雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第四回

2015-06-30 10:05:32 | 二条の姫君  第一章
          第一章  ( 三 )


一月十五日の夕方、「河崎よりお迎えに」と使者がお見えになりました。姫さまのご実家からのお迎えです。
いつもより早いようで、姫さまは少しご不満のようでしたが、待たせるわけにもいかず急いで御所を退出いたしました。

ご実家に帰ってみますと、どうしたことでしょうか、いつもの年より立派な様子で、屏風や、畳や、几帳や引物の布までもが、特別に気配りされているように思われます。
姫さまも、少し不審げな表情をお見せになりましたが、正月のことなので特別に設えたと思われたのか、それ以上気にする様子はありませんでした。
そして、その夜は何事もなく過ぎました。

翌日になりますと、「お食事の用意はどうなっている?、あれはどうなっている?」など大勢集まって騒いでいます。
「殿上人の馬はここに繋ごう。公卿の牛車はどこにする」などと言い合っています。
姫さまの祖母である久我の尼上さままで顔を見せられていて、何だか騒がしげです。

「一体どうしたのですか」
と、姫さまもお部屋を出られてお尋ねになりますと、大納言殿は笑いながら、
「いや、なに、『御所さまが、今宵御方違えで御幸なさる』と仰せられたので、正月のことでもあり、特別に整えているのだよ。その時の御給仕のためにそなたを迎えたのだ」
と仰せられます。
「節分でもないのに、何の御方違えなのかしら」
と、姫さまが小首をかしげるようにして尋ねますと、
「ああ、何と甲斐のないことよ」
などと言って、集まっている人たちが笑うのです。

やはり、姫さまには、集まってきている方々のお気持ちは察せられない様子なのです。
姫さまがいつもお使いの部屋にも、とても立派な屏風を立て、いつもはない小几帳なども置かれていますので、
「何故これほどまでにして、御幸をお迎えするのですか。こんなに準備をするなんて」
などと、まだ納得されていない様子に、わざわざお集まりの人たちも笑うだけで、その理由を話そうとする方はいらっしゃらないのです。

夕方になりますと、白い三つ重ねの単衣と、紅の袴が届けられて、着替えるようにとの仰せがありました。
部屋には微かな香の香りが漂ってくるのも、いつもと違って仰々しく、姫さまも普段とは違う様子を感じとられているようです。
灯がともされた後、大納言殿の北の方さまが、この御方は姫さまの継母になるわけですが、色鮮やかな小袖をお持ちになって、
「これを着なさいな」
と仰る。

またしばらくすると、大納言殿自らお出でになられまして、衣桁に御所さまのお召物などをお掛けになって、
「御所さまの御幸まで寝入らないで待っていて、お仕えするのだよ。女性は何事にせよ強情ではなく、相手の男性のままに素直に従うのが良いのだよ」
などと姫さまに仰られます。
ただ事ではないものが感じられるのですが、姫さまは何のための御教示なのか、腑に落ちないご様子です。
「何だか、とても煩わしいお話・・・」
などと呟きながら、炭櫃の側で横におなりになって、やがて、眠っておしまいになられました。

それからかなりの時間が経って、御所さまがお着きになられましたが、姫さまは、もうぐっすりとおやすみになっていました。
大納言殿は、お出迎えのあと御食事となっても姫さまがご挨拶にも出てこないことをとがめられ、すでにおやすみになっていると聞きますと、
「何ということだ、すぐに起こして参れ」
などとご立腹の様子ですが、お耳にされた御所さまは、
「まあ、よいではないか。そのまま寝かせておくがよい」
と仰せになられましたので、どなたも姫さまのお部屋には出向きませんでした。

      * * *




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