもは女房として伺候されている姫さまですから、他の女性が御所さまの夜伽に参る時には、その案内役を務めることもあり、世の習わしとはいえ辛いお役目でございました。
その辛さを堪えれば良いことと出合う日も来るのかと思い患い、また時には、御所さまに抱き締められて一夜の夢を見ながら、いつしか季節は秋を迎えようとしておりました。

     * * *

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