雅工房 作品集

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極楽往生を約束された女 ・ 今昔物語 ( 17 - 29 )

2024-04-08 07:59:58 | 今昔物語拾い読み ・ その4

     『 極楽往生を約束された女 ・ 今昔物語 ( 17 - 29 ) 』


今は昔、
陸奧国に恵日寺(エニチジ・福島県磐梯町に所在)という寺がある。この寺は、興福寺の以前の入唐僧である得一菩薩(トクイチボサツ・平安時代初期の僧。藤原仲麻呂の子という説もあるらしい。)という人が創建した寺である。
その寺のそばに一人の尼が住んでいた。これは、平将行(伝不詳。「平将門」が正しいらしい。)という人の第三女にあたる。
この尼は、出家する前は、容姿まことに美しく、優しい心の持ち主であった。父母が何度も結婚させようとしたが、全く見向きもせず、独り身のままで年を重ねた。

やがて、この女は病気になり、数日伏せった後に死んでしまった。そして、冥途に行き、閻魔庁に着いた。
女が庭の中を見ると、多くの罪人を縛り、罪の軽重を調べて判決を行っている。罪人が泣き悲しむ声は、雷が鳴り響くようである。
これを見聞きしていると、肝は砕け心は動転して、とても堪え難いほどである。その罪人を調べている中に、一人の小僧がいた。その姿は端正で威厳がある。左の手に錫杖を持ち、右の手に一巻の書を持ち、東に西にと走り回って、罪人の罪を裁定している。
その庭にいる人は皆、この小僧を見て、「地蔵菩薩様がいらっしゃった」と言い合っている。この女はそれを聞くと、手を合わせて小僧に向かい、地に膝をついて泣きながら、「南無帰命頂礼(ナムキミョウチョウライ・絶対的に信ずる心を示す慣用句)地蔵菩薩」と二、三度唱えた。

すると、その小僧は女人に、「汝、我の事を知っているのか否や。我こそは、三途(サンズ・地獄、餓鬼、畜生の三悪道のこと。)の苦難を救う地蔵菩薩である。我が汝を見るに、汝はまさに多くの善根を修めた者である。されば、我は汝を救ってやろうと思うが、いかに」と仰せられた。
女人は、「なにとぞ、大悲者(大慈悲心をもって衆生を救う仏や菩薩。ここでは地蔵菩薩のこと。)さま、わたしのこの度の命をお助け下さい」と申し上げた。
すると、小僧は女人を連れて、庁の前に出て行き、「この女人は、実に信仰心のある丈夫ともいうべき者である。女の身ではあるが、男と交わった罪がないからである。ところが、今すでにここに召されてはいるが、速やかに返してやって、さらに善根を修めさせようと思うが、いかがか」と訴えられた。
閻魔王は、「ただ仰せの通りに従いましょう」と申された。

そこで、小僧は女人を門の外に連れて行き、女人に、「我は一行の法文を大切にしている。汝はこれをいつも大切に心に込めて信じることが出来るか、どうか」と仰せられると、女は、「わたしは、心から信じて、片時も忘れることはいたしません」と答えた。
すると小僧は、一行の法文をお説きになった。
『 人身難受 仏教難値 一心精進 不惜身命 』
( ニンジンナンジュ ブッキョウナンチ イッシンショウジン フシャクシンミョウ ・・ 人間には生まれがたく 仏の教えには巡り会いがたい 一心に仏道に精進し 身命も惜しんではならない ) 
そして、さらに、「汝は極楽に往生すべき因縁がある。今、それに必要な句を教えよう。努々(ユメユメ・決して)忘れてはならない」と仰せになって、
『 極楽の 道のしるべは 我身なる 心ひとつが なほきなりけり 』
( 極楽に往生すべき 道しるべは 自分の 心ひとつが 正直であることだ )
このように教えられた、と思ったところで女は蘇生した。

その後、女は、一人の僧を招いて出家した。名を如蔵(ニョゾウ)という。
そして、心を込めてひたすらに地蔵菩薩を念じ奉った。それゆえ、世間の人はこの尼を地蔵尼君と呼んだ。
こうして長年が過ぎ、年八十を過ぎて、心乱れることなく、端坐して口に念仏を唱え、心に地蔵を念じて入滅した。
これを見聞きした人で、尊ばない人はいなかった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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