雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第五回

2015-06-30 10:04:17 | 二条の姫君  第一章
          第一章  ( 四 )


御所さまの到着や御父上のご心配など、姫さまは露知らず、襖(フスマ)近くに置かれている炭櫃に寄りかかっておられましたが、もう一枚衣を被って横たわると、ほどなく眠ってしまわれておりました。
姫さまのいつも通りの寝姿でございます。

しばらく経って、さすがにいつもと違う様子が伝わったのでしょうか、突然目を覚まされて辺りを見渡しておられました。
灯し火は薄暗くなっていて、目隠しの帳も下されていて、しかも、すぐ横に当然のように寝ている人がいたのです。

姫さまには、その状態がよく分からず、起き出して部屋を出ようとしましたが、その御方が姫さまの手を取り抱きしめたのです。驚きのあまり声も出ない姫さまを、更にしっかりと抱き寄せられたのです。
その時になってはじめてその御方が御所さまであることに気付いた姫さまは、その手を振り払うことも出来ず、かといっても恥ずかしさに全身を震わせておられました。

御所さまは、姫さまをしっかりと抱き寄せられますと、幼かった頃から愛おしく思っていたことや、十四歳の今日までどれほど待ち焦がれていたかを切々とお話になられました。
なおも優しく姫さまにささやきかけながら、手を衣の下に差し入れようとされましたが、姫さまはただ泣きじゃくり、さすがに逃げ出しはされませんでしたが、御所さまに縋りつきその袖をぐっしょりと涙で濡らしてしまったのです。

「そなたは余りにもつれないままに年を重ねてきたが、私の想いは募るばかりだ。十四歳の春を迎えたこの時こそと、やってきたのだ。今夜のことは、他の人々も当然承知していることなのに、なぜにそれほどつれなく振舞うのだ」
と、なおも姫さまを抱き伏せようとなさいましたが、姫さまは相変わらずいやいやを繰り返し、身を震わせて泣くばかりでした。

「ああ、そうだったのか。御父上のお言葉は、この夜のことを言っていたのか。この夢の中のような出来事は、周りの人々は皆知っているというのか。皆に知られてしまっては、これからずっと思い悩まなくてはならないのか・・・」
と、姫さまは事の成り行きをおぼろげに理解しながらも、御所さまを受け入れる気持ちにはなれなかったのです。

「そうであれば、どうしてこのようになるのだと、父ともよく相談させてくれなかったのですか」
と、姫さまは激しく泣きじゃくり、
「もう、人に顔を見せることも出来ません」
と、身を震わせるものですから、さすがに御所さまも、差し入れようとしていた手を引いて、
「何と、幼き振る舞いかな」
と嘆息し、苦笑いされるのでした。
一晩中お二人は添い寝をされていましたが、姫さまはそれ以上心も身体も開こうとはなさらないまま、朝の気配が訪れました。

「還御は今朝ではないのだろうか」
などと言う声が聞こえてきますと、
「いかにもわけありげな朝帰りだな」
と御所さまは独りごとを呟きながら起き上られました。

「思いもしなかったほど冷たいもてなしを受けたものだ。幼い振分け髪の昔から親しんできたのに、何とも甲斐のないことよ。人から見てごく普通のもてなしがあっても、良いはずだ。
まあ、それはともかく、このあと余り引き籠っていては、人はおかしく思うよ」
と、治天の君とも申し上げるべき御方が、姫さまに怨みごとを言い、そして、心配をなさっているのです。
しかし、姫さまは何も答えられず、泣くばかりなのです。

「ああ、どうにもならぬ」
と言いながら御所さまは立ち上がり、御直衣などをお召しになり部屋をお出になると、
「御車を寄せよ」
などと言う御供の声や、
「御粥をご用意申し上げましょうか」
と尋ねている大納言殿の声が聞こえてきますと、姫さまはますます身をすくめられて、もう御父上にも誰にも顔を合わせることなど出来ない、昨日までの自分が恋しい、などと思っているのが伝わってきて、いじらしくてなりません。

     * * *



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