雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

どちらも悪い ・ 今昔物語 ( 14 - 38 )

2020-02-29 09:09:00 | 今昔物語拾い読み ・ その4

          どちらも悪い ・ 今昔物語 ( 14 - 38 )


今は昔、
奈良の京に一人の僧がいた。妻子を持っていたが、日夜に方広経(ホウゴウキョウ・法華、華厳、阿弥陀経などを含む大乗経典の総称。)を読誦していた。
ところで、この僧は銭を貯えて人に貸し、倍にして返済させることによって妻子を養い生活していた。
また、この僧に一人の娘がおり、結婚して夫と共に同じ家に住んでいた。

さて、安陪天皇(アベノテンノウ・第四十六代孝謙天皇、または重祚した第四十八代称徳天皇を指すが、本話は称徳天皇の御代らしい。)の御代に、その娘の夫が陸奥国の掾(ジョウ・守、介に次ぐ三等官。)に任ぜられた。その時、舅の僧から銭二十貫(正確な推定は困難だが、1貫はおよそ米1石で、20貫は現在の100万円程度か?)を借用して陸奥国に下って行った。一年経つと借りた金は倍になった。
その後、京に帰ったが、借金は何とか元金だけは返却したが、倍になった利息の部分は返さなかった。年月が過ぎるほどに、僧は婿にこの銭の返済を迫ったが、婿には返す力がなく、心の中で「密かに舅を殺してしまおう」と思っていた。そこで、自分が遠い国に行くことになったと嘘をつき、「その国に行って借金をお返ししようと思います。それで、ご一緒してください」と言った。舅は婿の言葉を信用してついていったが、途中で二人は同じ船に乗った。

その時、婿は船頭と示し合わせて、舅の僧を捕らえて、四肢を縛り海の中へ投げ込んだ。
そして、帰ると娘に告げた。「お前の父の大徳(ダイトク・僧に対する尊敬語)は、途中で船から海に落ちて死んでしまった。助けようとしたが、力が及ばなかった。わしも危なかったが何とか助かったのだ。それで、わしも彼の国に行くのを諦めて帰ってきたのだ」と。
娘は、それを聞いて、たいそう泣き悲しんで、「なんと悲しいことでしょう。再び父の顔を見ることが出来なくなったのですね。わたしは、何としてもその海の底まで入って行って、父の亡骸にお会いしたい」と、泣き悲しむこと限りなかった。

ところが、僧は海に突き落とされ底に沈んでいったが、海の水は僧の体の周りには近寄らないので、僧は方広経を誦していた。
二日二晩過ぎた頃、船に乗った人がその辺りを過ぎる時、見てみると、海の中に波に任せて浮かび漂っている者がいる。その者を引き上げてみると、手足を縛られた僧であった。顔色は変わっておらず、衰弱した様子もない。
船人は大変怪しんで、「あなたは何者ですか。どうして縛られているのですか」と尋ねると、「私はこれこれこういう者です。盗人に出会って、縛られて海に落されたのです」と答えた。
船人はさらに尋ねた。「あなたは、いかなる秘法を用いて、海に沈んでも死ぬことがなかったのですか」と。僧は、「私にはこれといった秘法などありません。ただ、日夜に方広大乗経を読誦し受持しています。きっと、そのお蔭なのでしょう」と答えた。しかし、婿とのことは語ることなく、故郷に帰らせてくれるよう頼んだ。
船人はこれを聞いて、哀れに思い、家に送り届けた。

その頃、婿の方は家において、舅の僧の後世を弔うために、僧への供養の膳を整え、自ら捧げ持って僧たちに分けた。その時、舅は家に帰ってきて、顔を隠して僧たちの中に紛れ込んで、僧供を受けた。
婿は、ふとその顔を見つけて、驚き怖れて身を隠してしまった。舅は、この婿を恨むことなく、最後までその悪事を人に語ろうとはしなかった。
「命が助かったことは、ひとえに方広大乗経のお力である」と知って、ひたすらに誦することを怠らなかった。

これを思うに、婿が殺そうとしたことも邪見(ジャケン・因果の道理を悟り得ない、よこしまな考え方。)であるし、舅が銭の返済を強要するのも不善のことであると言って、この話を聞く人はそしった、
となむ語り伝へたるとや。

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