雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

冥途で出会った二人 ・ 今昔物語 ( 17 - 26 )

2024-03-30 08:01:14 | 今昔物語拾い読み ・ その4

     『 冥途で出会った二人 ・ 今昔物語 ( 17 - 26 ) 』


今は昔、
近江国甲賀郡に、一人の下人(身分が賤しい者)がいた。家は貧しく、その日の生活にも事欠くほどであった。ただ、その妻がいつも人に雇われて、機織りの仕事をすることで生計を立てていた。

さて、その妻はうまくやりくりして、手織りの布一段(イッタン・大人一人分)を密かに織って持っていたが、ある時、夫に「わたしたちは長年貧しくて、家計も苦しい。ただ、ここにわたしが密かに織った布一段を持っています。近頃耳にしましたが、『箭箸の津(ヤハセノツ・現草津市の琵琶湖畔の港
)に海人(漁師)がたくさんいて、魚を捕ってきて売っている』そうです。そこで、あなたがこの布を持ってその津に行って、魚を買って持って帰り、それを稲や籾に替えて、今年は一、二段の田を作って、それで生活しましょうよ」と言った。

夫は妻の言う通りに、布を持って箭橋の津に行き、海人に会ってわけを話して、網を曳かせたが、魚を捕ることは出来ず、その代わりに大きな亀を一匹引き上げた。海人は、すくにこの亀を殺そうとしたが、布を持ってきた男はこれを見て、哀れみの心が起り、「この布で、その亀を買いたい」と申し出た。海人は喜んで布を受け取り亀を男に与えた。
男は亀を買い取ると、「亀は命の長いものだ。命のある者は、命こそが宝だ。我が家は貧しいけれど、布を棄てて、お前の命を助けてやろう」と亀に言い聞かせて、海(湖)に逃がしてやった。
男は、手ぶらで家に返った。妻は待ち受けていて、「どうでした、魚は買えましたか」と尋ねると、夫は、「私は、布で以て亀の命を助けてしまった」と答えた。
これを聞いた妻は、大変怒り、夫を責めののしって、悪態の限りを尽くした。

その後、夫は幾日も経たないうちに病にかかり死んでしまった。
そこで、金の山崎(カネノヤマサキ・不詳)の辺りに葬った。ところが、三日を経て蘇(ヨミガエ)った。
その頃、伊賀守[ 欠字。姓名が入るが不詳。]という人が任国に下る途中で、この蘇った男を見つけて、慈悲の心を起こして、水を汲んで口に入れてやり、喉を潤してやるとそのまま過ぎて行った。
家にいた妻はこれを聞いて、出掛けて行って夫を背負って家に返った。

夫は、しばらくすると妻に語った。
「私が死んだ時、官人に捕らえられ、追い立てられて連れて行かれた。広い野原の中を過ぎると、ある官舎の門に着いた。その門の前の庭を見ると、多くの人が縛られて転がされていた。大変恐ろしい思いだった。
すると、一人の美しくて威厳のある小僧が現れて、『我は地蔵菩薩である。この男は、我のために恩を施してくれた者だ。我はあらゆる生き物を救うために、かの近江国の湖の辺に大きな亀の姿になって住んでいた。ところが、海人のために網で曳き上げられ、殺されようとしたとき、この男が慈悲の心で以て、その亀を買い取って命を助け、湖の中に逃がしてくれたのだ。それゆえ、速やかにこの男を許して放免すべきである』と仰せられた。
官人はこれを聞くと、すぐに私を許してくれた。

それから、その小僧は私に、『汝は、早く本の国に返り、ますます善根を積んで、悪業を行ってはならない』と仰せになって、道を教えて返らせてくれたが、その途中で、二十歳ばかりの容姿の美しい女人を縛って、二人の鬼が前後に立って笞で打って追い立てているのに出会った。
私はそれを見て、『あなたはどこの人ですか』と尋ねると、女は泣きながら、『わたしは、筑前国宗方郡の官首(カンジュ・郡司の下役で地域の有力者、らしい。)の娘です。にわかに父母の許を離れ、一人で暗い道に入り、鬼に笞で打たれて追い立てられてきたのです』と答えた。私はそれを聞いて可哀想になり、あの小僧に申し上げた。「私は、すでに寿命の半ばを過ぎていて、残りの命はいくらもありません。この女は、年未だ若く、行く末は遙かです。ですから、私をこの女に替えて、女を許してやって下さい』と。
小僧は私の申し出を聞くと、『汝はまことに慈悲深い。わが身に替えて人を助けることは、なかなかある事ではない。その心に免じて、二人とも許しを請うてやろう』と仰せになって、鬼に訴えて、共に許してもらえた。
女は涙を流して喜び、私に向かって親交を約して、別の道を返っていった」と。

その後、しばらく経ってから、男は「あの冥途で会った女を尋ねてみよう」と思い立って、筑紫(筑前・筑後両国の古称。)に行った。
あの女が冥途で話していたように、筑前国宗方郡の官首の家に行って尋ねると、まことに官首に年若い娘がいた。そして、そこの家の人が、「病気になって亡くなり、二、三日ばかり経って蘇った」と話すのを聞いて、その娘にあの冥途での事を伝えてもらった。
娘はそれを聞くと、大慌てで走り出てきた。男は、娘を見ると冥途で会った娘に違いなかった。娘もまた、男を見ると、冥途で会った男に違いなかった。そこで、互いに涙を流して感激しながら冥途での事を語りあった。

その後、互いに親交を約して、男は本の国に帰って行った。
そして、それぞれが信仰心を起こして、地蔵菩薩に帰依した、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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